私の絵画館40:さくらちゃんと桜
今、宮崎の桜は満開です。
今年は花が咲き、咲ききって散るまでの速さが、例年以上のように思われます。美しいさくら色をゆっくり愛でるひまもなさそうです。
そんな春が、いつからか、私にとっても哀しい季節になりました。けれど沈みがちな気分になる時でも、いつものように“こんなふうになったらいいなあ”と思うことをできるだけ口に出して言うようにしています。そうすると思ったことが実現する可能性が高くなると思うからです。★ 続きは題をクリック ↑
今、宮崎の桜は満開です。
今年は花が咲き、咲ききって散るまでの速さが、例年以上のように思われます。美しいさくら色をゆっくり愛でるひまもなさそうです。
そんな春が、いつからか、私にとっても哀しい季節になりました。けれど沈みがちな気分になる時でも、いつものように“こんなふうになったらいいなあ”と思うことをできるだけ口に出して言うようにしています。そうすると思ったことが実現する可能性が高くなると思うからです。★ 続きは題をクリック ↑
宮崎の冬は、それなりに寒い。
いくら南国とはいえ冬は寒いのだということを、<外>から来た人のほとんどは知りません。
25年前の3月末に引越してきた時、私たちもそうでした。南国で、3月も終わりだというので、かろうじて持って来た暖房は、
小さな電気ストーブだけでした。★ 続きは題をクリック ↑
人の考え方は皆ちがう。そんな当たり前のことを、よりしみじみ思うようになったのは、絵を通していろいろな方と接するようになってからだと思います。
以前、ひめつる日々草と犬ちゃんを絵に描いた時。
ああ、できた、きっと喜んで下さるだろう。そう思って画像でお送りしましたが、翌日かかってきたお電話の声は、何だか怒っていらっしゃるようでした。★ 続きは題をクリック ↑
時代遅れというのか、時代の主流からはずれているというべきか、私は今もパソコンと無縁で暮らしています。もちろんブログもありますし、お客様とメールでのやりとりもしていますが、
それはひとえに“あの人”“この人”のおかげなのです。★ 続きは題をクリック ↑
父は20年前に84歳で亡くなりましたが、晩年、新しい知識を私たちに嬉しそうに教えることがありました。その時私は、またテレビの受け売りでしょう、と心のなかでちょっとバカにしていました。
けれど最近の私は、とても父に似てきてしまいました。絵を描くのに眼鏡が手放せなくなってからは、絵を描く時以外は、極力眼鏡を使わないようにしています。そのため、よほどでないと本も読まなくなりましたし、この頃は新聞さえも面倒になりました。★ 続きは題をクリック ↑

今年も九月、大分県飯田高原にある“九州芸術の杜”で、個展をしました。昨年より3点多く、74点の絵を展示しました。相変わらず、絵や絵のカード等展示物を送るだけでも大変でしたが、その後、私たちがギャラリーの2階で宿泊する10日間の食べ物を準備することも、やはりかなりのものでした。高原では、まわりにお店がなく仕方のないことですが・・・。★ 続きは題をクリック ↑
美人の姉妹猫、まりりんとぷりんは、四国の松山市在住です。
出逢いは昨年9月21日。個展会場である大分県の飯田高原は、その日もまた激しい雨でした。
平日でもあり、雨でもあり、ということで美術館に来られるお客様はとても少なかったのですが、この雨のおかげでお会いできたのが、愛媛県の松山市から観光に来られた若いご夫婦でした。★ 続きは題をクリック ↑
子象が義足をつけて、嬉しそうに草の上を歩いたり、横たわり草の感触を楽しむように体をすりつけたりしていました。
7ヶ月で地雷を踏み、右足をなくしたモーシャという子どもの象が、初めて義足をつけて歩いた場面でした。★ 続きは題をクリック ↑
「やさしいライオン」という絵本があります。
ずいぶん久しぶりに、ホコリのかぶったその本を読んでみました。内容もすっかり忘れていましたが、それはあたたかくて、悲しくて、そして最後にひと筋の希望のようなものを感じました。32頁の短いお話ですが、読んでいくうちに、泪がでました。
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昨年九月の大分県九重での個展は、雨ばかりの毎日で大変でしたが、それでもたくさんの嬉しい出会いに恵まれました。
ピースちゃんとその飼い主さんとの出逢いも、そのひとつです。
土曜日の午後、白い犬ちゃんを抱いた若い女の方を館長さんが案内して来られました。★ 続きは題をクリック ↑