私の絵画館4:のあと桜
花を描く時は、できる限り本物の花を目の前にして描きたい、と思います。色も形も香りも、自然に勝るものはないと思うからです。
そのためモデルとなる花を手に入れるのは、ひと苦労です。花屋さんで買うことのできる場合はまだ楽ですが、桜となるとそうはいきません。★ 続きは題をクリック ↑
桜はたいてい街路樹として植えられていたり、公園のなかにあります。大きな声ではいえませんが、絵を描くためとはいえ、公共のものを幾枝かいただくわけですので、非常に気を遣います。
避けられればよいのですが、たとえばずっと以前に描いた装画の場合、本の題名が「桜殺人事件」となっていましたので、桜以外の花は考えられませんでした。
その時は、雨の夜を選び、いよいよ決行という時。あさはかな私は、目立たないためには黒しかない、と思いました。黒の上着、黒のズボン、黒の長靴、黒の帽子。手には大きな黒の旅行バッグと黒の傘。
いざ出発、とでかけましたが、目的地の公園までには、車の通る道路を歩かねばなりません。夜遅めの時間を選んだつもりでしたが、車は思いのほか通っていました。でも、花泥棒をするわけですから、ライトに照らされて顔を見られてはいけません。対向車のライトが近付くと、黒装束で、散歩には不似合いな大きな旅行バッグをさげた相方と私は、パッと傘を下にさげ、顔を隠して通りすぎます。
その夜、そんな苦労をして、ほんの幾枝かをいただきました。
後日、お友だちのご夫婦に、その雨の夜の出来事を話したら、そんな不自然な格好をしていたらそれだけで目立ちすぎでしょう、と大笑いされてしまいました。なるほどなあ、と納得してからは、さりげない格好をして、さりげない大きめの袋をもって、桜の木に近付くようになりました。
今回、桜を見上げているのは、猫の“のあ”。7年前、渋谷のド真ん中で、生まれて間もない状態で泣き叫んでいたのを、娘が拾いました。
今では、この家で、新しい猫ファミリーと少し距離を保ちながら、犬のように人懐っこくすごしています。
執筆年
2010年
収録・公開
→「のあと桜」(No. 20:2010年3月21日)