本紹介20『一番美しく』
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水仙
花はどれもいとおしいと思いますが、なかでも一つだけ、と言われれば、水仙かも知れません。
三十年前の二月十一日、産前休暇に入ったばかりの私は、朝の新聞記事のなかに「淡路の水仙峡」という文字をみつけました。
かなり大きなお腹でしたが、とりあえずはまだ子供のいない身軽さで、何の計画性もなく、昼前にでかけました。
明石海峡を船で渡り、岩屋というところからバスで洲本へ。そこから水仙峡までまたバスで30~40分。
ところが、最後に乗ったバスが、途中で止まってしまいました。詳しくは忘れてしまいましたが、一本道が通れるようになるまで2時間以上も待ったでしょうか。
冬の日暮れは早く、ようやく水仙峡にたどりついた時は、もう夕闇がせまっていました。
けれどそのおかげで、観光客はみなひきあげ、茶店の歌謡曲も終了。最終のバスに乗ってきた数人だけが広い畑にちらばり、海へと続く水仙の花々を満喫することができました。
いつのまにかすっかり暮れてしまった静寂のなか、色で描くならレモン色の涼やかな、それでいてどこか優しい水仙の香りにつつまれ、そうっと畑に身をしずめたままひとときをすごしました。
それ以来、水仙は私にとって特別の花になりました。
子供が産まれた後に引っこしたマンションは、ドアから北風が吹きこむ、というので、急きょ内側にもう一枚ドアを作ってもらいました。
殺風景な木のドアの一面に、私はあの日の水仙峡を描きました。
次の転居でその絵は散逸してしまいましたが、今度はたくさんの方たちにみていただけるよう大きなスケッチブックに描きたい、と思っています。