小島けいのエセイ~犬・猫・ときどき馬~③:「8月のパリで」(2020年11月)
「続モンド通信24」(2020年11月20日)
絵本の棚を整理していると、フランス語の絵本が数冊でてきました。一番後ろのページに<’76.8.20>とありました。
はるか昔となった8月のパリが、ぼんやりと思い出されました。
その前の年の11月、母が亡くなりました。暑い夏を、母がいなくなった家ですごしたくはありませんでした。私はその年の8月を、パリですごしました。
ひと月あれば、たくさんの絵を見ることができるだろう、漠然とそう思っていましたが。実際には一日に一つの美術館を訪ねる、それがちょうどいいペースでした。
パリには美術館が多すぎて。一ヶ月の滞在でも、ほんの一部しか回れませんでした。けれど、一つだけ小さな<発見>もありました。
美術の教科書には名作といわれる絵の写真が多数載っています。そのなかには<モネの睡蓮>も、必ず入っていました。ただ、私はずっと、この絵のすばらしさがよくわかりませんでした。(今から思えば、当時の写真の色も、よくなかったのでしょうが。)
「睡蓮」
国立西洋美術館https://www.nmwa.go.jp/jp/collection/1959-0151.htmlより
どの美術館だったのか。さほど大きくはない美術館に<モネの部屋>がありました。記憶では、低い天井の細長い楕円形の部屋だったと思いますが。その長い壁の片側一面が、一枚の<モネの睡蓮>でした。横の長さは5~6mもあったでしょうか。
部屋のまん中には、背もたれのないソファが一つ。私はそこに座り、長い時間、その絵と向きあっていました。これが本当の<モネの睡蓮>なのか・・・・と。
きっと絵の大きさの力もあったと思うのですが、<モネの睡蓮>は写真とは全く違い、生き生きと息づいていました。限りなく静かな水面を描きながら、この上ない迫力をもって、迫ってきたのでした。
今回のパリの旅は、この一枚と出逢えただけで十分だった、と私は打ちのめされてぼんやりとしている頭の片すみで、思いました。
プティホテルの屋根裏部屋の窓から(1992年11月)
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