私の絵画館55「ピノキオとマックスと葛」

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昔、外出先から帰ると母はいつも“あー、やっぱり家が一番”と言いました。その時私は、楽しいお出かけより家がいいなんて・・ ・・・と不思議でした。

ところが最近の私は、四匹の猫と暮らすこの小さな家が“やっぱり一番!”になってしまいました。

それでも、力をふり絞ってもう一度外国へ行くとすれば、パリの街と決めています。★ 続きは題をクリック ↑

パリには20代の終わりと30代の中頃に行きました。2回目は、家族でアフリカに滞在した帰りに立ちよりましたので、子供たちの健康ばかりが気になって、旅行を楽しむ余裕はほとんどありませんでした。

1回目は、当時体調のよくなかった兄が何が何でももう一度パリに行く!といい張るので、それなら先に行って待っててあげるよ、とひと月の予定で出かけました。

遅れてやってきた兄は案の定、飛行機の長旅でさらに体調をくずし、現地のツアーコンダクターから即刻帰国を勧められました。

一度はあきらめて飛行場まで行った兄でしたが、このまま帰るのはあまりにも無念と、航空会社の人に新たにホテルを紹介してもらい、街にもどりました。

外国で病気になると、本当に大変です。シップを買ってきてほしいと頼まれた時のことです。大通りでタクシーをつかまえようと必死で手をあげて待っていると、ようやく一台の車が止まりました。

後のドアをあけて乗りこみ<薬局へ>と片言のフランス語で言うと、運転手は後部座席に置いてあったカバンと背広の上着をあわてて前に移動しました。

薬局の前に止まった時メーターをさがすと、メーターがみあたりません。仕方がないので<いくらですか?>と聞くと、黒人系のその人は笑って<これはタクシーではないよ。だからお金はいらないんだ。そのかわり、後でこの住所に手紙を書いて>とメモを渡されました。その時はじめて、私が乗った車は仕事帰りのビジネスマンの車だったことに気付きました。善良なその人のおかげで、無事シップを買うことはできたのですが、乗用車とタクシーの見分けもつかなかったほどその時の私は慌てていたのだと、後になってわかりました。

何日間かパリの街を楽しむことのできた兄が帰った後、私は再び美術館巡りをはじめました。けれどパリには美術館が多すぎて、
たったひと月ではそのほんの一部を回ったにすぎません。

それでも一つ、私にとって大きな発見がありました。美術の教科書には必ず載っているモネの睡蓮ですが、印刷されたその絵のどこが優れているのだろう、とずっと疑問に思っていました。

たまたまですが、モネの睡蓮の部屋に入り息をのみました。丸い広々とした部屋の壁一面に横長の大きな睡蓮が飾られていました。

静かでおだやかな色彩ながら、その絵は見事な迫力と存在感でせまってきました。

1回目のパリで得たもの。それは、モネの睡蓮はすごい!ということだったかもしれません。

もしも3度目のパリが実現するなら。その時は、昔とちがい英語がずいぶんと通じるようになっていますので、ぜひ<通訳>と一緒にと思っています。

絵の双子のような馬は、ピオキオとマックスです。とてもよく似ていますが、全く血のつながりはないそうです。

ちょうど丸馬場で二頭が走る練習をしている時に出くわしましたが、まるで二頭立ての馬車を引いているように見え、思わず絵にしました。今はシーガイヤの馬場で人気者になっているそうです。

今年も、もうすぐ葛の咲く季節がやってきます。

 

執筆年

2014年

収録・公開

「ピノキオとマックスと葛」(No. 72:2014年8月31日)

最終更新日: 2019年 1月 4日 8:17 PM   カテゴリー: 私の絵画館
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