つれづれに: 歩くコース1の②・・・(2021年7月7日)

つれづれに

歩くコース1の②・・・

今日は7月7日、七夕(しちせき)の節供(節句と書くことが多い)、中国からの牽牛星と織女星の星祭り伝説にちなむ行事が日本でも根付いている。子供たちがいた時は笹を毎年取って来て、願い事を書いた折り紙を飾っていた。梅雨明けはまだのようだが、真夏日が続いている。

歩くコース1は一時間足らずである。公園からお墓の横の細い道を抜ける。しばらく歩くと緩やかな下り坂になり、一つ目の三叉路に出る。

一つ目の三叉路

お墓は大学の移転も含めた学園都市計画の影響で1970年代の半ばに移転新築されたようだ。川添、高橋という川に因(ちな)んだ姓が半数以上ようである。

お墓近くを歩いているときに、突然「持って帰りますか?」と声をかけられて、赤紫色の西米良大根を2本もらったことがある。公園の世話をされている人で、娘さんが農学部の学生の時に非常勤で行っていた授業で会ったことがあった。初めてお目にかかる丸大根でかなり大きかった。断るのも申し訳ないし、これから歩くのに持って行くには重すぎるし、結局少し先にある椿の樹の茂みの中に隠して散歩を続け、帰りに寄って持って帰った。桜島大根より小さめの赤紫の西米良型のようで、地元の農産品売り場でも見かけたことはない。下り坂の手前で畑仕事をしていた腰の曲がった女性に、一度だけ「よう出来ますか?肥料などはどうされてますか?」と声をかけたことがある。腰を屈(かが)めて下を向いたまま「特にやっていませんが」と小さな声で返事が返ってきた。作物の出来が今一つな感じがして、つい聞いてみたくなったのである。最近はだいぶ年齢が過ぎて、子供さんと車でどこかに行くことが多いようで、畑作業を目にすることが少なくなった。

左に曲がると短いコースで、今は市の公園になっている旧木花中学校跡の横を通って県道に出る。普段はそのまま進んで坂道の途中の二つ目の三叉路まで歩く。坂道をまっすぐに進めば長いコースで、木花神社に上の道から入る。

二つ目の三叉路

普段は二つ目の三叉路を左に曲がり、そのまま坂を下る。

左右は崖で大きな竹林になっている。春先には急な斜面で筍(たけのこ)を掘っている姿をときとぎ見かけることもある。左手前に蜜柑畑があり、その少し東にフェンスに厳重に囲まれたNTTドコモの中継基地がある。「敷地内、赤外線カメラで監視中!!」の掲示がものものしい。点検作業をしている横を通り過ぎたことがある。

少し先の右手には市の水道局の加圧ポンプ基地があり、そこもフェンスの上に有刺鉄線が張られていて、こちらも痛々しい。侵入者がいるからだろうが、入って何をするのだろう?

高台に住む人たちのために丘陵地帯を削って道をつけ、道がついたあと向かって右側に家が建ったらしい。中継基地も加圧基地も造られたのはごく最近である。道を深く掘ったために、急傾斜地の危険地帯が出来たんだろう。人の住んでいる高台は、津波が来ても大丈夫な高さがあるようだ。木花神社も高台の南の端にある。次回の「歩くコース1の③」は危険地帯、その辺りか。