英語 Ta1(7)

<連絡事項>

* 次回の9回目の授業→7月7日(火)10:15~11:30。(七夕なんや)

授業

① Papa Wemba

② 感想・コメント・意見など数人。

③ 「アウトブレイク」冒頭部だけ。

④ ザイール崩壊後のカビラ政権について新聞記事を少々解説:最初に配ったプリントのZaire’s Turmoil Invites an African SolutionとPushing Kabila on early election unrealistic、(追加で配った資料の中の)Looking back in Anger: Life in Mobutu’ Zaire

⑤ 西アフリカの音楽を紹介。→Youssou N’dour

Youssou N’dour

Youssou N’dour【ユッスー・ンドゥール】

西アフリカ、セネガルのミュージシャンで、現代アフリカ音楽最大のスターの一人。

1959年、首都ダカールのグリオ(古くから伝わる音楽や思想を伝承する語り部)の家系に生まれ、10代前半からプロとして活動を始める。1979年、自ら率いるバンド「エトワール・ド・ダカール」を結成。中南米(特にキューバ)の音楽にセネガルの伝統的なリズムを融合し、ウォロフ語(セネガルで最も広く話されている現地語)のヴォーカルをのせた「ンバラ」という洗練されたスタイルを打ち出しセネガルのスターとなる。80年代に入りフランスを中心にその実力が評価され、1984年には初のヨーロッパ・ツアーが実現。その途中、イギリス公演でピーター・ガブリエルと出会い、彼のソロアルバム(「SO」)及びアメリカツアーへの参加、WOMADフェスティバルという民族音楽の祭典などへの出演のほか、世界デビュー・アルバム「ネルソン・マンデラ」の発表、そしてポール・サイモンのアルバム「グレイス・ランド」への参加などによって、一気に世界中にその名が知られるようになる。その後、欧米のレコード会社から自身のアルバム(「THE LION」、「SET」、「eyes open」、「The Guide」、「Joko」)などを発表するとともに、スティングやブルース・スプリングスティーンら様々なアーティストのコンサートやアルバムにも参加し、その評価を不動のものにしている。日本にも1986年以降たびたび来日してコンサートを行っているほか、坂本龍一やDreams Come Trueなどともコラボレーションしている。(現在、ホンダ「ステップ・ワゴン」のCMでは、彼の歌う「オブラディ・オブラダ」(原曲はもちろんビートルズ)をバックに、「コドモト イッショニ ドコヘイコウ?」という彼のナレーションも流れているので、その声を聞いたことがある人も多いはず)

南アのアパルトヘイトを題材にした「ネルソン・マンデラ」の例を見るまでもなく、ユッスーの歌にはメッセージ性の強いものが多い。アフリカの民衆を食い物にしてきた先進国や自国の指導者達への批判、女性の解放、児童労働、環境問題、青少年の飲酒や覚せい剤汚染等々、現代のアフリカが抱えるありとあらゆる問題が彼の歌のテーマになっている。これについて彼は、「音楽には特別のパワーがあるが、メッセージを伝えるものでなければ意味がない。僕の母親は、物語を歌い聴かせるグリオだった。僕もグリオでありたい。それも、王や貴族のために語るグリオではなく、世界の人々にアフリカのことを語って聴かせ、教育やコミュニケーションの役割を果たす、身近でモダンなグリオになりたいんだ」と語っているが、そうしたメッセージを歌にのせるだけではなく、15年以上にわたってアムネスティ・インターナショナル、ユニセフ、UNAIDSなどの組織を支援する様々な活動にも協力しており、現在もILOの反児童労働キャンペーンの名誉大使に任命されている。

天性のヴォーカルとステージ・パフォーマンスの素晴らしさ、そして、こうした意識の高さを反映した歌と行動の力強さが、アフリカのみならず世界中の人々の共感を得る理由なのではないだろうか。(服部晃好)

 

次回トーイックのサンプル問題をやってみようと思うんで、readingの部分はやってみるといいと思います。参考ファイルのZoomトーイック2(過去問Vol 6の5分の1程度)も目を通してみてや。時間外にZoomトーイックの希望者がいれば、機会を作ろうと思っています。14回しか授業回数がないし、各時間15分短縮でもあるんで。(希望者は授業終了後、再度Zoomに入室してや。たぶん土曜日になると思うけど、予定を決めようと思っています。(9)のクラスで合同になると思います。)

前期の単位を認定するためには再試の日程の変更は出来ないので、授業開始が遅れても予定表に従って授業回数を減らし、課題を出すなりして補充するようにと言うことらしいけど、課題がぎょうさんあるそうなんで、僕は遠慮しとくね。Zoomトーイックをするのであれば、それをシラバスには書いときます。

 

クラス名簿(再掲載)英語 Ta1(7)クラス名簿(45名、5月18日現在)

61200050 石川 真央 イシカワ マオ
61200096 榎木 翔也 エノキ ショウヤ
61200236 杉田 優奈 スギタ ユウナ
61200285 土谷 修史 ツチヤ シユウト
61200290 寺原 萌恵 テラバル モエ
61200393 橋口 大輝 ハシグチ タイキ
61200494 藤川 大雅 フジカワ タイガ
62170390 藤原 幸佑 フジハラ コウスケ
62190501 光成 耕大 ミツナリ コウタ
62200118 大平 悠貴 オオヒラ ユウキ
63190072 魚住 龍太郎 ウオズミ リュウタロウ
63200094 浦川 大和 ウラカワ ヤマト
63200216 黒木 雅人 クロキ マサト
63200300 徳永 紅漢 トクナガ クレハ
63200324 西川 輝 ニシカワ テル
63200463 山川 健伸 ヤマカワ ケンシン
63200487 吉武 直哉 ヨシタケ ナオヤ
64200112 緒方 那美 オガタ トモミ
64200189 数森 皓太 カズモリ コウタ
64200310 田上 嘉伸 タノウエ ヨシノブ
64200363 西原 太輝 ニシハラ タイキ
64200402 東 広明 ヒガシ ヒロアキ
65160230 関谷 文太 セキヤ ブンタ
65180020 厚地 湧太 アツチ ヨウタ
65180210 小牧 優太 コマキ ユウタ
65190414 長谷川 隆郁 ハセガワ タカフミ
65200038 浦野 翔大 ウラノ ショウタ
65200308 高島 陸人 タカシマ リクト
65200447

66190253

牧ノ瀬 開人

栗田 亘

マキノセ カイト

クリタ ワタル

66200053 内山 大智 ウチヤマ ダイチ
66200084 梶谷 伶 カジタニ レイ
66200121 佐藤 賢吾 サトウ ケンゴ
66200134 椎原 陽 シイハラ ヨウ
66200226 永野 聖人 ナガノ マサト
66200257 中山 崇瑛 ナカヤマ タカアキ
66200420 溝口 幸輝 ミゾグチ コウキ
66200433 武藤 聖汰 ムトウ シヨウタ
66200479 山口 寛人 ヤマグチ ヒロト
66200482 山田 大雅 ヤマダ タイガ
67160330 永原 颯 ナガハラ ハヤテ
67200090 大野 和輝 オオノ カズキ
67200135 押川 優 オシカワ ユウ
67200160 上赤 侑矢 カミアカ ユウヤ
67200289 篠原 里奈 シノハラ リナ

 

英語 Ta1(9)

<連絡事項>

* 次回の9回目の授業→7月7日(火)8:40~9:55。(七夕なんや)

授業

① Papa Wemba

② 感想・コメント・意見など数人。

③ 「アウトブレイク」冒頭部だけ。

④ ザイール崩壊後のカビラ政権について新聞記事を少々解説:最初に配ったプリントのZaire’s Turmoil Invites an African SolutionとPushing Kabila on early election unrealistic、(追加で配った資料の中の)Looking back in Anger: Life in Mobutu’ Zaire

⑤ 西アフリカの音楽を紹介。→Youssou N’dour

Youssou N’dour

Youssou N’dour【ユッスー・ンドゥール】

西アフリカ、セネガルのミュージシャンで、現代アフリカ音楽最大のスターの一人。

1959年、首都ダカールのグリオ(古くから伝わる音楽や思想を伝承する語り部)の家系に生まれ、10代前半からプロとして活動を始める。1979年、自ら率いるバンド「エトワール・ド・ダカール」を結成。中南米(特にキューバ)の音楽にセネガルの伝統的なリズムを融合し、ウォロフ語(セネガルで最も広く話されている現地語)のヴォーカルをのせた「ンバラ」という洗練されたスタイルを打ち出しセネガルのスターとなる。80年代に入りフランスを中心にその実力が評価され、1984年には初のヨーロッパ・ツアーが実現。その途中、イギリス公演でピーター・ガブリエルと出会い、彼のソロアルバム(「SO」)及びアメリカツアーへの参加、WOMADフェスティバルという民族音楽の祭典などへの出演のほか、世界デビュー・アルバム「ネルソン・マンデラ」の発表、そしてポール・サイモンのアルバム「グレイス・ランド」への参加などによって、一気に世界中にその名が知られるようになる。その後、欧米のレコード会社から自身のアルバム(「THE LION」、「SET」、「eyes open」、「The Guide」、「Joko」)などを発表するとともに、スティングやブルース・スプリングスティーンら様々なアーティストのコンサートやアルバムにも参加し、その評価を不動のものにしている。日本にも1986年以降たびたび来日してコンサートを行っているほか、坂本龍一やDreams Come Trueなどともコラボレーションしている。(現在、ホンダ「ステップ・ワゴン」のCMでは、彼の歌う「オブラディ・オブラダ」(原曲はもちろんビートルズ)をバックに、「コドモト イッショニ ドコヘイコウ?」という彼のナレーションも流れているので、その声を聞いたことがある人も多いはず)

南アのアパルトヘイトを題材にした「ネルソン・マンデラ」の例を見るまでもなく、ユッスーの歌にはメッセージ性の強いものが多い。アフリカの民衆を食い物にしてきた先進国や自国の指導者達への批判、女性の解放、児童労働、環境問題、青少年の飲酒や覚せい剤汚染等々、現代のアフリカが抱えるありとあらゆる問題が彼の歌のテーマになっている。これについて彼は、「音楽には特別のパワーがあるが、メッセージを伝えるものでなければ意味がない。僕の母親は、物語を歌い聴かせるグリオだった。僕もグリオでありたい。それも、王や貴族のために語るグリオではなく、世界の人々にアフリカのことを語って聴かせ、教育やコミュニケーションの役割を果たす、身近でモダンなグリオになりたいんだ」と語っているが、そうしたメッセージを歌にのせるだけではなく、15年以上にわたってアムネスティ・インターナショナル、ユニセフ、UNAIDSなどの組織を支援する様々な活動にも協力しており、現在もILOの反児童労働キャンペーンの名誉大使に任命されている。

天性のヴォーカルとステージ・パフォーマンスの素晴らしさ、そして、こうした意識の高さを反映した歌と行動の力強さが、アフリカのみならず世界中の人々の共感を得る理由なのではないだろうか。(服部晃好)

 

次回トーイックのサンプル問題をやってみようと思うんで、readingの部分はやってみるといいと思います。参考ファイルのZoomトーイック2(過去問Vol 6の5分の1程度)も目を通してみてや。時間外にZoomトーイックの希望者がいれば、機会を作ろうと思っています。14回しか授業回数がないし、各時間15分短縮でもあるんで。(希望者は授業終了後、再度Zoomに入室してや。たぶん土曜日になると思うけど、予定を決めようと思っています。(7)のクラスで合同になると思います。)

前期の単位を認定するためには再試の日程の変更は出来ないので、授業開始が遅れても予定表に従って授業回数を減らし、課題を出すなりして補充するようにと言うことらしいけど、課題がぎょうさんあるそうなんで、僕は遠慮しとくね。Zoomトーイックをするのであれば、それをシラバスには書いときます。

クラス名簿(再掲載)2020年前期 英語 Ta1(9)クラス名簿(44名、5月27日現在)

61150220 下田 晃平 シモダ コウヘイ
61200128 小野田 一成 オノダ イツセイ
61200142 川崎 来夢 カワサキ ラム
61200159 菊地 未紗 キクチ ミサ
61200340 中田 三智 ナカタ ミサト
61200465 光 遼太朗 ヒカリ リヨウタロウ
62200228 倉山 千穂 クラヤマ チホ
63140140 北川 翔太 キタガワ ショウタ
63190117 太田 優二 オオタ ユウジ
63200012 荒井 達輝 アライ タツキ
63200234 古賀 亮多 コガ リヨウタ
63200252 高崎 慶十 タカサキ ケイト
63200456 矢羽田 桂都 ヤハタ ケイト
64200077 WANG CHUQI オウ ソウチー
64200217 上中別府 賢晋 カミナカベップ ケンシン
64200349 中村 雄太 ナカムラ ユウタ
64200561 吉元 桃子 ヨシモト モモコ
65150050 泉 大輔 イズミ ダイスケ
65190256 鹿摩 周平 シカマ シユウヘイ
65200025 宇都 大樹 ウト ダイキ
65200087 大下 隆也 オオシモ タカヤ
65200214 古藤 隼人 コトウ ハヤト
65200232 齊藤 悠人 サイトウ ユウト
65200267 丈下 桐弥 ジョウシタ トウヤ
65200296 諏訪 亮成 スワ リヨウセイ
65200353 中島 魁耶 ナカジマ カイヤ
66170470 山城 克敏 ヤマシロ カツトシ
66190402 平田 祥稀 ヒラタ シヨウキ
66200035 石川 太一 イシカワ タイチ
66200107 黒木 翼 クロギ ツバサ
66200202 中園 侑汰 ナカゾノ ユウタ
66200343 久松 篤生 ヒサマツ アツキ
66200396 松原 裕貴 マツバラ ユウキ
66200406 松本 佑哉 マツモト ユウヤ
67170400 平岡 拓朗 ヒラオカ タクロウ
67190236 田川 汐音 タガワ シオン
67190302 長嶋 晟大 ナガシマ セイタ
67190364 西尾 吉平 ニシオ ヨシヘイ
67200108 大村 祐輝 オオムラ ユウキ
67200153 鎌田 大貴 カマダ タイキ
67200351 戸高 海輝 トダカ カイキ
67200397 奈須 泰樹 ナス タイキ
67200470 矢野 晃成 ヤノ コウセイ
67200542 渡部 敬恭 ワタナベ ケイスケ

ビジネス英語 I-1(2)

<連絡事項>

*9回目授業→7月6日13:30~14:45

授業でやったこと

① ER2シリーズB:エイズ治療薬をめぐって(15分足らず)

② 感想:ブレイクアウトセッション・まとめの発表
③ 個人の発表:ブレイクアウトセッション(5グループで、1対3、ほんの少し)
<次回>は

① ここまでの授業の感想や意見、要望など(続き)

② ブレイクアウトセッション(続き)1対1と、出来れば1対3。

transcriptionを元に、今日のER2シリーズB:エイズ治療薬をめぐってのパワーポイントを作っています。英語でどう言ってたかを確かめたい人はメールでファイルを送れるんで、どうぞ。
前回くらいから来てない人の数がかなり増えて、今日は20人、名前も覚えてる34人のクラスやからさみしいね。授業料を払っている本人の自由とは言え、僕の責任なんやろけど、これ以上はやれへんしなあ。あと6回しかないんで、大事にしてもらいたいけどねえ。

クラス名簿(再掲載)2020年前期 ビジネス英語I-1 (2) クラス名簿(34名)

30190034 足達 陽向 アダチ ヒナタ
30190070 安藤 由貴 アンドウ ヨシキ
30190083 家城 真志 イエキ マサシ
30190098 市谷 奈菜 イチタニ ナナ
30190133 岩井 駿空 イワイ シュンスケ
30190197 奥村 直也 オクムラ ナオヤ
30190225 甲斐 彩香 カイ サヤカ
30190249 香川 百萌子 カガワ モモコ
30190263 河口 暁 カワグチ アキラ
30190274 河野 紘進 カワノ コウシン
30190287 河野 多恵 カワノ タエ
30190292 河野 舞香 カワノ マイカ
30190313 喜多 あやめ キタ アヤメ
30190359 小出 響 コイデ キヨウ
30190366 小金丸 拓哉 コガネマル タクヤ
30190405 小林 里雄人 コバヤシ リユウト
30190414 小松 晃大 コマツ アキヒロ
30190429 佐伯 直樹 サエキ ナオキ
30190432 迫 優花 サコ ユウカ
30190443 迫田 信慈 サコダ シンジ
30190478 里中 優太 サトナカ ユウタ
30190496 清水 優成 シミズ ユウセイ
30190539 田中 碧 タナカ アオイ
30190557 塚元 健太 ツカモト ケンタ
30190588 徳留 未来 トクドメ ミライ
30190609 中川 大夢 ナカガワ ヒロム
30190661 中平 悠稀 ナカヒラ ユキ
30190719 羽田野 夢華 ハタノ ユメカ
30190755 林 聡一 ハヤシ ソウイチ
30190762 原口 智衣 ハラグチ チエ
30190786 春山 大輔 ハルヤマ ダイスケ
30190803 藤野 百香 フジノ モモカ
30190841 松原 光弥 マツバラ コウヤ
30190946 與那嶺 明里 ヨナミネ アカリ

 

英語 Ra1(2)

<連絡事項>

* 9回目授業→7月3日(月)10:15~11:30

授業では

* ERIX6B→(続編)X1『失われた友を求めて』

* パパ・ウェンバ→Papa Wemba解説

* 感想:ブレイクアウトセッション

次回

* 授業についてのコメント、コロナ騒動の中で思ったことや感想意見など(続き)

* 映像:「アウトブレイク」

* reading解説:ザイールのその後:最初に配ったプリントのZaire’s Turmoil Invites an African SolutionとPushing Kabila on early election unrealistic、(追加で配った資料の中の)Looking back in Anger: Life in Mobutu’ Zaireは読んでおくとわかりやすいと思います。一部を読んで解説するつもりです。イギリス英語で分かりにくいのもあるけどね。

次々回からは→The colonization of Africa、『金のフレーズ』の2本立て。それぞれ配ったプリントに目を通しておいてや。The colonization of AfricaはPrecolonial Africa, The first colonialists、『金のフレーズ』は①の100題。

X1『失われた友を求めて』

・・・強い意思でコンゴの激戦区に残ったコバッチュが死亡したとの連絡を受け、彼を残してきてしまった罪悪感から再びコンゴに飛び、コバッチュの生存を確認し彼をアメリカへ送った後も、自分の居場所と使命を見出しコンゴに留まる。→いつでもコピーするんで、どうぞ。

Papa Wemba

【ケニア、タンザニアの音楽事情とリンガラ音楽について】

服部晃好くん(北海道新冠郡の新冠町立国保診療所→http://www.niikappu.jp/kurashi/sekatsu/sumai/teijyu/iryo/kokuho.htmlの勤務医)に【ケニア、タンザニアの音楽事情とリンガラ音楽について】を書いてもらいましたが、その中にPapa Wembaについても書いてくれています。一部貼っときます。服部くんは36歳で、宮崎医科大学に入って来たときに一年生の英語の授業で出会いました。相性がいいみたいで、いまだに遣り取りをしています。名古屋工大の院を出てガス会社に行ってたそうで、そこを辞めてタンザニアで3年理科の教師、一年半ほどケニアで調整員をし、その間に6年分のお金を貯めて一発勝負で受験をしたようです。そのころ医学科にはすでに何人かの海外青年協力隊の経験者がいて、誰もが意欲もあり成績もよかったことにも助けられて、高年齢で面接もあったのに合格出来たと思います。写真は定年退職の年に医学部でいっしょにやったシンポジウムで撮ったものです。

【リンガラ音楽】

「リンガラ」という呼び方は、ケニア、タンザニアなど「外国」(日本を含む)での呼び方であり、コンゴでは単に「ルンバ(Rumba)」と呼ばれる。また、欧米では「リンガラ」よりも「スークース(Soukous)」という名称の方が一般的である。元々、リンガラというのはコンゴの商用語のことであり、コンゴ川流域にそれぞれ独自の言語を持つ民族が多数共存する状況において、特に商取引の便宜を図るために自然発生的に形成されたものと言われている。1960年のコンゴ共和国の独立後、現地で流行したポピュラー音楽の多くがリンガラ語で歌われるようになったため、ケニアやタンザニアなどでは、そうした音楽を「リンガラ(音楽)」と呼ぶようになったのである。

地元(コンゴ)の人々が「ルンバ」と呼ぶように、リンガラ音楽のルーツにはキューバ音楽がある。ただし、これは何も「リンガラ」に限ったことではなく、ナイジェリアの「ジュジュ(Ju Ju)」、ガーナの「ハイライフ(High Life)」、カメルーンの「マコッサ(Makossa)」、そして、ユッスー・ンドゥールやサリフ・ケイタの音楽等々、現代アフリカン・ポップスのベースには、たいていキューバをはじめ中米やカリブの音楽の影響があるという。「(伝統的な音楽を持つ)アフリカ人がなぜキューバ音楽を?」と不思議に思ってしまうが、キューバで生まれた本来のルンバは、アフリカから強制的に連行された奴隷たちが、休憩時間にだけ小屋で踊ることを許されていたという状況の中で生み出された、打楽器と歌(コーラス)だけで構成された(いわゆるアフリカ色の強い)音楽であるということを考えると、アフリカの人々がキューバ音楽を取り入れるのは至極当然のことであろう。キューバやカリブ諸国の(いわゆる)ラテン系音楽は、1920年代から主として白人入植者によってアフリカへ持ち込まれたが、1950年代半ばにはヨーロッパからアフリカに輸入されるラテン音楽のレコードが、コンゴを含む中部・西部アフリカにおいて非常に売り上げの大きい重要な商品であったということから、現地の人々にとってこうした(ラテン)音楽の衝撃が如何に強烈だったかが想像できる。その衝撃は、目新しい衣装をまとって突然目の前に現れたのが、実は音信不通になっていた古くからの友人であったことを知った時のようだったのかもしれない(ちなみに、この時期、ヨーロッパの大手レコード会社が次々に現地へ進出し、キューバやアメリカで既に発表されていた音楽を低コストで再生産・再発売することで、莫大な利益を上げていたという)。

現在、一般に「リンガラ」と呼ばれている音楽は、キューバン・ルンバをベースにしながら様々な民族のリズムを融合したリズム体の上に、複数のエレキ・ギターによる高音域の繰り返しフレーズが絡み合い、主に高音域で歌うヴォーカルとコーラスが載るというのが最も一般的なスタイルであり、多くの楽曲は、①ルンバ、②サカデ(Sakade)、③セベン(Sebene)という3つのパートから構成されている。①ルンバは歌やコーラスを聴かせるゆったりしたパート、②サカデはソロ・ヴォーカルとコーラスの掛け合い(コール&レスポンス)で盛り上げていくパート、そして、③セベンはダンスのためのテンポの速いパートであり、ライブでは5分、10分と続くことも珍しくない。それぞれのパートは、同じようなリズムやリフレインの繰り返しが基本であり、「リンガラ」の目的が踊ることにあるのが一目(一聴?)瞭然である。ライブにおけるヴォーカルの掛け合いやセベン・パートでのダンスは、初めて見る人にはかなり奇異に写るかもしれないが、現地では聴衆も一緒になって盛り上がるのが普通である。そして、こうした構成はまさに伝統音楽を現代の楽器を用いて再現したものであり、夜を徹して延々と繰り返しながら盛り上がり、集団でトランスに入っていくような要素も伝統音楽と同様であるように思われる。ただ、1960年代までの初期(いわゆる第一世代や第二世代)の「ルンバ」は、ゆったりとしたキューバン・ルンバのカラーが強く、楽曲も歌が中心であった。それを上記のような主としてダンスを楽しむための音楽として変革したのが、1969年に結成されたザイコ・ランガ・ランガ(Zaiko Langa Langa)であり、現在のリンガラもその延長線上にあると言える。そして、そのザイコ・ランガ・ランガの中心人物であり、現在も「リンガラ」のシンボル的存在であるのが、欧米や日本でも有名なパパ・ウェンバである。

近年のコンゴの混乱を反映してか、現在のコンゴのリンガラ・シーンは1970~80年代の全盛期に比べてずいぶん沈滞しているという。しかし、ラップの要素なども取り入れた新たなスタイルも生み出されており、特に中部・東部アフリカにおいては依然として最も影響力の強い音楽であることは間違いない。

パパ・ウェンバ Papa Wemba –<リンガラ・ポップの伝道師>

中央アフリカに位置するザイールからアフリカ各地へと広まっていったリンガラ・ポップ、このサウンドをアフリカからヨーロッパへ、そして世界中へと広めていった伝道師の役目を果たしたのが、ヴィヴァ・ラ・ムジカを率いて何度も日本を訪れているパパ・ウェンバです。彼はミュージシャンとして、ザイールの音楽シーンを引っ張っただけでなく中央アフリカ最大の都市キンシャサという大都会に住む若者たちのファッション・リーダー、トレンド・リーダーとして、そのライフ・スタイルにまで影響を与える存在でした。そのサウンドは都会の文化、ストリートから生まれた数少ないアフリカン・ポップスと言えます。

 

クラス名簿(再掲載)2020年前期 英語 Ra1(2)クラス名簿(31名)

30170030 井戸 颯人 イド ハヤト
30200049 池ノ上 将基 イケノウエ シヨウキ
30200092 梅山 愛梨 ウメヤマ アイリ
30200100 押領司 尚美 オウリヨウジ ナオミ
30200137 尾崎 ちひろ オザキ チヒロ
30200186 加藤 大地 カトウ ダイチ
30200205 川越 晴登 カワゴエ ハルト
30200232 北村 詩歩 キタムラ シホ
30200250 串間 怜央 クシマ レオ
30200278 小島 楓華 コジマ フウカ
30200322 迫田 凜々香 サコダ リリカ
30200335 佐々木 ルナ ササキ ルナ
30200423 田代 直哉 タシロ ナオヤ
30200447 恒吉 実於 ツネヨシ ミオ
30200454 角田 楓 ツノダ カエデ
30200461 堂下 つばさ ドウシタ ツバサ
30200506 時松 桃花 トキマツ モモカ
30200533 戸高 みなみ トダカ ミナミ
30200551 永友 阿耶里 ナガトモ アカリ
30200603 東久保 光汰 ヒガシクボ コウタ
30200627 平井 優季 ヒライ ユキ
30200676 福瀬 一真 フクセ カズマ
30200713 藤田 涼 フジタ リヨウ
30200728 淵脇 紅南 フチワキ アカナ
30200731 古田 紋子 フルタ アヤコ
30200742 本田 拓哉 ホンダ タクヤ
30200766 松田 美月 マツダ ミヅキ
30200777 松元 彩夏 マツモト サヤカ
30200816 御沓 帆志 ミクツ ホシ
30200834 宮脇 駿介 ミヤワキ シユンスケ
30200870 山田 凌平 ヤマダ リヨウヘイ