つれづれに:性のあり方(2024年10月11日)
つれづれに:性のあり方
エイズに関するアフリカの5回目である。HIV感染者が急増し、抗HIV製剤が史上かってないほどの高い利潤を生むようになって、また奪われる側が大変な目に遭った。アフリカも標的にされた。→「エイズの起源」がアフリカだと言い出して、責任を転嫁し始め、挙句は性のあり方にまで踏み込んで煽(あお)り立てたのである。アフリカ起源説も「性にふしだら」も、責任転嫁には好都合だったと言うことだろう。
「アフリカ人の過度の性行為についての神話」は目新しいものではない。過去に何度も繰り返して使ってきた手口である。「異常に大きな陰核のゆえに性的に飽くことを知らない黒人女性と性の饗宴(きょうえん)にふける黒人男性の話」は、「アフリカ人は幼稚で野蛮である」などとともに、植民地時代の初期にヨーロッパの探検家が持ち帰って広めたものである。アフリカ争奪戦を繰り広げる侵略者にも、利益をもたらし生活を潤(うるお)してくれる植民地政策の支持者にも、理不尽な植民地支配を正当化するためには神話が必要だったのだろう。
神話は「猿の血を媚薬(びやく)として切り傷に擦り込んだザイール人の話」、「潰瘍(かいよう)のある性器の苦情が広まっている話」、「売春婦からHIVをもらい、自分の妻にうつしているアフリカのトラックの運転手の都市伝説」など、範囲が広がり、新たに「割礼(かつれい)や一夫多妻制などのアフリカの伝統的な習慣が流行に拍車をかけている」という神話まで付け加えられた。市場拡大を目論(もくろ)む製薬会社にも、開発や援助の名目で利益を貪(むさぼ)る多国籍企業や政府にも、貿易や投資で生活が潤う先進国の人にも、「神話」は不可欠なのである。
欧米では主に男性同性愛者と麻薬常用者の間で、アフリカでは異性間で感染が拡大していたし、アフリカでは欧米よりもかなりの速さで広がっていたので、両者の流行の違いを説明するのにアフリカ人は「性にふしだら」、つまり、「性にふしだらなアフリカ人」がコンドームもつけないで「過度なセックスをして」急激に感染を拡大した、アフリカでの爆発的なエイズ感染の拡大の責任はアフリカ人にある、というわけである。
アフリカの歴史を研究する米国人チャールズ・ゲシェクター(Charles Geshekter、↓)は「ニューアフリカン」(1994年10月)の「エイズと、性的にアフリカ人がふしだらだという神話」(”Aids and the myth of African sexual promiscuity”)の中で、塩川優一を「性にふしだら」と思い込んでいる典型として最初に取り上げている。塩川優一は1994年8月に横浜で行われた第10回国際エイズ会議の組織委員長で、会議で「アフリカ人が性的欲望を抑制しさえすれば、アフリカのエイズの流行は抑えられます」と発言したのである。国際会議で、である。東京帝大医学部卒、順天堂大教授、厚生省お抱え学者、厚生省エイズサーベイランス委員会委員長、薬害エイズ事件では第1号患者の認定をめぐって批判された人物、なるほどである。ゲシェクターは主流派の言う「HIV/エイズ否認主義者」の一人で、1994年にエイズ会議を主催して主流派を学問的にやりこめた人物である。ムベキの大統領諮問(しもん)会議にも招聘(しょうへい)され、「ニューアフリカン」でも執筆している。しかし、政府も製薬会社も体制派も資金源が体制派のマスコミも、こぞってその会議を黙殺した。
日本政府の推進する原子力エネルギーの危険性を指摘した人たちが冷遇され、安全神話で政策を擁護する原子力村が優遇された構図と似ている。チェルノブイリは他の国の出来事と決め込んでいたひとたち、フクシマでの惨事を経験しても、性懲りもなく、原子力依存政策を推進している。原子力発電所を廃炉にせずに、年限が来れば廃炉にすると決めて始めた発電所の継続利用を推進、ベトナムに原子力発電所を輸出予定、既得権益に蠢(うごめ)く人たちの欲望は、空恐ろしい。原子力に群がる人たち、コロナ禍でもオリンピックを強行した人たち、そういった既得権益にしがみつく人たちの構図と、アフリカ起源、性のあり方で責任転嫁をはかろうとする人たちと、根っこは同じである。哀しい人の性(さが)だろう。
ゲシェクターはいくつかの根拠をあげて神話に反論している。
「過度の性行為」については「エイズ地帯のルワンダ、ウガンダ、ザイール、ケニア人々がカメルーン、コンゴ、チャドの人たちより性的に活動的だと証明した人もいないし、精力を計る基準の男性ホルモン(テストステロン)の値は世界中どこでもそう大差はないので、ある大陸や地域の男性が他の所の男性より過度に性行為にふけるということはないという概念を忘れてしまっている」と科学者の一方的な主張を戒め、「アフリカ人が性にふしだらである」については、1991年のウガンダ北部モヨ地区の性行動の調査を引用して、性行動が西洋人と大して違わないと指摘している。調査の結果は、女性の初体験は女性が平均17歳、男性が19歳、結婚前の性体験は女性で18%、男性で50%だった。割礼については、女性の間でもっとも広く割礼が行われているソマリア、エチオピア、ジプチ、スーダンでエイズ患者が一番少ない事実を科学者が無視していると指摘し、そもそも公の場で性的な感情を表わすのが女性の「資質」を貶(おとし)めると考える地域と、ボーイフレンド、ガールフレンドが当たり前の西洋を同じ基準で論じること自体がおかしいと述べた。トラックの運転手についても、性的な行動面から見てアフリカ人の運転手はアメリカやヨーロッパの運転手と大差はなく、東アフリカのトラックの運転手だけを非難するのは片手落ちであると指摘している。
次回はエイズ検査である。
エイズの検査キット