ジンバブエ滞在記⑦ ホテル

2020年3月1日2010年~の執筆物アフリカ,ジンバブエ

概要

横浜の門土社の「メールマガジン モンド通(MonMonde)」に『ジンバブエ滞在記』を25回連載した7回目の「ジンバブエ滞在記 ⑦ホテル」です。

1992年の11月に日本に帰ってから半年ほどは何も書けませんでしたが、この時期にしか書けないでしょうから是非本にまとめて下さいと出版社の方が薦めて下さって、絞り出しました。出版は難しいので先ずはメールマガジンに分けて連載してはと薦められて載せることにしました。アフリカに関心の薄い日本では元々アフリカのものは売れないので、出版は出来ずじまい。翻訳三冊、本一冊。でも、7冊も出してもらいました。ようそれだけたくさんの本や記事を出して下さったと感謝しています。連載はNo. 35(2011/7/10)からNo. 62(2013/7/10)までです。

本文

7月の終わりに、家族でホリデイインに行きました。
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ハラレの街

ハラレに来てから11日目、一応何とか落ち着いたところで、そろそろ味の新天地を開拓しようというわけです。アメリカには何度か行ってホリデイインにも泊まっていましたので、あの「ホリデイイン」ならジンバブエ風の味よりは馴染めるだろう、そんな思いがあったと思います。妻も子供たちも何年か前に、ハワイやサンフランシスコで食べた料理に自分の思いを重ねているようでした。4人がそれぞれ抱いていた味への幻想は、最初のポタージュスープで見事に打ち砕かれてしまいました。スープに限らず、オムレツもカレーもハンバーグもパイもコーヒーも、しっかりとジンバブエ風味でした。4人が取り合って食べたのは、じゃが芋の丸焼きだけです。4人で114ドル、1人7000円余り、ゲイリーの給料の額を聞いていただけに、何だか済まないような気がしました。外は真っ暗です。
白人街住宅地
暗くなってからの帰宅は初めてでしたが、ホテルの前のタクシーが4人を家まで無事に送り届けてくれました。いつもなら消えている筈のゲイリーの部屋の電気が、その日はまだ灯っていました。4日後、今度はシェラトンに挑戦しました。ホリデイインは4つ星ですが、シェラトンは、ミークルズ、モノマタパと並んでハラレでは最高級の5つ星のホテルです。

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ミークルズホテルを背に

玄関で、鮮やかな赤の制服を着たアフリカ人の案内係が、にこにこしながらコンニチワとたどたどしい日本語で挨拶をして来ました。日本人の出入りが多いのでしょう。内部はなかなか豪華です。これなら、マンハッタンのシェラトンと較べても見劣りはしません。1階奥のレストランから中庭のプールで泳いでいる泊まり客が見えます。冬とはいっても日差しが強く、昼間の温度が20数度にもなるのでいつでも泳げるのです。1品の料理メニューもありますが、目で見ながら選べるバイキング形式の料理も並んでいます。これなら好きなものを選べそうです。お米に芯が残ってはいますが、料理はまずまずです。パンの味も悪くありませんし、デザートのプリンやババロアやケーキなども豪華です。子供たちはオレンジジュース、大人の方はグラスワインとビールを取って、4人ともお腹一杯になるまで詰め込みました。久しぶりの満足感です。従業員はアフリカ人ですが、客は外国人が大半です。日本人と思しき商社員が白人と食事をしています。味も、外国人向けというところでしょうか。それもそのはずです。
4人で189ドル20セント、一回の昼食代がゲイリーの月給の額を超えてしまっています。ゲイリー、ごめんなさい。宿泊料金の方も一流です。一泊がアメリカドルで150ドル前後、約750ジンバブエドルにもなります。食事もするとなれば、1000ドルでは済まないでしょう。

吉國さんの話では、工場や店で働く人で300ドル、タクシーの運転手で600から700ドル、高級取りの部類に入る白人秘書で2000ドルほどの月給だそうですから、大多数のアフリカ人が1ヵ月働いても手に入らない金額を、このホテルでは一晩で使ってしまうわけです。外国人の観光客は、外貨獲得の為の国の貴重な収入源です。その収入源を確保するためには、国も最優先して設備を整えます。ですからその一区画だけは、言わば外国の延長といってもいいでしょう。旱魃とも無縁です。ホテルのロビーにいますと、水不足や食料不足などの連日の新聞報道が嘘のように思えて来ます。

ハラレの街

国としては、旱魃に対する国外からの援助も期待したいですし、かといって過剰な報道によって観光客を失なうのも困ります。8月10日の「ヘラルド」紙の「観光客を不安にさせてはならない」という見出しの社説は、そんな苦しい胸の内を明かしています。英国の旅行ジャーナリストは自らジンバブエに来て、大旱魃にもかかわらず、我が国の観光産業が如何に「正常である」かを自分の目で確かめるべきである。そうすれば、ヴィクトリアの滝が、現に音を立てて水飛沫をあげているのがわかるはずである。ライオンだって、一部の地域では多少痩せ気味ではあるが、それでもなお、他の動物を威圧しながら、悠然と歩いている……
欧州や米国やアジアでは、人々は我が国に対して全く違ったイメージを描いている。それらの地域では、食料不足や水不足、或いは電力不足によって頻繁に起こる停電のために、休業に追いやられるホテルが続出していると報じられている……
人や動物が多数死につつあるとも報じられている。アフリカ南部でも、エチオピアやスーダンに似た状況が迫りつつあるとも言われている。だから、ジンバブエに旅行するのは狂気の沙汰だというのである。この国に来れば、旱魃があるのは現実だが、以前と同じように観光地が充分に憩いの場を提供しているのが観光客にはわかるはずである……
同様に、国が非常に困難な状況にありながら、国民に対して必要最低限の食べ物を供給する最善の努力をしていることにも気づくに違いない……

高い利益をあげるジンバブエの観光産業が、このまま知恵を絞ることなくだめになってしまえば、食料を供給しようとしている政府の懸命の努力も水の泡になってしまう。我が国には食料も要るし、観光客も必要である。両者のバランスを如何にうまく保っていくかが、この困難な時局にこの国には要求されているのである。

この国の直面する窮状をよそに、4人はお腹を一杯にして帰ってきましたが、借家が見つからずにホテル住まいをしていたら、ハラレもアフリカもきっと違った風に映っていたでしょう。(宮崎大学医学部教員)

執筆年

2012年1月10日

収録・公開

「ジンバブエ滞在記⑦ ホテル」(No.41)

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「ジンバブエ滞在記⑦ ホテル」