つれづれに:ホームルーム(2022年5月24日)

つれづれに

ホームルーム

散歩の途中で摘んで来た紫陽花

 ホームルーム、学級運営は授業と課外活動と合わせて教師の役割で大事なことだそうだ。担任もなく、実質的に課外活動に関係しなければ、授業が中心になるわけである。2年目に担任が解禁になって、ホームルームが人ごとではなくなった。自分が生徒の時は、鬱陶しいと思っても、何もしないでいさえすればよかったので、何もしなかった。元々集団で何かをするのは苦手だ。教務の人が1年次と2年次とも担任だったので、その点ではわりと楽だった。理想とか希望に燃えるタイプではなかったので、干渉もしなかったし、理強いもしなかったからだ。3年の時も、後に指導主事になったらしいので上昇志向はあったみたいだが、踏み込んで来るタイプではなかったので助かった。男女共学なのに男女ともクラスは別々で、普段は話す機会もないので女子クラスと合同で何かしようという時間があった。普段話もしないのですぐに打ち解けるわけもなく、何だかきごちない時間だった。話をした相手が、校長と出逢った辺りのうどん屋さんの娘さんだった。(→「街でばったり」、5月13日)時たま大学の帰りに寄ったりしていたので見かけていたかも知れない。卒業後もときたま店で顔を合わせることがあった。

駅前通り、商店街の右側にうどん屋があった

管理職や学年から学級運営に関して何か言われたことはない。その関連の研修も受けたことはない。週に一度のホームルームは100パーセント担任まかせだった。ホームルームには2種類あった。毎朝始業前に十分ほど出席の確認と連絡事項の伝達などをやるショートホームルームと週に一度のホームルームである。ほとんどの担任は律儀に毎日ショートホームルームのために教室に出かけていたようだが、私は最初だけしか行かず、余程のことがない限り行かなかった。教務の人が担任の時もほとんど朝は顔を出さなかったので、その点は気が楽だった。

週に一度のホームルームは、一年目可もなく不可もなくで終わった。無理強いしたわけではないが、リーダー格の生徒がいなかったので、盛り上がりにかけていたように思う。何かについての話し合いもあったが、あまり意見を言う生徒もいなかった。ただ、自分がホームルーム自体に懐疑的で、無理に時間を取らなくてもいいと思っていたので、私の方から積極的には動くことはなかった。2年生と3年生でクラスが変わり、リーダー格が率先して仕切ってくれたので、ホームルームがあってもええなと思えたのは幸いである。詳細はホームルームの続編で、か。

家の庭の南東に咲き始めている紫陽花

 次は、金芝河(きむじは)さん、か。最近、新聞で訃報を読んだ。グギさんが評論『作家、その政治とのかかわり』で英語訳しているその人の詩を日本語訳したことがあるくらいで、詳しくはないが、詩を理解出来ればと歴史の本も読んだりしたので、書いてみたい。時間がかかって、明日に間に合わないかも知れない。

グギ・ワ・ジオンゴ『作家、その政治とのかかわり』の表紙絵