つれづれに:寛容(2022年10月3日)
つれづれに:寛容
昨日2個(↑)だけ柿を干した。辛うじて、落ちないで陽にあたっている。今の時期に色付いている実は柔らかすぎてうまく剥けないし、残して紐を結び付ける枝の付け根がはがれてしまうので、干しても落ちてしまう。色付いてすでに20個ほど落ちてしまったが、それでも樹にはまだ400個くらいはありそうである。
「黒人史の栄光」(1964)を大学の購読の時間に読み、後に5年間、非常勤講師で行った大学の英語の授業でテキストとして使ったので、本文を何度も読み、ヒューズ(↑)の朗読も何度も何度も聞いた。最後の年は16コマも引き受けていたので、相当な数の授業で使っていたわけである。文章のどこでどの詩を引用し、どこでどの歌が流れていたかをほぼ覚えている。音感欠損症の私の耳にも、どの歌も響いていたと思う。今はウェブでレコード(↓)を元に作られたCDか音声データを購入できるので、確認してみたい。以下が分けて売られている音声データの一覧である。
Track Listing / Smithsonian Folkways Record
Part I – The Struggle: 1 Negroes with the Spanish Explorers / 2 African Chant / 3 Phyllis Wheatley / 4 Oh Freedom / 5 Sojourner Truth / 6 Steal Away / 7 Harriet Tubman / 8 Swing Low, Sweet Chariot / 9 Harriet Tubman, pt. 2 /10 Old Riley / 11 Frederick Douglass / 12 Go Down Moses / 13 John Brown / 14 John Brown’s Body / 15 Battle Hymn of the Republic / 16 Abraham Lincoln
Part II- The Glory / 1 Walt Whitman / 2 Reconstruction / 3 Trouble in Mind / 4 Booker T. Washington / 5 George Washington Carver / 6 Dallas Rag / 7 Little Brown Baby / 8 I’m Not Rough / 9 World War I / 10 If We Must Die Claude McKay /11 NAACP Founding and Activities / 12 Organ Grinder’s Swing / 13 Ralph Bunche(歌が15、誌が4、演説などが11)
レコード会社が交渉したと思うが、I’m Not Roughのアームストロング(↓、Louis Armstrong、1901/8- 1971/7)とOrgan Grinder’s Swingのフィッツジェラルド(Ella Fitzgerald、1917/4-1996/6)は超大物である。レコーディングの時は生きていたので、直接交渉したということだろう。Little Brown Babyのダンバー(Paul Laurence Dunbar、1872–1906)もIf We Must Dieのマッケィ(Claude McKay、1890–1948)も有名な詩人で、どちらも本人と思しき人が詠んでいる。当時すでに死んでいたので、朗読が残っていたということだろうか。Dallas RagはDallas String Bandが演奏しているようだ。「黒人系のブルースと白人系のストリングバンドを融合したアフリカ系アメリカ人のメンバーによるラグタイムをベースに置いた稀有なストリングバンドで、人種の壁を超えるべく偉大な貢献をしたと言われている。」
歌に関しては詩人の感性が感じられる選曲である。流れの中でそれ相当の人物を紹介しているのもわかる。しかし、フレデリック・ダグラスやブーカー・T・ワシントンや「全国黒人地位向上協会」(NAACP)を前面に掲げられて、自由を勝ち取った、黒人史の栄光だと結ばれると、腰が引けてしまう。体制に抗議し体を張って抵抗して、白人優位・黒人蔑視の意識変革を訴え続けた反体制の人たちに共感する身としては、である。
アレックス・ヘイリーの小説『ルーツ』(↑)を元にして作られたテレビ映画は「ルーツ」を授業で使わせてもらった。直に心に響く強烈な場面も多い。その中に、主人公の少年クンタ・キンテ(↓)が売り飛ばされた農園から逃亡して隣の農園に淡い恋心を抱いている少女に会いに行く場面がある。奴隷小屋で一夜をともにしたあと、いっしょに逃げようと誘ったがきっぱりと断られた。白人主人の慰みものになっても「寒さに震えるよりは暖かいところにいたいのよ」と言われた。すぐあと奴隷狩りに捕まえられて足首を切断されて、九死に一生を得、親身に看護してくれた女性と結婚した。一人娘は白人主人の慰みものになって息子を産んだ。
Frederick Douglassの奴隷体験記とBooker T. Washingtonの『奴隷より身を起こして』(Up from Slavery)を読んだ。少しだけしか読めなかった。文章が読むに堪えなかったからだが、文章がその後の生き方のぬるさを象徴しているように思えたからるある。芸術作品は自己充足的である。言いたいことをそのまま言っても芸術にはならない。マイクを持ってがなっていた全共闘の「我々は‥‥」と同じである。小説や物語として出版する限り、昇華されたものでないと、というのがその理由である。
(「黒人史の栄光」の編註者に送られた写真)
ヒューズは、白人主人の慰みものになっても「寒さに震えるよりは暖かいところにいたいのよ」と言う女性も、読むに堪えない本を書いた人も、白人たちと妥協しても歩み寄る「全国黒人地位向上協会」(NAACP)も、すべて寛く受け容れる度量を持つ。眼差しはいつも優しい。最後まで「ハーレム」(↓)を出なかった人の生き方そのままである。
ハーレムで歌うストリートミュジシャン(『ブルーズ・ブラザーズ』より)
追伸:ヒューズの声が聴ける”The Glory of Negro History"のデータはいつでも送ります。