つれづれに:秋立ちぬ(2023年8月21日)
つれづれに:秋立ちぬ
百日紅(さるすべり)
旧暦では今年の立秋の始まりは8月7日である。すでに秋立ちぬだが、去年と同様に今年も、朝晩も暑いままで、秋立ちぬとは言えない毎日が続いている。23日には処暑(しょしょ)の期間が始まる。ウェブの解説では
処暑とは、厳しい暑さの峠を越した頃です。朝夕には涼しい風が吹き、心地よい虫の声が聞こえてきます。暑さが和らぎ、穀物が実り始めますが、同時に台風の季節の到来でもあります。
とあるので、朝晩涼しい風が吹いてくれることを願うばかりである。
台風の季節はすでに到来している。今回台風6号が西寄りのコースを取ってくれたので、直撃を免れた。そのあと、7号が東の方を通ってくれて、そちらもあまり影響を受けずに済んだ。しかし、気圧の影響で雨の日も多く、蒸し暑い日が続いている。台風一過の秋晴れの気分にはなかなかならない。昨日今日と晴れているが、また明日から天気が崩れるようだ。
医学科で医療倫理が臨床実習の対象になった頃、担当の人から准教授への推薦書を頼まれた。その後、しばらくして教授の推薦書も頼まれて、書いた。病院評価が厳しくなって、医療倫理の人を逃さないように、執行部が先手を打ったということだろう。結果的には、業績も人物も申し分なかったので、公募と講演会をして公正に選べたのは何よりだった。その人に話を聞きに行ったことがある。録音して小説で使うことも諒承してくれた。原稿が売れると出版社が判断すれば、活字になるかも知れない。
講義棟
その中で、医療倫理の大切さや病院評価の経緯を中心に、長年医者が抱えていた問題について詳しく話をしてくれた。アメリカの生化学者が言い出した生命倫理から話が始まった。
「医療倫理の言葉を耳にするようになったのはここ最近やと思うけど、どんな背景があったんやろ?」
「講義で必ず歴史を紹介するんですが、最初に言い出したのはアメリカの人で、1970年代初めですね」
「アメリカねえ。また言いなりか。アメリカで言われ始めてから10年後に日本でも‥‥ということも多いしな」
「この場合、それはちと暴論ですね。アメリカだけではなく、どこの国でも医学の世界では同じ問題を実際に抱えていたんですよ。決して強制されたわけではないです。ポッターという人がバイオ・エシックス、生命倫理という言葉を使い始めました。本の題名に使った造語ですけどね。その背景には当然ナチスドイツへの反省があります。環境倫理も包含するくらいの広い意味として誕生しています」
「具体的にはどんな問題?」
「ポッターさんは腫瘍学者、癌(がん)の研究者です。元々バックグラウンドが生化学で、癌の研究をしている時にあることに気づいたんですね。地球上には色んな生命体が生息してバランスよく生態系を維持しているのに、ホモサピエンスという生物だけがちょっとおかしい。生存可能圏は限界があるというわりには、色んなところに蔓延(はびこ)って、その土地土地の資源を食い尽くしているやないですか。まるで地球という生命にとっての癌細胞ですよ、そんな主張です」
「ホモサピエンスが地球を侵している癌細胞か。言えてるねぇ」
「ポッターさんはまた、ホモサピエンスは自分たちのことを知的生命体と自称しているが、極めて未熟、ホモサピエンスがこのままやりたい放題を続けたら大いに危険、と言っています。パンドラの箱を開けてしまって、先ず核兵器を作ったでしょ。核兵器はだめというコンセンサスを得たのちも、実際にはいまだに核を作り続けていますよね。ある学者は、まるで取り扱いのわからない赤ん坊に拳銃を渡しているみたいなものと評したそうです。平和利用と謳(うた)った原子力発電所を制御できるかどうかの問題も未解決ですし。そうこうしているうちに、今度は生物学の世界でゲノム編集をやり始めて、遺伝子組み換え技術の世界的なルールを作るべきだということになりました。生命の設計図は神の領域だと主張する生物学者の危機意識から生まれたものです。遺伝子改変で生態系を破壊するかも知れないという警告でもあったわけです。ポッターさんと基本的に同じ主張ですね。」
しかし、考えてみると、台風の到来に一喜一憂し、今年は立秋が過ぎても暑さが続いているとぼやいているのは、色んなところに蔓延(はびこ)って、その土地土地の資源を食い尽くしているホモサピエンスの勝手な思い込みに過ぎないのかも知れない。