つれづれに:HIV増幅のメカニズム(2024年9月4日)

つれづれに

つれづれに:HIV増幅のメカニズム

 HIVはDNAを持たないから、人間の血液の中に侵入して自分の子孫を増幅させる。どのように侵入して増幅するのかが、今回のHIV増幅のメカニズムである。

エイズ患者が出始めた1981年からおよそ10年余りで、病原体HIVの構造(↑)やHIVの増幅の仕方が徐々に解明されて、一般の人の目に触れるようになった。1990年代に入ってからは世界エイズ会議も2年毎に行われるようになった。1992年にはCDC(Centers for Disease Control and Prevention、米国疾病予防管理センター、↓)のあるアトランタで、2年後には横浜で開催された。アジアで最初であった。その頃には、エイズに関する記事や映像などもかなり増えていた。

 ある日、授業用に一般向けの雑誌を探すために、当時非常勤で行っていた旧宮崎大学(↓)教育学部英語科の図書館にでかけた。当時、まさか後に統合して同じ大学になるとは思いもしなかったが、英語科にはまだ10人ほど教員がいて研究費で図書館に事務員を雇用していた。その図書館には、入試用の過去問や英語の雑誌などが置かれていた。

 ニューズウィーク誌(Newsweek)とタイム誌(Time)を10年分ほどチェックしたら、90年頃から記事の数も多いことがわかった。その中に1996年の「生命の危機にかかわる遺伝情報の断片を標的にすること(Targeting a Deadly Scrap of Genetic Code)というニューズウィークの記事を見つけた。「流れ作業の工程を遮断すること」(Disrupting the Assembly Line、↓)という見出し図につけられていた。いわゆるサイエンスライターと言われる医者ではない記者の記事である。一目見ればわかる。医療の専門家はAssembly Lineは使わない。

 しかし、一般の人には流れ作業に準(なぞら)えた記事はわかりやすい。その記事と医学生向きの記事を授業では誰かにやってもらった。発表にはパワーポイントを使う人が多かった。記事の図の概要である。

「HIVは白血球の中に侵入し、白血球をウィルス製造の工場に変えることによって生き延びる。その過程は以下の数段階である。

1 HIVは宿主細胞の受容体(レセプター)に付着し、リボ核酸(RNA)のような遺伝子物質を放出する。

2 逆転写(RT、Reverse Transcriptase)酵素と呼ばれる酵素がウィルスのリボ核酸(RNA、RiboNucleic Acid)をデオキシリボ核酸(DNA、DeoxyriboNucleic Acid)に変える。逆転写酵素阻害剤と呼ばれる製剤がこの過程を阻害する可能性がある。

3 インテグラーゼと呼ばれる酵素が宿主細胞の染色体にウィルスのデオキシリボ核酸を組み込む。インテグラーゼ阻害剤という新しい種類の製剤を開発し、それがウィルスを防ぐ新たな障壁になる可能性がある。

4 感染した細胞は新しいウィルスのリボ核酸作り、それが蛋白質(たんぱくしつ)とその他の構成要素を産生する。

5 プロテアーゼ酵素がウィルスの蛋白質をより短かい断片に切断する。プロテアーゼ阻害剤が酵素を中和させることによって、ウィルスが複製出来ないようにする。プロテアーゼ阻害剤は逆転写酵素阻害剤を併用すればより効果的である。

6 新しく作られた蛋白質は組み合わさって新しいヒト免疫不全ウィルスを形成する。

7 完全な形のHIVが出芽して、また新たに他の細胞に感染する」

 エイズに関心を持ち出し雑誌の記事などを読み始めたのが1992年にジンバブエに行ったあとくらいだった。まだその時期には、宿主(しゅくしゅ)のCD4陽性T細胞に侵入する際に、細胞膜を破って入るのか、融合して入るのかはあやふやだったと記憶している。仲良しの微生物の人に聞いたら、まだ確定していないけど、貫通する(penetrate)のは確かやね、という答えだった。教授選の制度を変えただけあって、その人は面白い授業をやってたようである。学生はいろいろ質問されて緊張の連続、課題も国内外のトップレベルの人にあってインタビューして来るというのを出していたそうである。既卒者の一人が、当時医科歯科大に居た山本直樹という人にインタビューしたという話を嬉しそうにしていた。受容体(レセプター)にはセカンドレセプターもあって、その侵入する過程を阻害して薬を作れないかを研究しているらしいですということだった。なかなか面白いので、ちょうど今その辺りをやってるんで、1年生の授業で話してくれへんか?と頼んだら、やってくれた。上級生が生の情報を伝えるために下の学年の授業に出てしゃべるというのは、画期的なことだった。融合するはfuse、新聞で fusinと言う単語をみたので、その方面の研究をやっている人がいたようである。2000年を過ぎた頃には、ウェブ上で鮮やかなコンピューター映像(CG、Computer Graphic)の映像が出るようになり、そこでは見事な融合の場面が見られた。

 英字新聞にケニアの売春を生業(なりわい)にしている集団があって、感染の危険性が高いのにHIVに感染しないので検査してみたら、元々遺伝子そのものに受容体(レセプター)がないのを発見した。これだとHIVが血液に侵入しても、抗体の指令塔であるCD4陽性T細胞に入れないのだから、感染は起こらない。その遺伝子を利用して薬を作れないかという可能性にも触れていたらしい。プロテアーゼ阻害剤と逆転写酵素阻害剤以外にも可能性があるんやと嬉しくなった覚えがあるが、その系統の薬に関する報道はないようなので、難航しているんだろう。

 医学生向きの資料は配布済みの『ヒト生物学』(Human Biology)9章免疫システムと防御システム、16章性感染症(Sexually Transmitted Diseases)である。

9章では最初に病気を引き起こす3つの原因(ウィルス感染、細菌感染、プリオン蛋白)が簡単に解説され、免疫不全としてエイズが紹介されている。学生にやってしまったので手元にないので確認出来ないが、プリオンが教科書に乗るのは1990年代の半ばの狂牛病騒動のしばらく後だから、おそらく2000年辺り以降の版だろう。現在は17版、高校の生物学と専門の基礎医学の橋渡しとしては読みやすい本だからだろう。HIVが免疫システムのヘルパーT細胞を標的にすること、体液を通じて感染すること、エイズがゆっくりと進行すること、の項目にわけて解説したあと、3つの段階(フェイズ、phase)の特徴を述べている。第1フェイズは、風邪に似た初期症状で一時収まり、潜伏期間に入る。第2フェイズは潜伏期間で、長ければ10年の場合もある。この時期に何もしなければ、助からない。最終段階の第3フェイズはエイズ末期と呼ばれ(full-brown AIDS)、免疫力が落ちてカポジ肉腫やカリニ肺炎など、通常なら罹(かか)らない日和見(ひよりみ)感染症にやられて衰弱してやがて死に至る。1000ミリグラム中にCD4陽性T細胞が200個以下になると第3フェイズで、末期を迎える。

 エイズについては半期15回のうちの大体4~5回で、☆HIVの増幅のメカニズム、☆簡単なエイズ発見の歴史、☆社会問題として:アメリカ(エイズ会議、抗HIV製剤、HIV人工説)とアフリカ:(欧米・日本の偏見、ケニアの小説、南アフリカ)と書いた。最初に→「エイズ」、次に→「ウィルス」と→「血液」と→「免疫の仕組み」を書いたあと、今回、一つ目の山☆HIVの増幅のメカニズムを書いた。次回は2つ目の山☆簡単なエイズ発見の歴史である。