つれづれに:女子短大(2022年7月24日)
HP→「ノアと三太」にも載せてあります。
つれづれに:女子短大
大阪工大(HPより)
大学の話が来た。初めてのことである。思わぬ人からで、住んでいた「明石」(6月16日)から西へ電車で1時間足らずの町にあるクリスチャン系の女子短大だった。電話でだったか、直接だったかは覚えていないが、「黒人研究の会」(6月29日)の会員だった女性の推薦だった。夫が近くの国立大学の教授で、旧帝大系の大学の先輩に当たる人がその短大の学長をしているらしかった。(→「黒人研究の会総会」、7月23日)典型的なその当時の人事で、誰かの推薦で教歴と業績が見合うだけあれば人事成立というパターンである。
推薦をしてもらえたわけである。その女性は例会で見かけるくらいで、話をしたのはその時が初めてである。研究会でやっていたことを評価してくれたのかも知れない。例会に参加し始めた時はその女性をあまり見かけなかったが、それから暫くして同じ女子大の女性と毎月参加するようになり、アフリカ系女性作家でのシンポジウムの話も出ていた。アメリカ文学会で理事もやり、地道な研究も続けているようだった。ライトのシンポジウムに行った直後に話が来たので、職もないのにシンポジウムのためだけにミシシッピまで行ったり、2年後に「MLA(Modern Language Association of America)」、2月20日)で発表(↓)する予定を聞いて、世話を焼く気になってくれたのかも知れない。
当日、妻と二人で出かけた。学長室で会ったとき「来年から来てください。新学期の始まる前に、またお会いしましょう」と言われた。既に履歴書も見て、採用を決めていたようだった。12月か1月かだったように思う。寒い時期だった。3月に再度学長室を訪ねたとき、「その話はなかったことに」と言われた。推薦してくれた人も学長も言えない事情があるんだと感じて、理由は聞かなかった。たぶん、気の毒で言えなかったんだろう。借金をして夜逃げした母親である。短大には附属中学も高校もあって、隣には同じ系列の男子校もあった。私の住んでいたところから通う人はほとんどいなかったが、小学校のときに遊んでいた人が中学からそこに通っていた。親が薬剤師で、インテリの雰囲気が漂い、兄も同じ学校に通っていた。おそらく身上調査である。標準以上の子弟の通うクリスチャン系の短大に、地元近くで、親が借金をして夜逃げをした教員をわざわざ雇う理由がない。「自分がした借金ではないし、支払いの義務はないというつもりだったが、現実の前では空しい」(→「揺れ」、7月5日)である。
次は、二つ目の大学、か。推薦してくれた人も思わぬ事態を気の毒に思ったのか、二つ目の大学を紹介してくれた。その話である。
ミシシッピ州ナチェズ空港