つれづれに:アフリカ小史(2024年10月17日)
つれづれに:アフリカ小史
今回はアフリカ小史で、残るはアフリカ系アメリカ小史である。まだ時間がかかりそうなので、小説の5冊目と併行しながら書いてゆきたい。
アフリカ小史には山が3つある。①侵略される以前、②奴隷貿易から植民地時代、③第2次大戦後、である。ヨーロッパの侵略が始まってからたかだか5世紀余りだから、時代の長さからすれば、ヨーロッパ人が来る前が一番長いのだが、このアフリカ小史では②と③が中心である。元々歴史や考古学に興味があったわけではないので、ほとんど知らないのが理由である。歴史や考古学は広範すぎて、手に余る。たとえば、奴隷貿易や植民地化についてはヨーロッパの歴史が不可欠だが、時間が取れなかった。コンゴとケニアと南アフリカの歴史を追っていたら、退職する時期になっていた。修論作成時に辿ったアフリカ系アメリカの歴史や、グギさんの評論の翻訳を頼まれた時に、韓国の詩人を理解するのに辿った韓国の歴史も、なかなか大変だった。それに、生まれ持った能力の問題もある。それだけは、どうにもならない。
小史はバズル・デヴィドスン(↑)がつくった「アフリカシリーズ」の映像を元にみてゆくつもりである。①侵略される以前では、エジプト文明、農耕と牧畜社会、西アフリカの帝国、黄金の交易網、キルワの虐殺については書きたい。
②奴隷貿易から植民地時代では、奴隷貿易、換金作物、飢えなど。
③第2次大戦後では、独立、多国籍企業と資本投資・貿易、民族紛争、独裁政権など。
英文書(↓)でアフリカ小史を書く際にまとめたのだが、ずいぶんと前のことなので、捉え方が変化したところもある。書きながら、修正したい。
生きても30くらいまでと決め込んでいたわりには、ながく生きすぎてしまった。自分も貧しかったが、周りはもっと貧しい人たちが多く、人生そのものを諦めた気になるまでは、貧しい人たちのために何か出来ればと漠然と考えていた。たぶん、自分の性格のせいだろう。自分が大変なのに、先ず人のこと考えてしまう。他の人の目を気にしてということはない。ずっと、いつも周りに人がいた。特に何かを話しに来たというわけでなく、来て何時間かしゃべって行く人が多かった。話をすれば、気が済んだのかも知れない。自分が高校生や大学生のときも、高校や大学の教員のときも、ずっとである。こっちが相談にのってもらいたいくらいだった。30くらいまで何とかやり過ごせればよかったので、就職を考えたことはなかったが、母親の借金で方向が変わってしまった。小説を書きたいと思ったのは、そんな流れとは関わりなく、新聞小説を読んだ10代に、小説を書きたい気持ちが自分の中にあるのを感じた。その作家(↓)が自分の気持ちを意識するきっかけだったかも知れない。先月、後期高齢者用の保険証が届いた。残された時間がどれほどあるかはわからないが、書けるだけは書きたい、そんな気持ちでいる。ブログと併行しながら、小説の5冊目も書くつもりだ。どこかの出版社が売れると判断するかどうかは、別問題である。
次回はアフリカシリーズである。