アフリカとその末裔たち 2 (3) ①今日的諸問題:エイズ流行病(AIDS epidemic)

2020年2月24日2010年~の執筆物アフリカ,医療

アフリカとその末裔たち 2 (3) ①今日的諸問題:エイズ流行病(AIDS epidemic)

医学的な側面

HIV(ヒト免疫不全ウィルス)の構造図

エイズはHIV(ヒト免疫不全ウィルス)によって引き起こされ、性的接触や静脈注射を使う薬物乱用者の汚染された注射針の使い回しや、汚染された血液や血液製剤などの輸血を通して、体液(特に血液と精液)が交じることによって感染し、免疫機構が正常に働く人なら普通は起こらないカリニ肺炎のような日和見感染症が特徴の免疫系の症候群です。(性感染症の一つでもあります。)

HIVは主に、病原体の侵入から人体を守る細胞性免疫機構で重要な役割を果たしているTリンパ球に侵入します。T細胞の数が減少、つまり免疫力が低下しますと、複数の日和見感染症の症状があらわれます。HIVは本質的には、遺伝子情報の断片(たんぱく質の膜に覆われている9対の遺伝子)です。HIVは白血球(宿主細胞)に侵入し、その宿主細胞を自分自身のウィルス工場に変えてHIVを次々と産生することにより生き延びます。

複製の過程をまとめますと、

①HIVは、感染に対して体の防御を調整する宿主細胞(主にT細胞)にある受容体に取り付いて、表面を貫通し、タンパクの膜を脱ぎ捨てて、RNA酵素を放出します→

②ウィルスRNAは逆転写酵素(RT)によってDNAに転写されます→

③ウィルスのDNAは、インテグラーゼと呼ばれる酵素によって宿主細胞の染色体に組み込まれます→

④感染した細胞は、新たなウィルスのRNAを産生します。タンパク質と他のウィルス構成要素が、翻訳と呼ばれる過程を通して、RNAからつくられます→

⑤ウィルスのタンパク質はプロテアーゼによって小さく切断されます→⑥新しくつくられたタンパク質とRNA遺伝子は集まって、新たなHIVを形成します→

⑥新しくつくられたタンパク質とRNA遺伝子は集まって、新たなHIVを形成します→

⑦新しいHIVはその宿主細胞から出芽してその宿主細胞を殺し、移動してはまた別の宿主細胞に感染してその細胞を殺し、感染者の免疫機構の能力を奪います、

です。

それぞれの段階で潜在的な治療法の可能性がありますが、開発されているのは②の過程を阻害する逆転写酵素阻害剤と、⑤の過程を阻害するプロテアーゼ阻害剤です。逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤の両方を併用する多剤療法はより効果的です。研究者はたくさんの薬を開発してきましたが、どの薬もHIVのライフサイクル(生活環)を永くは阻止出来ないでいます。HIVが体内に侵入して2、3週間もしますと、HIVは遺伝的に変異した数十億の子孫を産生します。薬剤は数十億の大部分を退治しますが、僅かのウィルスは生き残り、子孫を産生し続けます。逆転写酵素阻害剤とプロテアーゼ阻害剤の併用による多剤療法によって、HIVに感染してもエイズの発症を遅らせることが可能になり、
エイズは死の病ではなくなりました。すべてが薬との相性がいいわけではなく、耐性の問題も報告されています。しかも先進国でも費用は法外な値段です。開発途上国ではなお更です。

アフリカの惨状

「アフリカ大陸でのHIVの衝撃はあまりにも強烈すぎて、栄養や医学的な治療が改善されたお陰で平均寿命が30年ものびていたのに、その成果が相殺されてしまいました。ボツワナでは、平均寿命が60年代に見られた水準にまで下がっています。ジンバブエでは、1900年以降に生まれた子供の平均寿命が
10年も短くなってしまっています。」などの欧米諸国の報道に誇張があったにせよ、アフリカ大陸でエイズが猛威をふるっていたのは事実です。

「インディペンダント」紙(1997年11月30日)は、ジンバブエでエイズ患者の看護をしているルワファさんについて報告しています。ルワファさんはエイズ患者の家を訪問し、薬を処方したり、患者や家族に安心感を与えたりしています。

ジンバブエの地図

ある日、ルワファさんは2歳の女の子を訪ねました。その子は元気を無くし、笑顔を見せる力も残っていないようでした。ルワファさんは、地面に膝をついて、女の子を胸元に引き寄せ、抱き締めて「この子は微笑み方も忘れてしまったんです。」と言いました。

その少女の例は典型的で、祖父母と暮らし、両親と4歳の兄もエイズで亡くなりました。ルワファさんが訪ねた25歳の別の患者は、2人の子供を残したまま、3日前に亡くなっていました。年老いたおばが困惑して「どうして子供はみんな死んでしまうのだろう、どうして年寄りと幼い子供を遺して若者が死んでいくんだろう?」と言って泣きました。

別の職員はコンドームの箱を持って売春婦の所を訪ねていますが、コンドームを嫌う多くの男性がコンパウンド(たこ部屋)で家族と離れて独り暮らすことを強いられる出稼ぎ労働制度の下では、予防の大切さを教えるのは困難です。売春と、男性が複数の女性と性的関係を持つことが広く受け入れられている文化の中では、既婚女性が特に影響を受け易いのです。国連のある報告で、「大抵の女性にとって、HIVに感染する大きな危険要素の一つは、結婚していることである」と書いています。

田舎の地域では、若い女性の数が激減することによって、未だかつてない規模での経済的、社会的な危機が引き起こされる可能性があります。その女性たちが農業生産や、老人や病人や子供の世話の大部分を担っているからです。

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ジンバブエのムレワ村にて

先進国では抗エイズ治療薬で多くの人が恩恵を受けていますが、アフリカでは高価な新薬の治療の恩恵に与るのは困難な状況です。開発や援助の名の下に、資本投資や不均衡な貿易で先進国が開発途上国を食い物にするという政治的、経済的構造がアフリカを支配する限りは、根本的な問題解決は難しいでしょう。先進国の経済的譲歩が、先ず不可欠です。(宮崎大学医学部教員)