続モンド通信13(2019/12/20)

2020年1月24日2010年~の執筆物アフリカ, アフリカ系アメリカ, リチャード・ライト, 私の絵画館, 続モンド通信

続モンド通信13(2019/12/20)

 

私の絵画館:「マロンくんと傘」(小島けい)

2 小島けいのジンバブエ日記:「6回目8月15日」(小島けい)

2019年の終わりに(小島けい)

4 アングロ・サクソン侵略の系譜10:「大阪工業大学」(玉田吉行)

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1 私の絵画館:「マロンくんと傘」(小島けい)

マロンくん

 たくさんの色とりどりの傘にかこまれて、つぶらな瞳を開いてこちらを見つめているのは、神戸在住の<マロンくん>です。

この子は2019年のカレンダー<2月>でモデルとなった<タルトくん>の2代目です。

タルトくん

 タルトくんはもともと心臓の病気をもっていたのですが、ちょうど絵が完成するのと前後して、亡くなりました。

タルトくんがいなくなった寂しさを、同じ犬種(チワワ)で同じように愛くるしいマロンくんが、きっと支えてくれているのだと思います。

何年か前に、同じような傘の中で<ニモ>というかわいい子猫を描きましたが。その年の個展で、一人暮らしの上品なご婦人がご購入下さいました。そのため、もう一度今度は犬で描きたいなあと思っていたところ、子猫のかわいさにも負けないマロンくんと出会い、この絵が出来ました。

ニモ

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2 小島けいのジンバブエ日記:「6回目8月15日」(小島けい)

6回目 8月15日(晴れ)トラック来宅

(5回目の原稿が見当たりませんので飛ばしています。)

 

500坪ほどの借家

 この家に住み始めてひと月近くになりますが、時折、予期せぬ訪問者がやって来ます。 3日目の朝早く、一人の白人女性に、車の調子が悪いので電話を貸してほしい、と起こされました。車はすでに門の中です。庭番のゲイリーに門を開けさせたわけですから、家主の親戚かもしれません。電話をすませると礼も言わずに、故障のはずの車でさっさと帰って行きました。あの人は何だったのだ?と今だにわかりません。(けれど、後で考えると、家主から頼まれて偵察にきたのだろうと思われます。)

家の玄関口

 8日目にはYAMAHAの赤いバイクに乗ったおじさんが突然やって来て、「今日中にたまっている電気代を払わないと明日から薪の生活になるぞ」と脅して帰っていきました。私たちは慌ててタクシーを呼び、街中の電気会社に行きました。そして、長い行列に並んでようやくわかったことは、家主の老婆がたまっていた電気代を払っていなかったこと。そのため、代金を支払わなければ、電気がほんとうに止められてしまうということ。さらにわかったことは、全額ではなくても一部を支払えば当座電気は止められずにすむというものでした。
日本と全く違う電気料金のシステムに、使ってもいない多額の電気代を全額私たちが払うのか?と、一度はまっ青になった出来事でした。
そして今朝は、門からまっすぐ一番奥の台所まで大型トラックがずんずん入って来ました。その運転手は、契約が切れたから食卓セットを持って帰る、と強気です。ちょうど食卓についていた私たちは”では、どこで食べればいいの?”と食べかけの朝食を見ながら、うろたえました。
どうやら食堂の家具はすべて、家主がみえをはって借りたもののようです。とにかく今は困るので、私たちの帰国後取りに来てもらうように何とか頼み、帰ってもらいました。やれやれ、です。

家の前の通り

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3 2019年の終わりに(小島けい)

現在、ご注文の絵を描くのと並行して、お世話になったり個展に来て下さった皆様に、お礼のお手紙を書いているまっ最中です。いつものようにアトリエも混乱を極めたまま、今年が終わりそうです。<一度落ち着いて振り返り・・・・>などできないままですが、カレンダー『私の散歩道2020』~犬・猫・ときどき馬~を作ることができ、カフェ&ギャラリー「Roomer」で個展もできましたので、<まあ、いいか・・・>という感じでしょうか。

2020年カレンダー

 今年の個展で、新しいご注文をたいただいたのはもちろん嬉しいことですが。同じ方たちから2枚目や3枚目のご注文をいただけたのは、何よりの喜びでした。ありがたいなあ・・・と思いふと思い返してみると、犬・猫・馬など数えきれないほどの絵を描かせていただいている(乗馬で通っている)牧場のオーナーは別格としても。今年はこの犬、次はもう一匹の犬、翌年は猫たちで・・・・と続き、さらにはお友だちへの贈り物としてその方の馬と犬を、と今まで6枚のご注文を下さっている方もおられます。
そこまでの枚数ではなくても、ご注文や絵の購入を2枚3枚となにげなく続けて下さる方はたくさんおられ、今の私があるのは、そのような皆様のおかげなのだと、改めて実感致しました。皆々様に、心より御礼申しあげます。す。

皆様、今年もほんとうにありがとうございました。

カレンちゃんとイルミネーション

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4 アングロ・サクソン侵略の系譜10:「大阪工業大学」(玉田吉行)

大阪工業大学(ホームページより)

大阪工業大学は私の「大学」の第一歩でした。

1983年3月に修士課程を修了したものの、博士課程はどこも門前払い(→「アングロ・サクソン侵略の系譜7:修士、博士課程」「続モンド通信9」2019年8月20日)、途方に暮れていましたが、4月から大阪工業大学夜間課程の英語3コマを担当出来ることになりました。業績も2本だけでしたが、結果的にこの3コマが、それからの「大学」の教歴の第一歩となりました。

一度非常勤を始めると他からも声をかけてもらえるようで、当時は1コマが100分、一番多いときは週に16コマを担当、一日の最多授業数は5コマ。専任の話も3箇所決まりかけましたが、5年間は浪人暮らし。最後の2年間は嘱託講師、この時の2年分の私学共済の年金が出ていますので、文部省向け任期付きの専任扱いだったようです。

大阪工業大学ではLL(Language Lavoratory)教室を使わせてもらいました。LL装置と補助員3名の予算も付き、昼夜間とも、一般教育の英語の授業で使われていました。関連の雑誌や新聞などを使い、映像や音声や中心の授業が出来たのは幸いでした。補助員のESS(English Studying Society)の学生3人には、ビデオの録画やコピーなど、色々助けてもらいました。

終戦直後に生まれ、小学生の頃からテレビや電化製品の普及に伴う急激な生活様式のアメリカ化を経験しましたが、どうも心がついて行きませんでした。元々アメリカとその人たちの母国語としての英語への反発もありましたし、中学校や高校での入学試験のための英語にも馴染めませんでしたので、大学では英語そのものより、一つの伝達の手段としての英語を使って何かが出来ればと考えました。結果的に、後の原点になりました。

リチャード・ライトの作品を理解したいとアフリカ系アメリカ人の歴史を辿る過程で読んだLangston Hughesの”The Glory of Negro History” (1958)がテキスト(青山書店)、Alex HaleyのRoots (1977)とバズル・デヴィドスンのAfrican Series(NHK, 1983、45分×8)が映像の軸でした。まだアフリカのことをやり始めたばかりでしたので、The Autobiography of Miss Jane Pittman、The Crisis at Central High(「アーカンソー物語」)、We Are the Worldなどの貴重な映像も手に入れました。

ラングストン・ヒューズ

ルーツの主人公クンタ・キンテ

バズル・デヴィドスン

一般教養の英語だったのは幸いです。受験のための英語から言葉としての英語への切り替え。偏差値で煽られ答えの解った謎解きを強いられる中で意図的に避けられている問題を取り上げて、自分と向き合い、自分や社会について考える、それまで気づかずに持っていた価値観や歴史観、自己意識を問いかけるという後の授業形態がこの頃に出来上がったように思います。(宮崎大学教員)

 

大阪工業大学の紀要には以下の4つを載せてもらいました。↓

“Some Onomatopoeic Expressions in ‘The Man Who Lived Underground’ by Richard Wright” Memoirs of the Osaka Institute of Technology, 1984, Series B, Vol. 29, No. 1: 1-14.

“Symbolical and Metaphorical Expressions in the Opening Scene in Native Son" Chuken Shoho, 1986, Vol. 19, No. 3: 293-306.

“Richard Wright and Black Power” Memoirs of the Osaka Institute of Technology, 1986, Series B, Vol. 31, No. 1: 37-48.

「Alex La Gumaの技法 And a Threefold Cordの語りと雨の効用」 「中研所報」(1988年)20巻3号359-375頁。