英語 Rb1(3)

もう11回目、トーイック対策の2回目やったけど、そんなにやれんかったねえ。ま、しかし、最後は自分がやるかやらへんかやから、な。サンプル問題の Par1~Part7と解説、Part1, 2, 5, 6、全体の半分は印刷した分を渡したんで、あした一日、やれるとこまで繰り返してやりや。

名前を読んでからコメント(赤嶺くん、有馬さん、安藤くん、市谷さん、岩井くん、太田くん、甲斐くん)、そのあとサンプル問題、最後まではいけなかったけど。

<次回>からコンゴとエボラ出血熱の話。

南アフリカの週間新聞のエボラ出血熱の特集記事

先ずは2006年くらいのアメリカのテレビドラマERの映像を45分ほど。アメリカの医師カーターがコンゴの北東部のキサンガニの診療所にボランティアに行ったという想定。そこは紛争地帯。アフリカについての知識はそうないと言う点では、日本の大学生とよう似てると思う。まずは、見てくれ、というところです。

その背景を知るために、新聞記事やニュース、ドキュメンタリーなどを使っていろいろやってみたいと思っています。独立・コンゴ危機→植民地時代→植民地争奪戦・アフリカ分割と辿り、可能ならヨーロッパ人が来る前のアフリカの話も出来たら。

1995年の第二回のエボラ出血熱騒動時のCNNニュースの音声ファイルを参考ファイルに置いておくんで、聞き取りのシートを使ってやってみてや。次回は聞き取りをやってくれる人と、その時の新聞記事を読んでくれる人を聞くんで、積極的にやってくれると嬉しいです。

コンゴの初代首相パトリス・ルムンバ

後期は、奴隷貿易→アメリカの奴隷制→南北戦争→反動期→公民権運動と大まかに見てみたいと思います。言葉を奪われた人たちが自分たちのリズムやビートを伝え続けたアフリカ系アフリカ人の歌、ゴスペルなどの教会音楽→ブルース→ソウル、ジャズ→アメリカンポップス→ラップなどもいろいろ聴いてもらえたらと思っています。

ゴスペルの女王マへリア・ジャクソン

ジャズシンガービリー・ホリデイ

トランペッタールイ・アームストロング

あしたあさっては三週続きで東京、今回は吉祥寺に一泊です。

また、来週に。

 

英語 Ma1(2)

11回目でした。

<今回は>

名前を読び、コメント(桑畑くん、小島さん、小玉悠渡くん、小玉侑季くん、近藤さん、斎藤さん、坂元さん)、アパルトヘイトはなぜ廃止されたのかについて話し合い、CNNニュースのListening Comprehension Practice(英語でのQ&A)、新聞記事(佐原くん)。

アパルトヘイトがあった頃に東京に置かれていた「南アフリカ観光局」の日本人集客のための冊子に掲載されていたケープタウンのテーブルマウンティンの写真)

北島くん、司会をありがと。

アパルトヘイトはなぜ廃止されたのかについて、これだという正解はたぶんなく、証明できない推論であることを承知の上で、まとめておきます。

南アフリカ国内と国内に分けると、

南アフリカ国内の問題としては、

* アフリカ人の抵抗運動の効果があった。
* 制度自体経済効率が悪いので(施設を二つ作る必要がある、少数派には出来る人が少ないから無能な白人にも高い給料を払わないといけない一方、多数派の優秀なアフリカ人を法律的に使えない)経済優位のイギリス系の白人の不満が募っていた。

国外の問題としては、

* 他国の経済制裁の効果もあった。
* (最大の要因は)戦争が起きて白人アフリカ人の全面対決の局面に至れば、西側と東側から武器が流れ代理戦争、それも核戦争直前のようなミサイル戦争になる可能性が高く、国土は廃墟になりかねず、その場合、資源と労働力も失われる。
* 核を支えるウランの埋蔵量はソ連と南部アフリカ(南アフリカが委任統治して今も実質的に実権を握っている隣国ナミビアとでバランスを取っている)が、戦争になって社会主義体制の国になればそのバランスが大幅に崩れる。あり得ない話ではなく、隣国のジンバブエ、モザンビーク、アンゴラは前面衝突のあと社会主義体制を敷いている。

他にも理由が考えられると思うけど、結局現状維持の、白人政府と先進国側の利益を損なわない形の妥協策が取られ、アフリカ人側からすれば、最後の変革の好機(アフリカ人の労働賃金を上げる)が永久に失われたわけで、その意味では、他のアフリカ諸国と同じく、植民地支配体制から、先進国と一部のエリートアフリカ人との連合による新植民地体制に移行したに過ぎないと言えそうです。
その妥協策を飲み込んで、圧倒的な民衆の支持を受けられ、しかも改憲に必要な4分の3の得票までは行かない人物、ネルソン・マンデラ以外には見当たらんよね。ソブクエやビコなら、その妥協案を飲まななかったやろし。飲む人物なら、体制に抹殺されることもなかったやろし。これは人の生き方の問題やと思うけど、殺されても理想を貫く、生きて妥協案を飲む、南アフリカはマンデラがその役割を演じたと言うわけです。金持ち層には、それが最も利益を損なわない方法、アフリカ人の大統領、おおいに歓迎、だったと思います。

いつも思うけど、ソブクエとマンデラは、歩み寄れなかったのかなあ。

ソブクエと家族の写真(ベンジャミン・ポグルンド著のソブクエの伝記から)

<次回は>

聞き取り(川島さん)、ERの発表(斎藤さん)、ER(カーター医師がコンゴに行ったときの話)を可能な限り。

CNNのmp3(参考ファイル)と聞き取りの用紙でやってみるといいと思います。ニュースは基本的に原稿を読むんで、比較的易しい部類、いい機会やと思うで。

来週に、また。

 

英語 Ma1(1)

11回目でした。

<今回は>

名前を読び、コメント(大脇くん、小川くん、尾関さん、越智くん、ここから2巡目、松村くん、明石くん、秋本さん)、ニュースステーションのインタビュー映像(ヨハネスブルグの日本人学校とケープタウンの船員)のあと、アパルトヘイトはなぜ廃止されたのかについて話し合ってもらいました。

アパルトヘイトがあった頃に東京に置かれていた「南アフリカ観光局」の日本人集客のための冊子に掲載されていたケープタウンのテーブルマウンティンの写真)

尾関さん、司会をありがと。

アパルトヘイトはなぜ廃止されたのかについて、これだという正解はたぶんなく、証明できない推論であることを承知の上で、まとめておきます。

南アフリカ国内と国内に分けると、

南アフリカ国内の問題としては、

* アフリカ人の抵抗運動の効果があった。
* 制度自体経済効率が悪いので(施設を二つ作る必要がある、少数派には出来る人が少ないから無能な白人にも高い給料を払わないといけない一方、多数派の優秀なアフリカ人を法律的に使えない)経済優位のイギリス系の白人の不満が募っていた。

国外の問題としては、

* 他国の経済制裁の効果もあった。
* (最大の要因は)戦争が起きて白人アフリカ人の全面対決の局面に至れば、西側と東側から武器が流れ代理戦争、それも核戦争直前のようなミサイル戦争になる可能性が高く、国土は廃墟になりかねず、その場合、資源と労働力も失われる。
* 核を支えるウランの埋蔵量はソ連と南部アフリカ(南アフリカが委任統治して今も実質的に実権を握っている隣国ナミビアとでバランスを取っている)が、戦争になって社会主義体制の国になればそのバランスが大幅に崩れる。あり得ない話ではなく、隣国のジンバブエ、モザンビーク、アンゴラは前面衝突のあと社会主義体制を敷いている。

他にも理由が考えられると思うけど、結局現状維持の、白人政府と先進国側の利益を損なわない形の妥協策が取られ、アフリカ人側からすれば、最後の変革の好機(アフリカ人の労働賃金を上げる)が永久に失われたわけで、その意味では、他のアフリカ諸国と同じく、植民地支配体制から、先進国と一部のエリートアフリカ人との連合による新植民地体制に移行したに過ぎないと言えそうです。
その妥協策を飲み込んで、圧倒的な民衆の支持を受けられ、しかも改憲に必要な4分の3の得票までは行かない人物、ネルソン・マンデラ以外には見当たらんよね。ソブクエやビコなら、その妥協案を飲まななかったやろし。飲む人物なら、体制に抹殺されることもなかったやろし。これは人の生き方の問題やと思うけど、殺されても理想を貫く、生きて妥協案を飲む、南アフリカはマンデラがその役割を演じたと言うわけです。金持ち層には、それが最も利益を損なわない方法、アフリカ人の大統領、おおいに歓迎、だったと思います。

いつも思うけど、ソブクエとマンデラは、歩み寄れなかったのかなあ。

ソブクエと家族の写真(ベンジャミン・ポグルンド著のソブクエの伝記から)

<次回は>

CNNニュースのListening Comprehension Practice(英語でのQ&A)、聞き取り(大崎さん)、新聞記事(大出くん)、ER(カーター医師がコンゴに行ったときの話)を可能な限り。

CNNのmp3(参考ファイル)と聞き取りの用紙でやってみるといいと思います。ニュースは基本的に原稿を読むんで、比較的易しい部類、いい機会やと思うで。

来週に、また。

 

英語 Ta1(9)

9回目の授業でした。

<今回>は

名前を読んでコメント(山村くん、三上くん、中崎くん、谷合くん、繁永くん、澤頭くん)を言ってもらったあと、リザーブ(バンツースタン、ホームランド)→(安価な労働力の例として)ダーバン郊外の砂糖黍畑で働く12歳のアフリカ人少年(農場で)→ヨハネスブルグの金鉱山(1972年頃と1987年ころ)→労働組合委員長のインタビュー→たこ部屋(Compounds, Hostels)から鉱山近くの粗末な売店に行く茂みで待ち受ける売春婦の映像を観てもらい、「グレースランド」のスティメラを観て、聴いてもらいました。少し残った時間で、1992年にハラレに行った時の話を始め、1949年に生まれた時の近くの状況や行った高校の話までしました。

その前に少し、今回配ったコンゴとエボラ出血熱をめぐる資料の説明をして、2回目のエボラ出血熱騒動の1995年のCNNのニュースをみてもらいました。

CNNの音声ファイルを参考ファイルに置いておきますので、シートを使ってやってみたや。木村さんが聞き取りをやってくれます。

新聞記事も誰かやってや。

<次回>は

 

次回は1992年に行ったジンバブエのハラレの話の続きをしたあと、南アフリカと日本人との関係を少々話しあと、CNNのListening Comprehension Practice(聞き取り理解の練習)をしてから、聞き取り(木村さん)をやりましょう。

また、来週に。

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たこ部屋、朝鮮人の強制連行の話もしたテレビ映画「エトロフ遥かなり」の紹介を→(いつでもコピーするよ。)

「エトロフ遙かなり」

開戦前夜。真珠湾攻撃の機密情報をめぐって、米海軍諜報部の一員として日本に送り込まれた日系アメリカ人が展開するサスペンス歴史アクション。終戦の日にちなんだ特集番組として放送されたドラマ。戦争にほんろうされる主人公の男女と、二人の周囲の人々が織りなす愛情と悲劇を描いた。昭和16年日米開戦前夜。果たして真珠湾攻撃は実行されるのか。日本海軍の動向を探るため、日系二世で米国のスパイ・賢一郎は、単身エトロフ島に潜入する。島で暮らす娘・ゆきは、賢一郎の正体を知らないまま、恋に落ちる。しかし、賢一郎には、日本の憲兵の追手が迫っていた・・・。