『ナイスピープル』理解18:『ニューアフリカン』:エイズの起源1 アフリカ人にとっての起源の問題

2020年3月2日2010年~の執筆物アフリカ,医療

概要

エイズ患者が出始めた頃のケニアの小説『ナイスピープル』の日本語訳(南部みゆきさんと日本語訳をつけました。)を横浜門土社のメールマガジン「モンド通信(MonMonde)」に連載したとき、並行して、小説の背景や翻訳のこぼれ話などを同時に連載しました。その連載の18回目で、アフリカ人にとってのエイズの起源についてです。

アフリカの小説やアフリカの事情についての理解が深まる手がかりになれば嬉しい限りです。連載は、No. 9(2009年4月10日)からNo. 47(2012年7月10日)までです。(途中何回か、書けない月もありました。)

『ナイスピープル』(Nice People

本文

今回から4回に渡って、エイズの起源について書きたいと思います。正確にはヒト免疫不全ウィルス(HIV)の起源、エイズを引き起こすウィルスはどこから来たかと言う問題です。検査、統計、薬の毒性(副作用)、メディア、貧困などとともに、雑誌「ニューアフリカン」が取り上げて来た大きなテーマです。

雑誌「ニューアフリカン」

「先進国」の人たちはウィルスの起源はアフリカであるとさかんに話題にしますが、アフリカ人の見方は違います。最初にエイズ患者が出たのはアメリカなのに、アフリカが起源だというのはおかしい、まるで流行の責任がアフリカにあるかのように西洋社会がアフリカ人に責任を押し付けている、と考えます。

『その人たちはどう見ているのか?―アフリカのエイズ問題がどう伝えられ、どう捉えられて来たか―』(2005年)の著者で米国人医師レイモンド・ダウニングは、東アフリカの病院で働いていた1990年代の半ば頃に、同僚のアフリカ人からエイズの起源についての意見をよく聞かれたと述懐して次のように書いています。

「エイズの起源については私には議論の余地がある問題でしたが、エイズが現に存在し、私たち医者の仕事はエイズを防ぐために出来ることをし、そのために最善を尽すだけだと思っていました。しかし、いっしょに働いているアフリカ人たちには、それだけでは不十分で、誰もがおそらく『ニューアフリカン』を読んだこともない田舎の人たちでしたが、私が本当にアフリカがエイズの起源だと考えているかどうかを知りたがりました。私には実際わかりませんでしたし、本当に気にもしていませんでしたが、エイズについてのアフリカ人の本当の声が聞ける重要な手掛かりの一つを教えてもらっているとはその時は気づいていませんでした。」

ダウニング著『その人たちはどう見ているのか?』

現在、北海道足寄の我妻病院に勤務している服部晃好医師も、1990年代半ばに海外青年協力隊員としてタンザニアキゴマの中学校で理科の教師をしていた時に、同僚から同じ話を聞いています。

早くから「ニューアフリカン」は「アフリカ人の性のあり方」、「アフリカの猿の仲間がウィルスの起源」、「米国産の人工生物兵器としてのウィルス」という3点から見て、エイズの起源の問題が重要だと考えて関連する記事を数多く掲載し、欧米や日本などの「先進国」で広く信じられている通説への反論を展開し、大きな問題提起を繰り返して来ました。欧米では主に男性同性愛者と麻薬常用者が感染していたのに対して、アフリカでは異性間の性交渉で感染が広がっていた点と、アフリカでは欧米よりもかなりの速さで感染が拡大していた点で、エイズの流行の仕方が大きく違っていることが90年代の半ば頃までに明らかになっていました。その違いを説明しようとしたのは主に「アフリカ人が性にふしだらであると思い込んでいる人たち」で、アフリカの歴史を研究する米国人チャールズ・ゲシェクター(Charles Geshekter)はその思い込みと対峙して、「ニューアフリカン」の1994年10月号に「エイズと、性的にアフリカ人がふしだらだという神話」(”Aids and the myth of African sexual promiscuity”)を出しました。その中でゲシェクターは「アフリカ人が特に性にふしだらだとする充分な証拠はない。そうであれば結果的に考えられるのは、

(1)エイズは世界で報じられているほどアフリカでは流行していないか、
(2)エイズ流行の原因が他にあるかだ」

と指摘しています。

チャールズ・ゲシェクター

ゲシェクターは主流派が「HIV/エイズ否認主義者」と呼ぶ人たちの一人で、1994年にエイズ会議を主催して主流派を学問的にやりこめました。(ゲシェクターは後にムベキのエイズ諮問員会にも招聘され、「ニューアフリカン」にも記事が掲載されています。)しかし、政府も製薬会社も体制派もマスコミ(恐らく資金源は体制派)もこぞってその会議を黙殺しました。(日本政府の推進する原子力エネルギーの危険性を指摘した人たちが冷遇され、「安全神話」で政策を擁護する「原子力村」が優遇された構図とよく似ています。)

ゲシェクターが「(1)エイズは世界で報じられているほどアフリカでは流行していない」と考えたのは、公表されている患者数の元データが極めて不確かだったからです。エイズ検査が実施される以前は、医者が患者の咳や下痢や体重減などの症状を見て診断を出していましたが、咳や下痢や体重減などは肺炎などよくある他の疾病にも見られる一般症状で、かなりの数の違う病気の患者が公表された患者数に紛れ込んでいる確率が高かったわけです。検査が導入された後も、マラリアや妊娠などの影響で擬陽性の結果がかなり多く見受けられ、検査そのものの信ぴょう性が非常に低いものでした。
(1994年の『感染症ジャーナル』の症例研究では、『結核やマラリアやハンセン病などの病原菌が広く行き渡っている中央アフリカではHIV検査は有効ではなく70パーセントの擬陽性が報告されている』という結論が出されています。)つまり、公表されている患者数の元データそのものが極めて怪しいので、実際には世界で報じられているほどエイズは流行していない可能性が高いとゲシェクターは判断したのです。2000年前後に「30%以上の感染率で、近い将来国そのものが崩壊するかも知れない」という類の記事が新聞や雑誌にたくさん掲載されましたが、潜伏期間の長さを考慮に入れても、十年以上経った今、エイズで崩壊した国も、崩壊しようとしている国もありませんから、報道そのものの元データが不正確だったと言わざるを得ないでしょう。(検査と統計については4回シリーズのあとで詳しく書く予定です。)

「(2)エイズ流行の原因が他にある」とゲシェクターが考えたのは、アフリカ人がエイズの危機に瀕しているのは異性間の性交渉や過度の性行動のせいではなく、アフリカ諸国に低開発を強いている政治がらみの経済のせいで、多くのアフリカ人が都市部の過密化、短期契約労働制、生活環境や自然環境の悪化、過激な民族紛争などで苦しみ、水や電力の供給に支障が出ればコレラの大発生などの危険性が高まる多くのアフリカ諸国の現状を考えれば、貧困がエイズ関連の病気を誘発している最大の原因であると言わざるを得ないからです。それは後にムベキが主張し続けた内容と同じす。
(ムベキの主張した内容については、<11>→「『ナイスピープル』を理解するために―(11)エイズと南アフリカ―2000年のダーバン会議」「モンド通信 No. 19」、2010年2月10日)、「タボ・ムベキの伝えたもの:エイズ問題の包括的な捉え方」(「ESPの研究と実践」第9号30-39ペイジ、2010年)で詳しく書きました。)

タボ・ムベキ

次回は「エイズの起源(2):アフリカ人の性のあり方」について書きたいと思います。(宮崎大学医学部教員)

執筆年

  2011年10月10日

収録・公開

  →「『ナイスピープル』理解18:『ニューアフリカン』:エイズの起源1 アフリカ人にとっての起源の問題」(「モンド通信 No. 38」)

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