アフリカの小説やアフリカの事情についての理解が深まる手がかりになれば嬉しい限りです。連載は、No. 9(2009年4月10日)からNo. 47(2012年7月10日)までです。(途中何回か、書けない月もありました。)
『ナイスピープル』(Nice People)
本文
「ニューアフリカン」:エイズの起源(3)アフリカの霊長類がウィルスの起源
雑誌「ニューアフリカン」
今回は「アフリカの猿の仲間、霊長類がウィルスの起源である」という「先進国」での通説に対する「ニューアフリカン」で展開された反論について書きたいと思います。エイズのアフリカ起源説についての4回シリーズの3回目です。
早くから「ニューアフリカン」は「アフリカ人の性のあり方」、「アフリカの猿の仲間がウィルスの起源」、「米国産の人工生物兵器としてのウィルス」の3点を軸に、「先進国」の通説に対して反論を展開して来ました。
アフリカ起源説もミドリザル説も政府や製薬会社やマスコミとの関わりが強く、論証に使ったウィルスも信憑性が薄く、説を唱える人たちが学問的に重大な間違いをおかしてきている、などが反論の中心です。
1984年、世界的にもエイズ研究者として知られ、国立癌研究所でエイズウィルスを発見したと主張していたロバート・ギャロは、エイズのアフリカ起源説を言い出しました。(ギャロは著書の中で、ジャーナリストのアン・フェットナーから、中央アフリカでの経験と観察に基づき、エイズの起源がヴィクトリア湖の近くで、ウィルスがアフリカの猿から来ていると話しているのを聞いたと書いています。)国立癌研究所は、生物兵器開発研究の批判をかわすために1971年に大統領ロバート・ニクソンが米国陸軍生物兵器研究班の主要な部分を移した施設です。ギャロの意見は一般に学会やメディアでは歓迎されました。当時、ギャロはパリのパスツール研究所からウィルスを盗んだと告訴されて係争中でしたが、評価は下がるどころか、1983年にウィルスの共同発見者の権利と血液検査機器の使用料を分け合うことで合意し、1994年までに使用料だけでも35万ドルの利益を得たと言われています。
パスツール研究所
ギャロのアフリカ起源説を押し進めたのがハーバード大学のエイズ研究者・獣医師マックス・エセックスで、1988年にアフリカのミドリザルで二つ目のエイズウィルスを発見したと発表して評判になりました。そのウィルスは後に、マサチューセッツ州のニューイングランド霊長類研究所でエイズに似たウィルスから感染した「汚染」ウィルスだったことが判明しました。(エセックスが最初のエイズに似たウィルスを発見したのは中央アフリカのミドリザルからではなく、東南アジア、日本、北アフリカに分布するオナガザル科のマカクという猿からだとも報告されました。)後に、HIVと猿のウィルスが余りにも違うためにミドリザル起源説自体が否定され、本人も間違いを認めざるを得ませんでした。(ギャロも1975年に新しい人間のエイズウィルスを発見したと発表しましたが、後に自分の研究所の猿のウィルスだったことがわかりました。)元々推論の域を出ないウィルスの起源に意味があるとも思えませんが、1988年には、パスツール研究所の所長リュック・モンタニエも、当時世界保健機構のエイズ特別プログラムの委員長だったジョナサン・マンも、色々な説による情報が出れば出るほど、ウィルスの起源については謎が深まるばかりであると認めざるを得ませんでした。
ジョナサン・マン
1999年2月、今度はチンパンジー説です。米国バーミンガム市のアラバマ州立大学のウィルス学者ビートリス・ハーンが率いるチームがシカゴのレトロウィルスと日和見感染の年次学会で発表したものです。後にマリリンと名付けられるチンパンジーは、1995年にアフリカで(国名は不明)捕まえられ、生涯の大半を米国陸軍の研究施設で過ごし、死後、遺体はメリーランド州のフォート・デトリックにある国立癌研究所(先述の1971年に米国陸軍生物兵器研究班の主要な部分が移された施設です。)に送られました。「ニューアフリカン」の編集長アンコマーは「エイズは本当にアフリカが起源だったのか?」(1999年4月号)でチンパンジー説の一貫性のなさを指摘し、次のように締めくくっています。
バッフォ・アンコマー
「つまり、アフリカがエイズの起源だとしてアフリカにエイズの責任を転嫁するための、また別の『政治的な』証拠に2月の発表が使われていると考えて、私たちは気持ち安らかに眠りにつけるというわけです。」
研究者の意図が「純粋に」科学的であっても、深く文化や政治の影響を受けていても、科学者の意図とは関わりなく、多くのアフリカ人は研究の結果でエイズの責任をおしつけられていると感じるわけですから、欧米や日本の人にはアフリカのエイズの起源の問題は、アフリカとアフリカのエイズ問題を理解する上での小さくはない手掛かりだと思います。
次回は4回シリーズの最終回で、「米国産の人工生物兵器としてのウィルス」について書きたいと思います。(宮崎大学医学部教員)
執筆年
2011年12月10日
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