1976~89年の執筆物

概要

1954年に出版されたライトの紀行文『ブラック・パワー』の作品論です。

 

写真「黒人研究」(1985)

ライトは1953年にイギリス領ゴールド・コーストを訪れ、「反動的な知識人と首長、イギリス政府、『今すぐ自治を』のスローガンをかかげた目ざめた大衆の三つどもえ」の闘いを分析して独立への胎動を『ブラック・パワー』にまとめて西洋世界に紹介しましたが、それはアメリカやヨーロッパに絶望するライトがアフリカに自らの希望を託した「ライト自身についての書」でもありました。

修士論文でリチャード・ライトと取り上げたこともあって、1981年の夏くらいに黒人研究の会に加わり、次の年くらいには例会の案内や会誌、会報の編集のお手伝いをするようになり、月例会では、年に一、二度は口頭発表もするようになっていました。

高校を辞めたものの、非常勤をやりながら定職の決まらない時期でしたが、この年の11月には、ライトの国際シンポジウムに参加する機会がありました。そのシンポジウムの発表者であったケント州立大学の伯谷嘉信さんから、87年のMLA (Modern Language Association of America)での発表のお誘いを受けました。

 

写真伯谷さん

結果的には、この作品が、アフリカのことを考えるきっかけになりました。

本文

リチャード・ライトと『ブラック・パワー』

Ⅰ.「アフリカ」へ

1953年6月4日の朝、ライトはアフリカに向けてリバプールを発った。目的地は1957年3月6日に独立を果したイギリス連邦ガーナ、当時のイギリス領ゴールド・コーストである。長年のアフリカへの夢が実現したのは、主に、1946年以来親交のあったトリニダード出身のパン・アフリカニスト、ジョージ・パドモア (George Padmore, 1902-1959) の誘いと尽力によるが、結果的にはこれがライトにとっての最初で最後のアフリカ紀行となった。約3ヶ月間にわたるこの紀行は翌1954年9月22日にハーパー社から『ブラック・パワー』(Black Power) として出版された。

 

写真Black Power

ヨーロッパでは、植民地大国イギリス、フランスでー部出版拒否にあっているが、各国で翻訳され全般的には受けいれられた。殊にドイツでは熱烈な歓迎を受けている。

アメリカでは「レポートとしてはー級品」という評も含め、おおむね評判は悪くなかったが、かなり辛辣な批判も多くライト自身少なからず傷ついている。

それらの反応は植民地に対する各国の政策や直接の利害関係と無縁ではない。宗主国イギリスで、当初激しい出版拒否にあったのも、植民地への依存度の高い国の事情と深い係りがある。

出版代理人や出版社の入れ込み様とは裏腹に売れ行きは芳しくなく、その意味では出版が成功したとは言えないが、随所で示された鋭い洞察や新植民地主義への警告をも含むエンクルマへの熱い手紙に凝縮された『ブラック・パワー』の提起する問題は決して小さくはない。

日本では殆んど評価を受けていない本書であるが、今もなお信憑性を持ち、現代われわれにさえ充分通じる警告と示唆に富む本書を紹介する中で、ライトと「ブラック・パワー」の評価をはかっていきたいと思う。

Ⅱ.『ブラック・パワー』

  自ら植民地問題調査委員会のメンバーであったアンドレ・ジイド(Andre Gide, 1869-1951) は、かつて旧フランス領コンゴを訪れたあと「コンゴ紀行」(Voyage au Congo, 1927) を書いた。当初の旅行の主要な動機は自然科学的好奇心であったが、植民地政策の犠牲となっているアフリカ人の惨状と官吏、商人、宣教師たちの横暴と腐敗ぶりを目のあたりにして「私は語らねばならぬ」と考え、同書を世に問うている。3

しかし、ライトの場合は出版の意図や動機が違う。ブラック・アフリカ最初のアフリカ人主権国として独立への胎動を始めたイギリス領ゴールド・コーストの地に自らが立ち、自らの目で確めた「人々の日常」を西洋世界に紹介するのだという意図を最初から持っていた。

タコラディ港でアフリカ人労働者達がクレーンなどを操縦している姿を見て歓喜し、南アフリカのマラン博士がアフリカ人には機械類など操れないと言ったことを思い出し、ひとり苦笑している。知らず知らずの間に、西洋文明によってつくり上げられたアフリカへの<負>のイメージに気づき、それらをかなぐり捨て、ありのままの真実を見、理解しようとする姿勢がライトにはあった。同じ黒い皮膚の色が何の助けにもならず、自分がアフリカ人から西洋人と見做されていると気付いた時には戸惑いの色を隠せなかったが、それでも膚の色の幻想を直ちに捨て、むしろ意欲的に危険を覚悟の行動を取ることが出来たのは、そうした姿勢をライトが持ち合わせていたからに他ならない。そこにはこの旅行に賭けるライトの並々ならぬ決意とペンで闘う作家の厳しさが窺える。

印象記の羅列にしか過ぎず、提示された問題に対しての論理的な追求への努力のあとが見られないと評する人もいるが、4 仔細に本文を読めば、決してそうでないことがわかる。アフリカに渡る前に、パドモアから予め読むべき本のリストをもらい、それに従って準備をしたが、本文中のエンクルマとの会話の中で洩らしたように、会うべき人々についてのリストも手に入れていた。つまり、ライトは決して行きあたりばったりではなく、最初から見るべきもの、会うべき人々にねらいを定めて行動したのである。更に、表面的には主観的な感想記の様式を取ってはいるが、注意して見れば、明らかに焦点が絞られていることに気づく。その手掛りを独立後出版されたエンクルマの自伝の一節が与えてくれる。1947年に故国に戻り、統一ゴールドコースト会議の書記として精力的に活動をしていたエンクルマが、その微温性にあきたらず、大衆に促されてその職を辞して会議人民党 (Convention People’s Party) を指導して行くことを決意した直後の次の件である。

私を支持してくれる人びとのまえに立ちながら、ガーナのために、もし必要なら、私の生きた血をささげようと私は誓った。

これが黄金海岸の民族運動の進路を定める分岐点となったのだ。イギリス帝国主義のしいた間接統治の制度から、民衆の新たな政治覚醒へと – 。このときから闘いは、反動的な知識人と首長、イギリス政府、「今すぐ自治を」のスロ一ガンをかかげた目ざめた大衆の三つどもえでおこなわれることになったのだった。5

 

写真エンクルマ

ライトの訪れた1953年は、まさにその「三つどもえ」の闘いの真最中で「人々の日常」と来るべき独立国「ガーナ」の真の姿を描こうとするライトには、その「三つどもえ」を如何に正しく把えるかが最大の課題であった。従って、ライトは印象記を単に羅列したのではなく「三つどもえ」に焦点を置き、様々な例証を挙げ、分析を加えながら最後のエンクルマへの手紙にまとめあげた – 言い換えれば、エンクルマへの手紙に集約する意図をもって、見聞した具体的な実例をあげ、それらに分析を加えていったということになる。以下、その「三つどもえ」を手掛りに、ライトが如何に現状を把え、エンクルマへの手紙にまとめていったかを考えてみたいと思う。

<イギリス政府>

ライトはエンクルマへの手紙の冒頭で、西洋ではアフリカを従属の状態に留めておきたい為に、アフリカには文化も歴史もないかの如き<負>のイメージをさかんに与えているが、何よりも先ず、アフリカ人自身が自信を持たない限り20世紀への前進はないと心理面を強調する忠告を与えた。そして結びの部分で、アフリカのためにことを成し遂げられるのはアフリカ人自身以外にはないことを繰り返し述べている。それは、国際人として、同胞の真の解放を願う誠実なライトの「精神のアフリカ化」のすすめに他ならないが、その点をまず強調したのは、滞在中に首相からマーケット・マミーに至るあらゆるアフリカ人が話の肝心な所へ来ると必ず示すあの微妙な<不信感>をライトが敏感に肌で感じ取ったからである。何よりも感性を大切にする文学者ならではの分析が見られる。政治上の最初の敵は宣教師だったと、感情を抑えながら言ったエンクルマの発言を思い出したあとの次の分析である。

金 (ゴ一ルド) は他のものでも替えがきく。木は再び育ちもしよう。しかし、どのようなカをもってしても、精神的な習性を再構築し、かつては人々の生活に意義を与えていた視点を取り戻すことは不可能である。何ものも、あの自らの誇りを、物事を決断するあの能力を (中略) 人々に取り戻すことは出来ない。今日、それがわれわれにどれ程残酷に、又野蛮に映ろうとも、以前の文化の形骸が、はにかんだり、ためらったり、狼狽したりする人々の動作の中に見え隠れする。相手の様子を窺ってやろうとする心理的な目を持つ人間に対して、その蝕まれた性格がぬーっと顔をあらわすのである。6

 

写真『アフリカは統一する』

植民地政策のもたらした最大の罪の一つは、宣教師が一方的に、アフリカ人の日常に踏み込み,代替物を与えることなく人々の精神構造を破壊したことだと言いたかったのであろう。最初に心理面を強調はしたが、それらは自らの目で実際に確めた<アフリカ>の厳しい現実から感得したものである・・・・・・歩道もなく、側溝にたれ流された小便の臭いの芬々とする街路、所かまわずつばを吐く老人、商売用の重い荷物を頭にのせて運ぶ年端も行かぬ少年、水汲み場で子供を洗う母親、水浴みをする少女、物乞いをする正視に絶えぬ乞食達、文字が読めない為に配達されない郵便物、たちまちにびっしりとつく赤さび、悪臭を放つ沼、ツェツェ蝿、まだ存在するという生贄、病院へ行きたがらずに村の祈祷師をせがむ出稼ぎ労働者、まともな教育を受けられない人々、頭のただれた村の子供たち、道路のひどさ、炎天下、安賃金でロボットのように働かされる沖仲士達・・・・・・。それらの<現実>は、当時の実状を回想して綴られたエンクルマの著者の次の一節にも符合する。

イギリスの植民地政府庁がわが国を統治していた全期間に、農村の水の開発がまともにおこなわれたことはほとんどなかった。これがなにを意味するかを、栓をひねるだけで良質の飲料水がえられるのを当然とみなしている読者に伝えるのは、容易ではない。(中略)暑い湿気のある畑でつらい一日の仕事をおえると、男や女は村に帰り、それから、手おけか水がめをもって二時間ものあいだ、とぼとぼと歩いて行かなければならなかった。行きついたところで、沼とほとんど変わらないようなところからでも、塩気のある、ばい菌だらけの水を、そのおけやかめにくめたら、幸運なのだ。それから長い道のりをもどる。洗ったり飲んだりする水、たいていは病気のもとになる水の、とるにたりないほどの量をえるのに、一日に4時間!

国じゅうのほとんどが、ほんとうにこのような状態だったのだ。7

予想以上の惨状に、驚愕の念を禁じ得なかったが、イギリスのもたらした<現実>から、ライトは決して目を逸さず、物事の本質を見究めようとしている。

特有の<不信感>や悲惨な<現実>は、あくまで表面に表われた現象に過ぎず、それらの現象は、富の強奪にしか関心のない植民地政策によってもたらされたことをライトは充分に知っていた。同時に、イギリス政府が、村落共同体という伝統的機構を利用せざるを得なかった植民地支配の限界にも気づいていた。抑圧された境遇に一種の連帯の意識すら覚えながら<手紙>の中で、ライトはその限界をむしろよろこぶべき特徴であると指摘したのち、次のように続けている。

民族の文化的な伝統は、西洋諸国の事業や宗教の利害関係によって毀されては来たが、西洋人のその毀し方がそれほど積極的なものではなかったので、ひとつの<世界像>を創造したいという渇望が、無垢のまま、損なわれないで、人々の間に依然として存在しているのである。(344)

元来、厳しい「自然の中で農民が生き延びるために自然発生的に生まれた村落共同体は、植民地化以前には当然、自立の為の発展性を秘めていた。その発展の可能性は、最初、奴隷貿易によって奪われた。のちに土地収奪や強制労働、或いは税金賦課などの植民地政策によって奪われた。ラィトが見たアクラ海岸の沖仲士達やビビア二の金鉱やサンレボイの木材会社で働く人々は、強制労働や税金賦課などの政策により村を離れることを余儀なくされた出稼ぎ労働者達だった。驚く程の安賃金に危険を伴う重労働にも、働き手が不足することはなかった。アクラの海岸では、仕事の順番を待つ半裸の若いアフリカ人たちが、炎天下、事務所の階段の前に群っていた。

奴隷売買或いは税金賦課などの植民地政策によって、村落共同体が働き盛りの人間を奪われることは、その支柱を失くすこと、その内在する発展性を失うことを意味していた。内在する発展性を奪われた共同体は弱体化し、後進的状態にとどまる方向に進んだが、残されたものは、尚、より強固な団結と労働で厳しい収奪に耐えた。弱体化しながらも、辛うじて崩壊の危機を免れ、じっと耐える共同体の姿の中に、ライトはおそらく人々の<渇望>を見い出したのであろう。

ともあれ、本来自立のために生まれた共同体は、支配のために利用される機構へと変容させられていった。イギリス政府は人々の心に不信感を、人々の日常に惨状をもたらした。そして、本来の機能を充分に果していない形骸化した、いわゆる<トライバリズム>なるものを残した。トライブ、トライバリズムの言葉自体が、西洋諸国の一方的な押しつけであるように、その実体もアフリカに内在した歴史的な発展経過を辿ったものではなく、あくまで外部因子である植民地支配によって無理矢理押しつけられたものであることを忘れてはならない。8ライトは<手紙>の中で、沈滞する<トライバリズム>を打破する必要性を頻りに提言しているが、それはライト自身が人々の<渇望>を感じると同時に、本来機能すべきものが充分に機能せず、伝統的文化の形骸だけが残されている実情を看てとったからに他ならない。

ライトはまた<手紙>の中で、独立に際して、過去そうであったように未来も決してイギリス政府から真の援助は望めないばかりか、すきあらばいつ何時でも襲いかかってくると予言し、西洋に頼るな、少なくとも西洋のみせかけの援助の受け入れは最少限にとどめよと忠告した。数回にわたる暗殺未遂事件、そしてクーデターと、のちの経過を考えれば、それらの予告が決して大げさなものではなかったことがわかる。そのことを一番よく知っていたのは他ならぬエンクルマ本人ではなかったろうか。そのあたりの事情については、エンクルマ自らが独立当時を回想して綴った次の象徴的一節を掲げるにとどめよう。

遺産としてはきびしく、意気沮喪させるものであったが、それは、私と私の同僚が、もとのイギリス総督の官邸であったクリスチャンボルグ城に正式に移ったときに遭遇した象徴的な荒涼さに集約されているように思われた。室から室へと見まわった私たちは、全体の空虚さにおどろいた。とくべつの家具が一つあったほかは、わずか数日まえまで、人びとがここに住み、仕事をしていたことをしめすものは、まったく何一つなかった。ぼろ布一枚、本一冊も、発見できなかった。紙一枚も、なかった。ひじょうに長い年月、植民地行政の中心がここにあったことを思いおこさせるものは、ただ一つもなかった。

この完全な剥奪は、私たちの連続性をよこぎる一本の線のように思えた。私たちが支えを見い出すのを助ける、過去と現在のあいだのあらゆるきずなを断ち切る、という明確な意図があったかのようであった。9

<首長と反動的知識人>

イギリス政府が植民地政策を取らざるを得なかったのは、限られた人員で<完全占領>するにはアフリカが広大すぎたからであり、伝統的機構を利用したのは、それが支配するのに好都合だったからである。植民地政策により共同体の支柱を奪い、人々の教育の機会を殺ぎ、首長を傀儡に仕立ててその形骸のみを温存させ続けた。

ライトはアクラで運転手を雇い多額の出費と危険を覚悟でクマシ方面に出向いたが、その目的の一つは首長に会ってみることだった。現に数人の首長と会見したが、その一人は蜜蜂が自分の護衛兵だと信じて疑わなかった。その人は実際に25000人の長でありながら、村の人口数の質問に対して「たくさん、たくさん、たくさん」としか答えられなかった。かつて、一本のジンとひき換えに奴隷を商人に引き渡した首長、そんな人たちをライトは<手紙>の中で「純朴な人々を長い間食いものにし、欺してきた寄生虫のような首長たち」と書いた。しかし、エンクルマが自分達の権力を弱めたと批難しながらも、多くの首長達が御機嫌伺いに党本部に出入りしていたことや強力な首長アサンテへネが中央集権化を恐れるイギリス政府に利用されかけたにもかかわらず、結果的にはエンクルマに譲歩した事実などを考え合わせると、首長たちは時代の流れに敢えて強くは抗えなかった人違だったと言える。

むしろ、エンクルマに強力に敵対したのは、かつては共に闘った統一ゴールド・コースト会議の中心であった西洋で教育を受けたアフリカ人知識人違だった。ライトはその中の中心人物、ダンクァとブシアにも会っている。「なるべく早い自治を」と主張する反対派は、エンクルマがイギリスと組んで自分の為に大衆を煽動していると批判した。そして独立は時期尚早だと言い、伝統の大切さを説いた。一方、エンクルマは反対派について次のように回想している。

今日まで、反対党はほとんどいつも破壊的だった。(中略) “今すぐ自治を” の私たちの政策の正しさが1951年の選挙の結果で証拠だてられたことにたいして、統一黄金海岸会議の指導者たちは、私と私の仲間を決してゆるさなかった。その後彼らの敵対は、独立を事実上否定し、イギリスの退去を不本意とするところまで達した。もし私と私の仲間を政権からしりぞけておけるならば、わが国の民族解放を犠牲にするつもりでいたのだ。10

数人のアフリカ人知識人との会見や、金持ちの奴らはイギリス人たちよりたちが悪いと嘆くアフリカ人青年の声などから、私欲にかられた反対派が大衆から既に遊離していることを察知していたライトは<手紙>の中で、西洋で教育を受けたアフリカ人達はあてにするなとエンクルマに書いた。

<大衆>

  自分達のために何もしてくれないイギリス政府、何もしてくれなかった首長や金持ちアフリカ人たち。大衆は、既に誰も、何も信じなくなっていた。大衆は長年の抑圧の状況の中で「自分達の生活を制御する力を取り戻し、新しい意味での自分たちの運命を創り出したい」(91)と渇望していた。大衆は「目に見えない神々への誓い」に倦み、もはや「自分たちの日々の福利に直接係りのある誓い」(60) しか唱えられなくなっていた。驚く程の短期間に、エンクルマはその大衆の心を捕えた。11  ライトはそんなエンクルマが「イギリス人や宣教師達が民族の伝統的な文化を打ち壊した際に残していった真空に首尾よく入り込み、その空間をすでに塞いでいた」(60) と分析した。大衆の心を捕えたエンクルマの勢いはすごかった。沿道で、或いは集会で歓呼する大衆。主に統一コールド・コースト会議になおざりにされた労働者、学生、マーケット・マミーたちだったが、中でも、植民地政策の下で低い地位に甘んじていた女性たちの熱狂ぶりは凄まじかった。1941年にエンクルマが官吏侮辱罪で300ポンドの罰金を科せられた時、即座に保釈金を掻き集めたのも主としてマーケット・マミーたちだった。大衆の大多数は文字すら読めず、自分たちが一体何をやり、全体がどういう方向に進んでいるのかを正確に把握していなかったが、それだけに、ライトは<手紙>の中でエンクルマに、大衆に約束したあなたが それらの約束を果すためには、行動の論理を人々の生活の状況に応じて決定すべきであり、自らの歩むべき道を、自らの価値を発見すべきだと、まず語りかけたかったのであろう。そして「国を統一し、形骸化した伝統のしがらみを一掃し、大衆の足を現実という基礎の上に据える」ために「アフリカの生活に尚武の心を植え付けなければならぬ」(347) と敢えて提言したのは、独立するに際して、これから歩む道があまりにも厳しく、険しいものであることを肌で感じ取ったライトの、精一杯の暖かい助言ではなかっただろうか。

Ⅲ.現代われわれとアフリカ

西洋諸国はアフリカに対して理不尽の限りをつくしてきた。そしてその状況は今もなお続いている。

パン・アフリカニスト、デュボイス (W. E. B. DuBois, 1868-1963) は「20世紀の問題は、皮膚の色による境界線の問題である。」と予言したが、12  核戦争の危機に直面している現代われわれには、希望としての第三世界「アフリカ」の存在は大きい。

三世紀半にわたる奴隷貿易につづく苛酷な植民地支配下で、「近代的な文明も科学技術の恩恵も断たれた、世界で最低の条件下で」13人的資源を増大させ、伝統的文化と教育を温存し、人間としての威厳を守り続けてきた「アフリカ」からわれわれが学ぶべきこと、教えられる点は実に多い。そればかりか、多くの国が独立を果したとはいえ、現在も尚、植民地主義、新植民地主義と闘い続ける「アフリカ」の姿は、現代われわれに真の生き方、真のあり方を問いかけている。

先般来日したセネガル人センベーヌ・ウスマン(Sembene Ousman, 1923-)は、最近の飢餓救援活動に対して「援助は要りません。それより、暖かい目で見守って下さい。」と語ったが、14  それは見せかけの援助より、正当な理解をという生き方を問う鋭い発言であろう。

ライトも、本書でその点について次のような指摘をしている。

人はその人となりや、その暮し振りに応じてアフリカに反応する。人のアフリカに対する反応はその人の生活であり、その人の物事についての基本的な感覚である。アフリカは大きな煤けた鏡であり、現代人はその鏡の中で見るものを憎み、壊したいと考える。その鏡を覗き込んでいる時、自分では劣っているアフリカ人の姿を見ているつもりでも、本当は自分自身の姿を見ているのだ (中略) アフリカは危険で、人の心に人生に対する総体的な態度を呼び起こし、存在についての基本的な前提に異議をさし挟む。(158-159)

パドモアの奨めと協力があったとはいえ、独立への胎動をいち早く察知してアフリカに駆けつけ「人々の日常」を、或いは独立への歩みを西洋世界に紹介することによって、アフリカを正当に理解しようと試みた功績は決して小さくはない。西洋の援助を受ければ新しい形の帝国主義搾取を招くという新植民地主義への予言や内部からの腐敗に留意せよ、それらに対して厳しい態度で臨めという警告などは、その後の経過を考えるとき、充分に注目に値するものである。

Ⅳ.ライトと『ブラック・パワー』

ライトは、搾取する白人への抗議と惨状に黙従するアフリカ系アメリカ人への警告を織り交ぜながら、アメリカの孕む人種の問題を、アフリカ系アメリカ人青年ビガー・トーマスを通じて「アメリカの息子」(Native Son, 1940) の中で見事に描いて見せた。と同時に、アフリカ系アメリカ人を抑圧された全体としては把えられても個人としては把え切れぬ共産主義の限界に気づいて揺れる側面をも露呈している。そこには単なる人種の問題から脱皮しようとする兆しが窺える。

「地下にひそむ男」(“The Man Who Lived Underground,”1944)の草稿を書き終えた1941年の終り頃には、既に人種問題のテーマを超える広がりを持つことを意識し始めている。出版拒否などの経過をへて改稿し、1944年に発表された作品では、疎外された状況をむしろ有利な地点と把え、見事に人種の問題を一歩踏み越えたテーマの深さと広がりを見せている。

この時期に、事実上脱党しており、公私共に、ライトは一大転機をむかえることになる。新たなる出発に際して、ライトは自分と社会について改めて深く見つめ直す作業に取り掛った。その結果生まれたのが自伝である。まとめて出せなかった為に断片的に公にされた「私はコミュニストでありたかった」(“I Tried to Be a Communist,”1944)、「シカゴでの初期の日々」(“Early Days in Chicago,” 1945)、「アメリカの飢え」(“American Hunger,” 1945)、『ブラック・ボーイ』(Black Boy, 1945) である。真実を語ることが、自分自身と格闘することが如何に難しかったかを「リチャード・ライト、『ブラック・ボーイ』の誕生を述べる」の中で述懐している。15

 

写真Black Boy(1945)

1946年にフランスで戦後の解放的な雰囲気に触れたライトは、脱党の煩しさや人種問題のいざこざを逃れ、自由を求めて、翌年家族と共にパリに移り住んだ。アメリカを離れ、距離を置いて見ることが出来るようになったライトは「地下にひそむ男」で扱った視点を更に広げ、『アウトサイダー』(The Outsider, 1953)の中では思想面から、『残酷な休日』(Savage Holiday, 1954) では心理面から、西洋のもたらした問題、西洋の現に抱える問題を暴き、西洋文明を痛烈に批判した。又、『アウトサイダー』の中では、主人公クロス・デイモンの口を借りて「自らの人生の意味を他人に伝える何らかの方法があればいいのにと思う・・・人と人を繋ぐ橋を架ける何らかの方法が・・・」16 と語ったが、それはアメリカに、次いでヨーロッパに絶望し、次の希望を追い求めるライトの生き方を象徴してあまりあった。その意味では「ライト氏が言っていることは、ゴールド・コーストの問題を借りて『アウトサイダー』の基本的なテーマを再び述べたものである」17という評の如く、『ブラック・パワー』は『アウトサイダー』の延長上にあったと言える。『ブラック・パワー』は西洋文明批判の書であると同時に、自らの希望を託した「ライト自身についての書」18でもあったのだ。

ライトは旅の終りに、船上からレノルヅに「私はこの地で見たものに衝撃を受けた、しかも、ゴールド・コーストはアフリカの中でもー番いい所だと聞く。もしそれが本当なら、ー番ひどい所を私は見たくない」19という手紙を書いたが、すぐあとに仏領西アフリカへの長期間にわたる紀行を企画している。多額の援助金の約束まで取りつけたが、病に斃れ、夢半ばで果ててしまったが、その事実から、「アフリカ」に一縷の望みを託し続けたライトの心情が伝わってくる。ファーブルは「ライトを著作面からのみで判断すべきではない」20と言ったが、次第にテーマや視点の広がりをみせていったライトとその作品を正当に理解しようとするとき、「アフリカ」に希望を託して書いた『ブラック・パワー』を抜きにして考えるわけにはゆかないのである。

<注>

1 Michel Fabre, The Unfinished Quest of Richard Wright, tra. Isabel Barzun (New York: William Morrow, 1973). pp. 317-319, 387-388. ビザやエンクルマからの入国許可証の入手も、パドモアの骨折りによる。

2 Ed. John M. Reilly,Richard Wright: The Critical Reception (N.p.: Burt Franklin, 1978), p. 254.

3 アンドレ・ジイド、河盛好茂訳『コンゴ紀行』(ジイド全集第11巻) 新潮社、1951年、92ペイジ。

4 Reilly, p. 265.

5 Kwame Nkrumah, The Autobiography of Kwame Nkrumah (London: Cox & Wyman, 1957), p.89. エンクルマ、野間寛二郎訳「わが祖国への自伝」(『現代世界ノンフィクション全集23』筑摩書房,1967年,416~417ペイジ。

6 Richard Wright, Black Power  (1954; rpt. Connecticut: Greenwood, 1974). p. 153. 以下の本書の引用については、括弧内に数字でペイジ数のみを記す。

7 Kwame Nkrumah, Africa Must Unite (London: Panaf, 1963), p. 34. エンクルマ、野間寛二郎訳『アフリカは統一する』(理論社、1971年)、60ペイジ。

8 黒人研究の会7月例会発表の際、<トライバリズム>についてのアフリカ人の反応も含め、小林信次郎氏より御指摘を受けた。

9 Nkrumah, Africa Must Unite, p. xiv. エンクルマ『アフリカは統一する』14ペイジ。

10 Nknmah, Africa Must Unite, p. 69. エンクルマ『アフリカは統一する』100~101ペイジ。

11 エンクルマと党の活動についてライトは、秘書コフィ・バアコに語らせる手法で紹介している。その活動については、独立後エンクルマの自伝や著作の中で詳しく紹介されたが、独立前のこの時点で西洋に紹介した資料としての価値も捨て難いものである。

12 W. E. B. Dubois, The Souls of Black Folks  (1903: rpt. New York: 11th Fawcett premier printing, 1970), p. 41.  W.E.B.W. デュボア、木島・鮫島・黄訳『黒人のたましい』未来社、1965年、55ペイジ。(“The problem of the Twentieth Century is the problem of the color-line.”)

13 野間寛二郎「パンアフリカニズムからアフリカ革命へ – 上 -」『思想』553、1970年、98~99ペイジ。本稿は翻訳・論文を通じて、野間氏の業績に負うところが大きい。

14 黒人研究の会は1984年3月3日に京都に於いて、立命館大学黒人文化研究会との共催でウスマン氏を迎えての講演会を持った。ウスマン氏のこの発言については小林信次郎氏が「考える – アフリカ、その死角」(1984年11月26日、朝日新聞タ刊)で紹介した。片岡幸彦氏も本年度の全国大会のシンポジウムの中で若干触れている。

15 Richard Wright, “Richard Wright Describes the Birth of Black Boy,” New York Post (November 20, 1944), p. B6.

16 Richard Wright, The Outsider (1953; rpt. New York and Evanston: Perennial Library, 1965)、p. 426.

17 Reilly, p. 268.

18 Edward Margolies, The Art of Richard Wright (Carbondale: Southern Illinois University Press, 1969), p. 27.

19 Fabre, pp. 399-400.

20 Fabre, p. xx.

(本稿は黒人研究の会7月例会に於いて発表した「リチャード・ライトとクワメ・エンクルマ -『ブラック・パワー』を中心に – 」と同趣旨のものである。)

執筆年

1985年

収録・公開

「黒人研究」55号26-32ペイジ

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リチャード・ライトと『ブラック・パワー』(126KB)

1976~89年の執筆物

概要

修士論文です。5年間の高校の教員生活に疲れ果て、ゆっくり眠りたい、の一心で高校に在籍したまま、教員の再養成課程にもぐりこみました。兵庫教育大学大学院学校教育研究科教科・領域教育専攻言語系コース修士課程です。覚えられないほど名前が長いのは、多分、何か引け目があるのでしょう。

入学試験を受けるのに卒業大学の教官の推薦書が必要とのことで、愛校心などとおよそ縁のない僕は、結局講義で何やらマルクスの労働と人間疎外の問題を熱く語っていたかすかな記憶を手繰り寄せ、その教師の住む奈良の自宅までおずおずと出かけました。「管理職を養成して職員を分断支配することを目論む教員再養成の大学院の新設に私は強く反対している、お前は何を考えているのか」、とその人は怒っていたような。結局、推薦書は書いてもらえませんでした。試験当日、試験会場の甲南女子大学の校門前でその人はマイクを持って大声で演説をしていました。やめて帰えろ、と引き返していたら、車が止まって甲南女子大学はどこですか?と聞かれました。ここぞとばかり乗り込んで一気に校門を突破してやろうと目論んだのですが、車は校門のところで止められ、人だかりの中に放り込まれるはめに。マイクを持った奴が、お前、その髭で教育出来るのか?放っといてくれ。

結局、こづかれて押されて気がついたら、校門の中、ま、いいや、このまま試験を受けて帰るか、それが後から振り返って見れば、大きな分岐点となりました。

マイクを持って日教組の旗振りをしていた人は、大学紛争で学生側につき反体制の姿勢を示していたようですが、のちに学長になりました。言うこととすることが違うように思えました。給料と手当てまでもらいながら、入学式も欠席、学校もろくに行かないまま、修了、そんな僕が偉そうなことを言えるとも思えませんが。

そして、この修士論文が残りました。

1年目の夏に、ファーブルさんの伝記の文献目録のコピーを持って、シカゴとニューヨークの古本屋と図書館をまわりました。ニューヨークの古本屋で、この修士論文の軸にした「地下にひそむ男」が載っている1944年のCroos-Section誌の現物を見つけたのは、大収穫でした。最初のアメリカ行きでしたが、言葉もしゃべれず、食べるものも口に合わなかったものの、アメリカにもそれなりの良さがあると思ったような、思わなかったような。

高校教員をやりながら、読む時間も書く時間も取れないまま毎日を追われるように過ごしていましたが、離れて初めて、活字と向き合える時間が持てました。

大学に書くための空間を求めてと自己弁護をしながら、高校には戻りませんでした。しかし、途中から入れてくれる博士課程もなく、どうしようと思いながら、ま、折角時間が出来たんだからと、長男の母親役と家事をやりながら、読んだり書いたりの生活をするようになりました。

本文     Richard Wright and His World

(作業中↓)

A Thesis Presented to The Faculty of the Graduate Course at Hyogo University of Teacher Education

In Partial Fulfilment of the Requirements for the Degree Master of Education by Yoshiyuki Tamada

(Student Number: 81226)

Hyogo University of Teacher Education, December 1982

<修士論文表紙>

Contents

Chapter  I Introduction・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

Chapter II  Racial Protests

2.1  Big Boy and others who are no longer “Uncle Tom" in Uncle Tom’s Children (1940)・・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・2

2.2  Jake Jackson who is like “a squirrel turning in a cage" in Lawd Today (1963)*・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 7

2.3  Bigger Thomas who makes a “rebellious complaint" in Native Son (1940)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 11

Chapter III  Beyond Racial Protests

3.1  Fred Daniels who has “got to hide" in “The Man Who LivedUnderground (1944)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 19

3.2  Cross Damon who makes a desperate “groan" in The Outsider (1953)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 25

3.3  Erskine Fowler who “sins a second time" in Savage Holiday (1954)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 30

3.4  Rex Tucker who is “leaving" for Paris in The Long Dream (1958)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 34

Chapter IV

Conclusion・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 38

Bibliography

* a posthumous work

 

Chapter I

Introduction

 Richard Wright (1908-60) is generally labeled as a black protest writer on American white racism, but the works after “The Man Who Lived Underground" (1944) suggest that he makes determined attempts to step beyond mere racial protests without reconciling himself to the estimation.

The theme of this article is on the world of Richard Wright of whom we cannot form a fair estimation if we label him only as a protest writer, by way of tracing the protagonists in his major fictions. The protagonists with whom we are to deal in this paper are Big Boy and others in Uncle Tom’s Children (1940),1 Jake Jackson in Lawd Today (1963),2 Bigger Thomas in Native Son (1940), Fred Daniels in “The Man Who Lived Underground" (1944),3 Cross Damon in The Outsider (1953), Erskine Fowler in Savage Holiday (1954), and Rex Tucker in The Long Dream (1958). The first three are to be dealt with in Chapter II under the title of Racial Protests and the rest are in Chapter III under the title of Beyond Racial Protests.

Chapter II

Racial Protests

2.1 Big Boy and others who are longer “Uncle Tom"

<アンクルトムの子供たち表紙>

Much attention is to be paid to one of the two epigraphs in Uncle Tom’s Children so as to understand the stories:

The post Civil War household word among Negroes — “He’s an Uncle Tom!”— which denoted reluctant toleration for the cringing type who knew his place before white folk, has been supplanted by a new word from another generation which says — “Uncle Tom is dead!”

In the epigraph Wright hints to us that the protagonists in the stories are no longer “Uncle Tom."4 In what sense are they no longer “Uncle Tom" though they are Uncle Tom’s descendants without any doubt?

Big Boy5 is not an “Uncle Tom" in the sense that he flees from his native South to the North for his survival. His readiness to defend himself urges him to kill a white man, who rushes to his fiancēe wildly screaming to see four black boys swimming naked in the pond where no black is allowed to trespass. The murder forces him to have the alternative of death or flight; the death will force him to sacrifice his life in the face of a white mob; the flight will lead him to the loss of his native land and his family. His choice is restricted between the reluctant submission to the whites as a “nigger" and the flight from his society as a “black boy." In startling contrast to Dixie, with the sun shining all the time and sweet magnolias in full bloom at everybody’s door, what he sees across the “line" between the two races is beyond his imagination. Two of his mates are shot to death on the spot by the white man and the rest burnt to death by the white mob, with his tarred and feathered body twisted in agony. Narrowly escaping death from the mob, Big Boy leaves home for the North by choosing the flight as a “black boy."

Mann6 is not an “Uncle Tom" in the sense that he prefers death to his submission to the whites. He is caught in a dilemma twice. The first time is when his brother-in-law returns with a boat stolen from a white man; if he uses it, he will be put in some trouble with the whites; if not, his wife will suffer more and his family will be washed away by the flood. He decides to use it and begins to battle against the steering currents of muddy water, only to be confronted by the white man whose boat has been stolen. The man claims the boat at his gun point, which forces Mann to shoot him back. Mann inevitably kills him to defend himself and save his family. The second time is when he is put in a rescue work by the authorities. He happens to find the family of the white man, whom he has killed, in an imperiled house. He faces a dilemma; if he saves them, he may be accused; if not, they will be washed away by the raging flood. Mann reluctantly saves them, for he has neither the courage to kill them nor the will to flee from the village. In the hills of refuge he is accused by them and condemned to death by the authorities. He is a strong man in the flood, but he is only a helpless “nigger" before the whites. Mann, however, chooses to die, shot in the back, before being lynched by the mob, muttering to himself: “Ahll die fo they kill me! Ahll die…."7

Sarah8 is not an “Uncle Tom" in the sense that she sees her husband fight defiantly to death against a white mob. She surrenders herself to a white salesman who comes to her farm while her husband, Silas, is in town to sell his cotton. She knows in her heart that she cannot refuse his seduction in a way, for she always feels lonely because of her former lover whom she still remembers in secret, and because of her husband who is too busy himself in getting rich to care for her. When he discovers his wife’s betrayal, Silas utters furious cries, shattered: “The white folks ain’t never gimme a chance!…They take yo lan! They take yo freedom! They take yo woman! N then they take yo wife!" (125) Next morning when the salesman returns with his friend, Silas shoots on the spot the salesman whose friend barely escapes to the town, which forces Silas to have the alternative of fight or flight. Though she begs him to flee, he chooses the fight, making his final groan: “…Lawd….Yuh die ef yuh fight! Yuh die of yuh don fight! Either way yuh die n it don mean nothin …." (125) Silas kills as many whites as he can, before the mob sets fire to his house. In a nearby hill Sarah sees her husband live briefly with dignity as a “black man" without surrendering himself to the whites, for she knows Silas stays inside and burns to death without a murmur.

Dan Taylor9 is not an “Uncle Tom" in the sense that he resists against a white oppression. Taylor, a black preacher, cannot act in a crisis; his hungry people beg him to persuade white relief authorities to provide them food; Deacon Smith, eager to get his position in the church, stirs up his congregation against him; both the Mayor and the police demand that he should try to dissuade his people from joining a hungry demonstration. In the dilemma he cannot act. It is, however, his physical ordeal by a mob who torture him that makes him decide to act. When his son reproaches him openly for his reluctant attitude, he shifts his religious duty to his social action. He leads his people to the demonstration, marching on to the City Hall, crying out exultingly: “Freedom belongs t the strong!" (180)

Sue10 is not an “Uncle Tom" in the sense that she sacrifices herself to the faith of her own, by resisting against the white authorities. Sue, a religious widow, has two sons, Sug and Johnny-Boy. Sug is now in jail because of his Communist activities and Johnny-Boy takes over Sug’s tasks with Mother’s aids. Influenced by her sons, she has got a new faith; she has converted Christianity into Communism, for she loves her son. Her faith is tested by white oppressors. When city officials are determined to root out all the Reds, she is forced to confess when and where a planned meeting of Communists is to be held and who are to join it. The sheriff and his men threaten and torture her till she has fainted, but she never yields to them. Unfortunately she lets herself be persuaded to show the identity of the members by a white Communist informer. Soon she realizes her mistake and goes out to the woods to prevent the traitor from blurting out the names to the authorities. In the woods she is forced to confess the names before her son groaning in agony, with his legs and eardrums broken, but she never surrenders herself to the mob even in agony. Sue, with a gun hidden in a sheet, shoots the traitor who appears later, but Sue and Johnny-Boy are inevitably murdered by the mob.

The stories thus suggest that none of the protagonists are in the nature of an “Uncle Tom"; Big Boy flees from his native South because he kills a white man for self-defense; Mann is shot to death because he murders a white man to defend himself and save his family; Sarah sees her husband burnt to death because he shoots a white man in revenge; Taylor is tortured because he refuses to obey the whites; Sue is murdered because she resists against the white authorities. In the stories Wright gives considerable emphasis to the point that they are the new generation who are not “Uncle Tom." It is because he regards the new generation as a faint hope for the liberation of the oppressed blacks though the solutions are not necessarily offered as a way out of their plight. Through portraying the helpless blacks in a white world, he shows the Southern white oppressors how the racial injustice forces the blacks to live their humble and miserable lives. The depictions make us feel both his pity and anger. The pity is taken on “the degraded, the poor and oppressed who in the face of casual brutality, cling obstinately to their humanity."11 The anger is shown against the whites who have long oppressed the blacks in the rural South, where he himself has been forced to learn the ethics of living Jim Crow.12 With the combined pity and anger he directs his strong protests against the living Jim Crow in the brutal South which drives the blacks into inhuman conditions. The considerations we have given lead us to the conclusion that the stories of Big Boy and others are among the works of his racial protests, in which he makes a social comment on white racism in the South.

2.2  Jake Jackson who is like “a squirrel turning in a cage"

In the night shift-work Jake and his friends complain as follows:

'It’s hard to just move your hands all day and not see what you doing.’

'Like a squirrel turning in a cage.’

'This kind of work’ll drive a guy nuts.’

'I’m thinking he’s nuts when he takes a job like this.’

'That ain’t no lie.’13

The complaints guide us to right reading of the story of the black hero, Jake Jackson, who is dissatisfied with his present job. There are various causes of his dissatisfaction. A cause is due to the fact that the postal work is not the very job he yearns for. He eventually makes efforts to apply himself to memorizing the train schedules to get work as a railroad conductor, but only finds himself disappointed at his failure. He always has “no real ambition that can be translated into positive action."14

Another cause is formed by the contents of the job in the post office, in which he finds no satisfaction either in the process or after the work.

The unsatisfactory work consumes his energy, physical and mental, and makes him feel that even time passes more slowly than usual in the work time.

A third cause is to be sought in the bad working conditions in the post office as is suggested in the following text:

…All I could see right now was an endless stretch of black postal days; and all he could feel was agony of standing on his feet till they ached and sweated, of breathing dust till he spat black, of jerking his body when a voice yelled. (102-103)

…For eight long hours a clerk’s hands must be moving ceaselessly, to and fro, stacking the mail. At intervals a foreman makes rounds of inspection to see all is well. (113)

In the conditions he is forced to do the tedious work day after day.

The last cause, effective of all, is to be attributed to the invisible segregation in Chicago where he lives. Though finding no written rules of segregation, he always feels abused in one way or another. In the office “black men and women work side by side in the same post office jobs,"15 a curtain divides the two races, the blacks and the whites. His following dialogues with his companions give us a clear picture of the subtle segregation in Chicago:

'When a black man gets a job in the Post Office he’s done reached the top.’ (103)

'No white man wanted to work nights and breathe all this dust.’

'Look like the white folks don’t want us have nothing.’ (115)

'The white man’s Gawd in this land.’

'If they says you live, you live.’

'And they says you die, you die.’

'The only difference between the North and the South is, them guys down there’ll kill you, and these up here’ll let you starve to death.’

'Well, I’d rather die slow than to die fast!’ (156)

The implicit segregation thus deprives Jake of any hope and direction.

His wife, Lil, is another cause of his dissatisfaction. She has been ill since he tricked her into having abortion. Her illness presents to him various difficulties, such as his sexual frustrations and the deep amount of debt to the family doctor. Of all, the chief difficulty is that she will no longer trust him due to his betrayal. Dissatisfied with both his job and wife, he always attempts to release his frustrations temporarily through using violence toward his wife, playing gambles, telling dirty jokes, and going to a brothel for drinks and women with his companions.

In the story Wright shows us two problems. One is his active warning toward the blacks who are unconsciously blinded by American materialism and deluded by the prejudices. He reveals how American materialism blinds the blacks by depicting Jake as a brutal, lustful, and contemptible character. He is not so heroic as some heroes in Uncle Tom’s Children who fight back defiantly in their different ways against the whites. He is brutal enough to use violence toward his weak wife, lustful enough to indulge “his appetites with outrageous selfishness," and contemptible enough to dress fastidiously even when he is deeply in debt. The depictions about Jake reminds us of the following letter from Margaret Walker to Wright:

…I am beginning to see more and more every day the tragedy of Lawd Today: It’s right in my face….Everything is just as you have written it….Drinking and playing bridge, and living above their means, straining and bragging….16

He also reveals how their prejudices keep them from being aware of what they are by giving Jake a vulgar, prejudiced, and shameless character. He is vulgar enough to mutter to himself as follows: “Yeah, too much reading’s bad. It addles your brains, and if you addle your brains you’ll sure have book-worms in the brain." (62) And he is prejudiced enough to denounce the only Communist who appears in the novel, saying, “Nigger, You’d last as long trying overthrow the government as a fert in a wind storm!" (54) And he is shameless enough to make the following remark on his own race: “Niggers is just like a bunch of crawfish in a bucket. When one of ’em gets smart and tries to climb out of the bucket, the others’ll grab hold on 'im back…." (55) Through pointing out their blindness and prejudices he lays emphasis upon “the necessity for political education to make masses aware of their plight." (Quest, 154)

The other is his passive protest which he directs against the whites who have driven the blacks into their plight. Though he voices no explicit protest, the depictions of their plight suggest that the blame of the plight should be placed upon the whites who have long segregated in every subtle way; they have deprived the blacks of a fair chance of education; they have spoiled the blacks with American blind materialism; their implicit segregation has deprived the blacks of any hope and direction in life.

From all these considerations we draw the conclusion that the story of Jake Jackson is among his protest works against racial injustice and prejudice, in which he gives his active warning toward his own race and at the same time makes his passive protest against the whites.

2.3  Bigger Thomas who makes a “rebellious complaint"

The epigraph to Native Son runs as follows:

Even Today is my complaint rebellious,

My stroke is heavier than my groaning. -Job

The epigraph contributes effectively to our understanding of the black hero of the story, Bigger Thomas, who is “fated to live a never-ending debate" due to his “complaint," like Job in the Bible, and who is finally driven into the murder of a white girl, Mary Dalton. What kinds of complaint drive him into the rebellion? There are three factors of his complaint.

The first factor is the bad conditions in the Black Belt of Chicago’s South Side, where he lives with his family in a rat-infested one-room apartment as most black people do. The room is too small, dirty, and old to have any way of his own; he has no privacy. For such a nasty room he is charged eight dollars a week, which is equivalent for 40% of his weekly wage. Though there is no written law on segregation in Chicago, a “line" is strictly drawn between the two races. Black people are not allowed to cross the “line." It is at the Daltons’ where he is taught the difference between the two worlds. “Whereas everything at Bigger’s is loud, crowded, and collapsing, at the Daltons’ it is subdued, expansive, and expensive." (Hero, 68-9)

The second factor is the black people he lives with in the Black Belt. Every day his mother makes her bitter and loud complaints against Bigger who lives his idle life without taking a job which the relief authorities offer him. Her complaints only makes him feel sick of his life at home. What makes him feel more disgusted is her attitude toward life with which she accepts her misery quietly; she already gives up her hope of living in the world. Such is the case with his friend, Bessie. When she is forced to flee with Bigger who already kills Mary, she feebly moans as follows: “…all my life’s been full of hard trouble….I just worked hard everyday as long as I can remember, till I was tired enough to drop, then I had to get drunk to forget it."17 She has quietly accepted her misery as his mother has done. It is also the case with his companions. They make bitter complaints to their misery, but find no positive way of a protest. What they can do is playing “a game of playing-act" in which they imitate the manners of white folks or making a plan of the robbery in vain. They all accept their misery too quietly. As he cannot accept his misery unless he lays “his head upon a pillow of humility," he holds “an attitude of iron reverse" toward them denying himself. It is because “he knew that the moment he allowed what his life meant to enter fully into his consciousness, he would either kill himself or someone else." (9)

The third factor is the white people with whom he is thrown into contact after taking the job at the Datons’. They regard him as a “nigger" or as an example of the oppressed minority, not as a man. Mr. and Mrs. Dalton, rich owners of many buildings in the Black Belt, view him only as a timid uneducated black boy whom they have given a chance as a supporter of National Association for the Advancement of Colored People. Though they have offered him a job and a neat room, they never suspect that their hypocritical attitudes make him feel uneasy, tense, and miserable. Mary Dalton and Jan Erlone, young Communists, reckon him only a sample of the oppressed blacks and a potential member of the Party. Though they are liberal enough to shake hands with and drive him to the Black Belt to take dinner together, they don’t know that their progressive attitudes drive him into fear and hatred. Britten, a private detective employed by Mr. Dalton, considers him to be a “nigger." He never sympathizes with black people, for to him “a nigger’s a nigger" and “niggers" don’t need a chance.

The factors make his complaint rebellious, which carries him to the murder of Mary. Although he suffocates Mary to death for fear of being discovered by her blind mother who appears unexpectedly and ghostly at Mary’s room, it seems to him that his murder of Mary is not accidental in a true sense. Before he calls at the Daltons’, he says to his friends as follows: “….every time I got to thinking about me being black and they being white, me being here and they being there, I feel like something awful’s going to happen to me…." (17) After the murder of Mary he reaches the following conviction: “…in a certain sense he knew that the girl’s death had not been accidental. He had killed many times before, only on those other times there had been no handy victim….he felt that all his life had been leading to something like this." (90) Bigger has thus come to regard the murder of Mary to be a form of his rebellion. To him the rebellion has a double sense. One is his positive rebellion against the whites who have oppressed the blacks for centuries. The other is his passive rebellion against the oppressed blacks who have accepted their misery too quietly. Bigger never feels sorry for Mary: on the contrary he feels that the murder is “more than amply justified by fear and shame" which Mary made him feel. The murder even adds to him “a certain confidence which his gun and knife did not."18 The confidence produces a new perspective with which he can realize that a lot of people are blind; they do not want to see what others are doing if that doing does not feed their oven desire. The confidence and the perspective guide him with a plan to get ransom money from the Daltons by making it appear that Jan and other Communists kidnapped Mary, for he knows that Mr. Dalton and others have prejudices against blacks and Communists; to them “niggers" are too timid to have such a plan and “Reds" are crazy enough to commit such a crime. The offense of the murder of Mary brings him “the sense of fulness" which he has never felt. To him the offense is among “the first full actions" and “the most meaningful, exciting and stirring things," for he already finds no meaning in life as is shown in his following confession: “everything I wanted to do I coudn’t….I just went to bed at night and got up in the morning. I just lived from day to day." (301) The acts carry him into another murder of Bessie because she stands in his way of flight from the police. When he kills her, he feels that he has created “a new world for himself."

Few people in the story can understand his way of life. Buckley, the State’s attorney, and the reporters proclaim that Bigger is a rapist, emphasizing his race and his bestiality. In the jail, Hammond, a black preacher, attempts to persuade him to kneel before God. Bigger’s sister, Vera, sobs and complains of her misery brought by her brother’s crime. His mother asks him to pray to God. The sights of the black people make him feel sick. Crushed with shame and anger, he groans as follows: “They ought to be glad!…They ought not stand here and pity him, cry over him; but look at him and go home, contented, feeling that their shame was washed away." (252) Jan and Boris Max alone try to understand and help him. In the trial Max, a Communist lawyer, analyzes Bigger’s crime as follows:

…did Bigger Thomas really murder?…If it was murder, then what was the motive?…The truth is…there was no motive as you and I understand motives within the scope of our laws today. The truth is, this boy did not kill….He was living, only as he knew how, and as we have forced to live. The actions that resulted in the death of those two women were as instinctive as breathing….It was as act of creation! (335)

He pleads of sending Bigger to prison for life as the best way of the first recognition of his personality, but Bigger is sentenced to death under the laws of the State. Though he makes efforts to plead for Bigger, Max has not seen all; though he can see the racial situation in general, he cannot see the individual in the mass.

Through the story of Bigger Thomas, Wright tries to show us four problems. The first problem is his protest against the whites who have oppressed the blacks for a long time. By borrowing the phrases of Max who makes powerful and subtle analyses of Bigger’s crime on historical, economical, and social backgrounds, Wright makes it clear that Bigger is a native son America has produced, and that it is not on Bigger but on Mr. Dalton and white Americans that Bigger’s crime should be blamed rationally. It is because Mr. Dalton is an exploiter of the poor blacks by renting houses, though he contributes much money for Negro education as a supporter of NAACP in order to ease the pain of his conscience, and because the white Americans have helped to keep the blacks within rigid limits. The protest implies the warnings against the whites; the whites do not acknowledge what their racism has produced, a second and a third “Bigger Thomas" will appear; even if the whites try to make the blacks avert their eyes from racial acts of violence by giving the limited charities as Mr. Dalton has done, the time will never come when the solution is to suggest itself to them.

The second problem is his warning toward the blacks who have long accepted their misery too quietly. Wright depicts most black characters as contemptible persons as Jake Jackson in Lawd Today. Bigger is too poor-educated and unintelligent to know what the society is. His companions are too pointless and hopeless to live their own lives, only indulging their appetites with selfishness day in and day out. Bessie and his mother are too helpless to find any hope in life. They try to find some escape from their everyday sufferings by drinking and praying. They never realize what they are, even when Bigger feels that he has washed away “their shame" by the murder of Mary. His sister moans her misery; his mother and a black preacher attempt to persuade him to pray to God. They are too blind to know the fact that the whites make efforts to defend themselves from racial violence by forcing the blacks to adopt religion as the means of solacing their sufferings. In that sense the following comment by Redding is to the point: “…They (Negroes) did not want to believe that they were helpless, as outrageous, as despairing, as violent, and as hate-ridden as Wright depicted them. But they were."19 What Wright depicts is a manifestation of his warning toward his own race; as long as they find same escape and accept their misery quietly, they cannot free themselves from the white oppression; they should make efforts to find any way of self-education without making constant complaints in vain. The third problem is about the perspective which Bigger has gained through the murder of Mary. It is not until he murders Mary that he realizes that a lot of people are blind. Most black people make complaints of their sufferings, but never realize what they are. Most white people help to keep the blacks within rigid limits, but never realize what their segregation has produced. In his essay Wright states about the matter as follows:

If I were asked what is the one, over-all symbol or image gained from my living that most nearly represents what I feel to be the essence of American life, I’d say that it was that of a man struggling mightily to free his personality from the daily and hourly encroachments of American life. Of course, Native Son is but one angle of what I feel to the struggle of the individual in American for self-possession.20

The last problem is the revelation of his “ultimate break with the Communist Party."21 In the story Wright portrays Max as a lawyer who has not seen all of Bigger’s crime. Max “sees Bigger as one black man among twelve million, not as a boy suddenly aware of his own identity. He understands the case of the crime, but not what it means to Bigger."22 The story implies his break with the Party with which Wright is to deal later in The Outsider in details.

With all this taken into consideration, we conclude that the story of Bigger Thomas is among his racial protests in which he makes a strong protest against the whites and at the same time gives warnings toward his own race.

Chapter III

 Beyond Racial Protests

3.1  Fred Daniels who has “got to hide"

クロスセクション誌と青山書店大学用テキスト

The story begins with the mutter of the black hero, Fred Daniels: “I’ve got to hide,…"23 The mutter echoes through the story and gives us an important clue to it. His hiding implies two levels of reality, objective and subjective. The former indicates what drives him into the underground and what his hiding means. The latter indicates what he sees there.

What drives him into the underground and what does his hiding mean? The scene in the sewer where he remembers his past tells us his situation; he was wrongly arrested, accused of the murder, and forced to sign a confession by the police. His surrender means his death, unavoidable because he is sentenced to death under the white law. He realizes his situation so instinctively that he prefers life to death by running away from the authorities. When he happens to see a manhole cover leap up on the street, he hatches a plan of hiding in the sewers and goes down through the manhole into the underground. The very fact of his being accused of the crime means that he is denied by the society and excluded from it. The fact of hiding in the sewers means that he denies the society in value. Fred is now “a human in unreal, inhuman context" (Quest, 241) and a man who “is no longer deluded by the aboveground values."24

What does he see in the sewers with his own eyes? Under the ground he sees many kinds of “the reverse of reality." (Quest, 240) From the crevice of the sewer wall he sees a black church service. Seeing them singing and praying, he feels an irrestible impulse to laugh at their blindness, thinking that “they oughtn’t do that." Although he has a vague feeling that “those people should stand unrepentant and yield no quarter in singing and praying," he does not know the reason. Later when he revisits the church, he realizes the reason; “their search for a happiness they could never find made them feel that they had committed some dreadful offense with which they could not remember or understand." (85)

Another kind of “the reverse of reality" is reflected in the sewer, where he catches a glimpse of a nude baby of “nagged by debris and half-submerged in water." The baby is floating, with its eyes closed “as though in sleep," its fists clenched “as though in protest," and with its mouth gaped “in a soundless cry." When he finds the baby dead, he feels “the same nothingness" he felt while seeing the people singing in the church.

A third kind of “the reverse of reality" he finds in a movie house is “a stretch of human faces, tilted upward, shouting, whistling, screaming, laughing." The sight makes upon him a touching impression which is akin to the same kind of compassion that he felt before in the church. The vast “sea of faces" makes him aware of their mere “laughing at their lives" and of their mere “yelling at the animated shadows of themselves."

Then comes the last phase of “the reverse of reality" in a jewelry firm, where he sees a man open a huge safe filled with more money and jewelry than he has ever seen and feels like stealing them by getting the dial combination of the safe. It is only a symbolic act of defiance to the world that he wants to get them. It is not that he considers them to be of great value to him but that, paradoxical this may sound, he regards them as of no worth. He patiently waits till the safe is opened once again. He finally sees a man open the safe and steal some of the money, which makes him feel indignant “as if the money belonged to him." After that he steals the rest of the money, but does not feel guilty, for his instinct tells him that his stealth of the money is different from that of the man in motive; he has no intention of spending the money away; the man, who must be an employee of the firm, is to spend it for pleasure. Later when he revisits the firm, he sees a night watchman being accused of the robbery of which he is innocent. The accusation leads to the suicide of the convicted, on which he hears the policemen making observations in this way: “Our hunch was right," adding that “He was guilty," and that “Well, this ends with the case." (88) A keen sense of “the reverse of reality" leads him to the conclusion that the aboveground is an absurd world “fundamentally marked by chaos and disorder and blind materialism."25; in the church the people are blinded by the delusions; in the sewer the innocent baby is floating in debris; in the jewelry firm the employee steals the money and the watchman is wrongly accused and tortured by the policemen.

From the building he creeps into, he brings back many articles into the cave which he finds in the sewers. In the cave he plays games with the loots, plastering walls with green bills, hanging watches and others on the walls, and dumping diamonds and coins on the dirty floor. The games symbolize both his defiance to the blind materialism and mockery of the values on the aboveground as is shown in the text: “…the cleaver, the radio, the money, and the typewriter were all on the same level, all meant the same thing to him….They were the serious toys of the men who lived in the dead world." (77) Before the loots, he reflects on his experiences: “…he remembered the singing in the church, the people yelling in the movie, the dead baby,…He saw these items hovering before his eyes and felt that some dim meaning linked together…." (79) Fixing, a steady gaze on the papered walls, he broods: “…between him and the world that had branded him guilty would stand this mocking symbol. He had simply picked it up, just as a man would pick up firewood in a forest. And that was how the world above ground now seemed to him, a wild forest filled with death." (81) He resumes brooding:

…Why was this sense of guilt so seemingly innate, so easy to come by, to think, to feel, so verily physical? It seemed that when one felt this guilt one was reacting in one’s feeling a faint pattern designed long before; it seemed that one was always trying to remember a gigantic shock that had left a haunting impression upon one’s body which one could not forget or shake off, but which had been forgotten by conscious mind, creating in one’s life a state of eternal anxiety. (85)

And finally he discovers that all men are guilty because they are human, and that “all men are responsible for their actions in a world of evil and absurdity, and that men must accept responsibility for their existence nevertheless." (“Identity," 52) Fred can be said to have gained a new personality by descending underground, a new perspective that “all men are guilty because they possess an inherently evil nature," (“Identity," 52) but they must be responsible for their deeds nevertheless. The new perspective urges him to go back to the aboveground to proclaim his discovery. His readiness to tell it to the people cannot find its justification due to his violent death by one of the policemen who says after shooting as follows: “You’ve got to shoot his kind. They’d wreck things." (102)

Through the story of Fred Daniels, Wright shows us his new views which he has never offered in his previous works. In those works he has laid too much emphasis on what racism has produced-what the two races are, not on what blackness is – what blackness means; in Uncle Tom’s Children he has put his finger on the terror of direct white oppression in the rural South, by giving a clear picture of the new generation who obstinately cling to their humanity in the face of the white brutality; in Lawd Today he has indicated the brutalization of black life in the urban North, by portraying an ordinary black worker who is dejected by the subtle segregation and spoiled by blind American materialism; in Native Son he has pointed out what racism has produced, by depicting a native son who has gained his self-consciousness through the offense of the murder. In those works he has given too much weight to “those moments when the black and white worlds interact with, or react to, each other." (Works, 28) On the contrary in this work he has laid more emphasis on what blackness is what blackness means than on what racism has produced. It is due to his conviction that “the black man can recognize the absurdity of the world more rapidly than others" (“Identity," 52) that Wright portrays the hero as a victim of a racial society at the beginning of the story. Fred, who is condemned and shot to death, mirrors “the dilemma of all black Americans, who are both part of America and excluded from it." (Quest, 241) Fred is “a kind of negative American" about which Wright states in White Man, Listen!:

…The American Negro’s effort to be an American is a self-conscious thing. America is something outside of him and he wishes to become part of that America…. But…since he lives amidst social conditions pregnant with racism, he becomes an American who is not accepted as an American, hence a kind of negative American.26

The story, however, enters upon the second phase of the plot as soon as Fred descends underground. Under the ground he is omnipotent and can view the people above ground from the vantage point, for they do not realize that they are being observed. Fred is now an outsider “whose color is no longer important." (Quest, 240) Fred, who is forced to flee in the sewers, is merely an aviator of the oppressed minority indeed, but Fred, who has returned back to the aboveground with the new perspective and personality, is an aviator of all men. Therefore the message from Fred Daniels is the universal one. Through Fred Daniels Wright sends to us the following message: “only the acceptance of one’s responsibility in an absurd world can result in self-realization." (“Identity," 52) The message is Wright’s “great concern with meaning, with identity, and with the necessity to remain sane in a society where the individual personality is denied and the world appears devoid meaning.”27

These considerations lead us to the conclusion that the story of Fred Daniels is not only a racial protest but a universal quest of “nature and evil" and of “the problem of identity to all mankind," in which Wright has made an attempt to step beyond mere racial protests by giving more weight to what blackness means than to what racism has produced.

3.2  Cross Damon who makes a desperate “groan"

The Outsider 表紙

“He buried his face in his hands, closed his eyes and groaned; 'God …"'28 – this is the depiction of the black hero, Cross Damon when he calls on Eva Blount. What makes him groan? Eva is an efficient painter but her work and freedom are already ruined by her husband Gil, a Communist leader, who was ordered to marry her to get her into the Party for prestige purpose. When Lionel Lane (Cross’ false name in New York) is brought by Gil to their apartment, Eva pities him at first, for she considers him to be the same innocent victim to the Party as she is. But he is rather a “willing victim" that an innocent one, for he tries to use the Party as the contemporary comflage behind which he can hide from the law, as Gil uses Cross for the Party.

In Chicago Cross encountered a subway accident one day, when he barely escaped uninjured from the mess. Later when he heard the radio announce his death wrongly, he hit upon a plan of accepting the accident which would wipe out his practical problems. He was an intellectual young postal clerk, who had dropped out of Chicago University. At that time he was completely in plight economically, physically, and mentally – his wife with three sons was always complaining of alimony; his young mistress was urging him to marry; his religious mother was charging him coldly with morality; the alcohol was deadening the raw nerves of his stomach. In such a serious plight, Cross was too pessimistic to find meaning or values in the world. When he left Chicago for New York, he had already become a lawless outsider, living alone under his own laws. Under the laws he killed four men. First he killed Joe so as to maintain his new freedom, because Joe, whom he encountered at a cheap hotel in Chicago, was his postal friend – a symbol of his old world. Secondly he killed Gil and Herndon so as to blot out the dark image of the struggling men from the face of the earth, because both persons, a Communist leader and a total Fascist, were their own “little gods" and his enemies. Last he killed Hilton so as to defend himself from being accused of his murder, because Hilton was determined to make a convenient use of the bloody handkerchief, the proof of Cross’ murder.

In New York Cross uses the false name Lionel Lane and chances to be acquainted with the Communists. After her husband’s death Eva falls in love with Lionel Lane, who is not now what he was as he comes to know what it is to love another. Eva is to him a thread of hope with which he will be able to go on living. In the presence of such a woman the hero is to face which he should do: Should he make a confession of all his past? Should he be bold enough to go on with his life under the false name? Should he flee from Eva before she is aware of his identity? In such a dilemma there is nothing left for him but to make a desperate “groan": “God…" In the meanwhile Eva is taught what he is and has done by the Party leaders who take her to the Party headquarters. Back in the apartment she is told all the truth by Cross and gives desperate cries, edging away from him with horror: “…I thought you were against brutality – I thought you were going to tell me what Gil had done to you – I thought you hated suffering." (289) She no longer believes in him. However hard he tries to make an excuse for his infidelity, he finds it all in vain. Eva finally kills herself. Eva never understands an outsider Cross Damon. The only character in the story that is capable of understanding the hero Cross is Houston, the New York District Attorney. As he is in a sense an outsider because of a hunchback, he shares identical viewpoints with Cross. What he talks in earnest to Cross about an outsider goes as follows:

Negroes, as they enter our culture, are going to inherit the problems we have, but with a difference. They are outsiders and they are going to know that they have these problems. They are going to be self-conscious; they are going to be gifted with a double vision, for, being Negroes, they are going to be both inside and outside of our culture at the same time…. (129)

My deformity made me free; it put me outside and made me feel as an outsider. It wasn’t pleasant; hell, no. At first I felt inferior. But I have to struggle with myself to keep from feeling superior to the people I meet…. (133)

Later when he investigates the case of Cross’ murder, Houston insists that the case of Gil and Herndon is not “double manslaughter" but the murder by a third person – a man of lawless impulses, and then accuses Cross of the murder on psychological basis, after finding his real identity in Chicago. It is ironical that an outsider Houston accuses another outsider Cross. Cross has begun to have the truest relationship with Houston for the first time in his life, for Houston is the very man Cross has long sought for – Houston is the man who has become an outsider not because he was born poor and black, but because he thought his way through many veils of illusion. Houston releases Cross because he has no proof on material basis, but Cross is shot down by one of the Party members, who is afraid of him because they cannot understand him. When Houston rushes to the spot where Cross is shot down, Cross whispers to Houston as follows:

'I wanted to be free…, to feel what I was worth…what living meant to me…. I loved life too… much…’

'Never alone…. Alone a man is nothing…. Man is a promise that he must never break….’

'…We’re different from what we seem…. Maybe worse, maybe better…But certainly different…We’re strangers to ourselves.’

'Don’t think I’m so odd and strange…. I’m not…. I’m legion…. I lived alone, but I’m everywhere….’ (439-40)

Through the story of Cross Damon, Wright shows us three problems. The first problem is about a philosophical theme of an outsider – the theme of how an outsider should live in a society where he no longer finds any meaning or any value. Cross is not the only outsider, for Eva, Houston, Gil, Herndon, and Hilton are much the same in a sense; Eva is dejected by Gil’s betrayal; Houston is alienated by his physical handicap; Gil, Herndon, and Hilton are deluded by their blind ideology. The problem of an outsider is, therefore, a universal one, as is shown in Cross’ whispering to Houston in his death time: “I’m everywhere…." The problem implies a social comment on America and other Western countries whose civilizations have produced many outsiders, and at the same time gives implicit warnings to modern citizens governed by their culture. In the sense Hicks’ comment is to the point: “The Outsider is…a book about modern men….It challenges the modern mind as it has rarely been challenged in fiction…his principal problems have nothing to do with his race."29 Through the problem Wright deepens the theme dealt with in “The Man Who Lived Underground" – the theme that all men “must accept responsibility for their existence" (“Identity," 54) even in a world of evil and absurdity.

The second problem is about a “double vision" with which Wright widens the “underground vision" handled with in “The Man Who Lived Underground." With the vision Wright makes it clear that “the black man is able to recognize the irrational character of the world more rapidly than others" because of being driven underground by racism. Wright tries to “achieve universality by concentrating on the specific, by dealing with his experience."30

The last problem is about Wright’s personal relationship with Communism. Wright has tried to write Uncle Tom’s Children, Native Son, and other works on the belief that Communism is the means of the liberation of the blacks, but in this work he tries to repudiate the belief as is implied in Gil’s words: “We’re Communists. And being a Communist is not easy. It means negating yourself, blotting out your personal life and listening only to the voice of the Party. The Party wants you to obey." (183) It is the declaration of his personal break with the Party. Wrghit shows a slight sign of his personal break with the Party in Part III of Native Son, in which Wright gives a picture of a Communist lawyer Max who cannot see Bigger as an individual though he can understand him as a sample of the oppressed minority. In the sense The Outsider is the further quest of Native Son beyond which Wright tries to step.

Taking all these considerations into account, we conclude that the story of Cross Damon is among his larger quests of a man, in which Wright has tried to step beyond racial protests.

3.3  Erskine Fowler who “sins a second time"

The epigraph to Savage Holiday leads us to the solution of the story:

For he who sins a second time,

Wakes a dead soul to pain,

And draws it from its spotted shroud,

And makes it bleed again,

And makes it bleed great gouts of blood,

And makes it bleed in vain!

– Oscar Wilde’s The Ballad of Reading Gaol

In the case of Erskine Fowler, the white hero in Savage Holiday, his “sin" has a double sense. The primary sense is his real murder of Mabel Blake, a young widow with a son next door. The secondary is his psychopathetic murder by which the hero tries to disown the retained image of his own dead mother. In the latter case, the “concept of deeply buried desire that emerges thirty years later in the form of a crime places the murder itself on another, almost secondary level, since the remembered reality of Fowler’s childhood is revealed as the unreality of a dream." (Quest, 378)

Tony’s death is caused by Fowler’s faults, but is he responsible for the death in a true sense? On the morning when the accident happens, he finds himself locked out of his apartment, naked, for a sudden draft slams and locks the door behind him when he steps out to pick up his Sunday news paper scattered in the hall, before taking a shower. He dodges naked and terrorized through the buildings and finally rushes to the balcony, where Tony has been playing alone, in order to climb in through his bathroom window, but the sight of his loaning nude body startles Tony so terribly that Tony shrinks back against the railings and falls down from the tenth floor. His nudity is to blame indeed, but it seems to him that the way of Tony’s fright was too extraordinary. At first he cannot see why Tony was so afraid of him. On his second thought he comes to realize the reason: Tony thought that naked men were to attack his mother, for he always observed his mother making love with men. In that sense it is not Fowler but Mabel who is to blame for Tony’s death. He does not go to the police nevertheless; he cannot go. As he knows that others will not believe in his story, he decides to conceal the fact for self-protection. From then on a sense of fear and guilt begins to attack.

At that time he was already assailed by another anxiety. He was suddenly forced a premature retirement from an insurance company, so as to make room for the president’s son. Though he felt disgusted with the retirement, “what was fundamentally fretting him was that – now that he had retired and free – he didn’t know what to do with himself."31 To the displeasure is added another irritation due to the boy’s death.

Two reasons force their ways into an inevitable acquaintance of Fowler with the dead boy’s mother Mabel. One reason is given for his self-complacent sense of mission which he felt while preaching his sermon in Sunday School. The other is supplied for his fear that she might have seen his crime. Mabel, quite an opposite to his own character, at once attracts and disturbs him. “Her helpless state" caused by her son’s death blinds his judgement, and “her gestures of modesty" make him feel that she is “really kind of pure" even though he regards her to be a whore. He begins to “allow himself to be swamped by pity" and then finds himself trapped in a kind of love – “the more abandoned she was, the more he yearned for her." He finally decides to marry her, not to silence her, but to possess her entire being. But Fowler and Mabel are too different in every way. Fowler, a middle-aged rich man, is a Sunday School superintendent. Mabel, a young employee in a night club, is a kind of prostitute. His love-hate struggle begins. Her way of life irritates him. He cannot understand why she can go out for drinks, spend with a young man, and receive frequent phone calls in so tolerant way. Her degraded way of life reminds him of his own dead mother, for Mabel is so much alike the retained image of his mother. Mabel forced his son to live in constant terror of violence, by allowing him to watch her making love with many men. His mother made Fowler feel afraid and ashamed of men, with whom she had gone out even when Fowler had been ill in bed. He would have liked his mother to love him. He realizes that Tony was psychologically crippled. Combined love and hate of this sort ends in a kind of delirium, which brings about a desperate murder of Mabel. It is the only way he can possess her, and at the same time disown the retained image of his mother.

Four problems are presented to us in the story of Erskine Fowler. The first problem is on crime and guilt. Wright asks us which is guilty of Tony’s death, Fowler or Mabel, in a true sense, and which is to be blamed for the murder of Mabel, Erskine or his mother. For Tony’s death, Fowler is not to be blamed only because the death is accidental. But he is to blame both in the sense that after the accident he has “a wish that Tony died instantly upon his impact with pavement" for fear of being accused, and in the sense that he substitutes his faults for his self-complacent sense of mission. It is, however, not Fowler but Mabel who is to be blamed in a true sense, for She forced Tony to live in constant terror of violence. Of Mabel’s death Fowler is guilty, for he likes to possess her through the offense of the murder. But it is his dead mother who is to be blamed in a true sense, for it is the retained image of his mother that drives him into the murder of Mabel.

The second problem is on “mother." In the story Fowler has attempted to repudiate his mother’s image to disown the haunted image of his dead mother, placing the real murder on another level. The problem is another angle of The Outsider, in which Wright repudiates his psychological past throw Cross Damon who repudiates his mother on intellectual grounds. The third problem is on religion. In this work Fowler has tried to redeem himself by substituting his faults for a sense of mission. His religion adds to him even another anxiety without reducing his irritation. The depictions reflect on his mockery of the blindness of the men and on his implicit protests against Christianity.

The last problem is on freedom. It is not until he is fired from his job that he realizes what his freedom is. As Constance Webb points out, “his freedom has lain within the context of a job, a church, Ivy League clothes, money in the bank and an East Side address." (Webb, 316)

It is the problem of “a man struggling mightily to free his personality from the daily and hourly encroachments of American" with which Wright already deals in Native Son.

From these considerations we draw the conclusion that the story of Erskine Fowler is his new attempt of “completely non-racial, dealing with crime," in which he tries to step beyond racial protests.

3.4  Rex Tucker who is “leaving" for Paris

The Long Dream 表紙

“You scared, Papa! You scared too! Just like me!"32 Fish (Rex’s nick name) exclaims to his father Tyree, when he is released from the jail, where he has been put under the charge of trespassing into the white territory. What makes Fish call his father scared? Before the jail house trouble, Fish has a bitter experience. It is the lynching of Chris by the white mob. The lynch teaches Fish what a “race fight" means. In the “race fight" he sees his father trembling and scared in the face of the whites. The sight of his father makes him feel a nameless hatred toward his father. In the jail his father’s “act" before the whites makes Fish feel so humiliated that Fish comes to feel that he has no “father." Fish feels more shameful when his father says as follows: “A white man always wants to see a black man either crying or grinning. I can’t cry, ain’t crying type. So I grin and git anything I want." (142) Fish thus calls his father scared, casting reproach on his Uncle Tom’s role in the face of the whites. Tyree, however, does not keep silent when he is called a coward by his son. Tyree forces his son to answer whether Fish is to obey his father, saying, “Boy, look at what I done with my life! I’m black, but do you hear me whining about it? Hell, naw! I’m a man! I got a business, a home, property, money in the bank…." Tyree’s fury is unbridled enough to make Fish obey. Contented his son’s submission, Tyree takes his son to a whore house, where Fish sees another side of his father. He discovers that Tyree owns the whore house with the permission of the chief of the police and exploits the poor blacks by renting houses; Tyree is a cruel exploiter and a powerful leader of the black community; Tyree can handle with the chief of the police. Tyree guides his son to the white world, by giving the following warnings: “You are nothing because you are black, and proof of your being nothing is that if you touch a white woman, you’ll be killed." (157) The mob lynch and the jail house trouble enable Fish to see the ambivalance of Tyree’s personality, which initiates Fish from a boy to a man.

The most cruel incident Fish has experienced is the big fire of the whore house, which kills 42 people. The fire put Tyree and Cantley, the chief of the police, into a serious crisis, for Tyree runs the house, while neglecting the warning of the fire department and Cantley has continued to snatch bribes from Tyree for ten years. Tyree feels intuitively that Cantley is to escape from the crime because of being white, and that Tyree is fated to be a scapegoat because of being black. The desperate feeling urges Tyree to threaten Cantley with canceled checks, the only proof of the bribes. Tyree asks Cantley to put “six niggers" on the jury in his trial. The sight of two Tyrees – “a Tyree resolved unto death to save himself and yet daring not to act out his resolve" and “a make-believe Tyree, begging, weeping"-makes Fish feel something obscene. Cantley promises to help Tyree, but Tyree instinctively feels his own fate and makes a desperate rebellion against Cantley – he takes ,the checks to a white lawyer, McWilliams, and tells him as follows:

'I ain’t corrupt. I’m a nigger. Niggers ain’t corrupt. Niggers ain’t got no rights but them they buy….for years I done bought me rights from the white man and I done built a business….Now the same men who sold me rights ask me to give ’em all my money’ (273)

This is Tyree’s last desperate fight against the whites, which makes Fish feel as if Tyree “had draped about his shoulders an invisible cloak of authority,…" (284) Tyree, after all, is framed and shot to death by Cantley. After Tyree’s death, Fish is also framed and forced to stay in jail for two years by Cantley, for he is afraid of Fish’s checks which his father left for him. In the jail Fish finds himself acting an “act" before the whites as his father did. He realizes that his father has already become “shadow of himself." When Fish is released from the jail, Cantley advises Fish to take over Tyree, but Fish makes up his mind to flee Paris where “folks don’t look mad at you just cause you are black" (360) and says a farewell to his dead father: “Papa! I’m leaving….I can’t make it here." (377)

In this work Wright’s effort is focused on the father-son relationship between Tyree and Fish-Tyree who lives his own life, grinning, and Fish who grows up to be a man under his father’s guidance. The chief aim is made to depict the reason why Fish should leave his native South for Paris. The depictions show us that “Fishbelly’s dream of identifying with white values can never be realized under existing circumstances." (Art, 151) Though in this work Wright sets the plot in the South as in Uncle Tom’s Children which is written with his aim of active protests against the white brutality, this work is not the same in motive with Uncle Tom’s Children. It is because this work is written in view with the aim of Part I of the trilogy, in which Fish’s life in non-racial situation is to be portrayed in details. The view is confirmed with the fact that another part of the trilogy was published in three years after Wright’s death, in which the exile life of Fish was to present itself.

The conclusion we arrive at is that the story of Rex Tucker is “a solid foundation for his new departure" (Quest, 475), in which Wright tries to step beyond racial protests.

Chapter IV

 Conclusion

 In Uncle Tom’s Children Wright shouts strong protests especially against the whites by depicting Big Boy and others who are not in the nature of an “Uncle Tom," with emphasis laid on the terror of direct white oppression in the rural South. In the work he shows his profound pity toward his own race by giving a picture of the new generation who obstinately cling to their humanity in their different ways in the face of the white brutality, with hope laid on the liberation of the oppressed blacks. In Lawd Today, contemporary with Uncle Tom’s Children, he also makes protests against the whites by portraying Jake Jackson dejected by the subtle segregation in Chicago and spoiled by blind materialism, with weight given to the brutalization of black life in the urban North. In the work he gives warnings toward his own race by giving a clear picture of ordinary black workers unaware of what they are, with emphasis to “the necessity for political education to make the masses aware of their plight." Both works are based on his following conviction stated in “Blueprint for Negro Writing" (1937):

…for the Negro writer, Marxism is but the starting point. No theory of life can take the place of life. After Marxism has laid bare the skelton of society, there remains the task of the writer to plant flesh upon those bones out of his will to live. He may, with disgust and revulsion, say no and depict the horrors of capitalism encroaching upon the human being. Or he may, with hope and passion, say yes and depict the faint stirrings of a new emerging life.33

Following his “blueprint," Wright depicts “the faint stirring of a new emerging life" in Uncle Tom’s Children “with hope and passion." While in Lawd Today he depicts “the horrors of capitalism encroaching upon the human being" “with disgust and revulsion."

The intensity of the protests and warnings shown in the two works increases in Native Son. Through the story Bigger Thomas who is finally driven into the offense of the murder of a white girl and a black girl, Wright both directs active protests against the whites and extends passive warnings toward the blacks. The combined protests and warnings confirm us that Bigger is a native son America has produced, and that both the blacks and the whites are blinded by too heavy daily and hourly encroachments to realize what they are. In the sense the following comment given by Felgar is to the point: “They (Negroes) did not want to believe that the America they loved had bred these pollutions of oppression into their blood and bone. Similarly whites did not and do not want to acknowledge what their racism has produced."34 The protests in Native Son are overwhelming enough in their power to extract their reluctant admission from both the blacks and the whites, but to our regret, the story makes us feel something important lacking. It is because the solution of the existing plight does not suggest itself to us in spite of a skillful presentation of the cause and the effect of the plight; Bigger, though he becomes aware of his identity by way of the offense of the murder, “still has not resolved the problem of how to get along in this world." (Hero, 94)

In the three works too much weight given to “those moments when the black and white worlds interact with, or react to, each other" (Works, 28) keeps Wright from depicting what blackness is; though he clearly portrays what racism has produced and what the blacks are, Wright does not pay much attention to what blackness means and how the blacks should live in the absurd world. On the contrary, in “The Man Who Lived Underground" Wright gives more weight to what blackness is than to what racism has produced, by depicting Fred Daniels who has gained his self-consciousness and new perspective in the underground where he hides because of being wrongly accused by the authorities. In the story of the hero he makes it clear that “the black man can recognize the absurdity of the world more rapidly than others" because he is both part of America and excluded from it by racism. Wright makes an attempt to step, beyond mere racial protests by carrying his eyes from what racism has produced to what blackness means – from the present situation which has been brought about by the past one to the present situation which is to bring about the future one. This view is confirmed by the fact that Wright made the following remark about this work in his letter to Reynolds on December 13, 1941: “It is the first time I’ve really tried to step beyond the straight black-white stuff…." (Quest, 240)

The “underground" perspective gained by Fred extends far and wide in The Outsider in its presentation of the hero, Cross Damon, who has tried to get along in the world where he can no longer find any meaning or any value. In the story he makes it more clear that the oppressed blacks are to be gifted with a “double vision" with which they are going to be both inside and outside of American culture at the same time. It is his manifestation of the serious quest for what blackness means. In the sense The Outsider is his new attempt to “achieve universality by concentrating on the specific, by dealing with his experience."

In Savage Holiday he handles with the matter of crime and guilt by portraying the white hero, Erskine Fowler, who is driven into the murder of a woman so as to disown and forget the retained image of his mother. In this work he makes a new attempt by dealing with only white characters, not black ones, in which he tries to step beyond racial protests.

In The Long Dream Wright makes a new attempt by depicting Rex Tucker who is to leave his native South for Paris. The work is written with the aim of Part One of the planned trilogy in view, in which the exile life of the hero is to be portrayed in details in non-racial circumstances.

All this taken into consideration, we conclude that Richard Wright is not a mere protest writer on racism, but a writer who has tried to step beyond racial protests by carrying his eyes from what racism has produced to what blackness means.

Notes

1 There are two editions of Uncle Tom’s Children (1938 and 1940). The former includes four short stories, “Big Boy Leaves Home," “Down by the Riverside," “Long Black Song," and “Fire and Cloud." The latter includes the four stories and “Bright and Morning Star" and “The Ethics of Living Jim Crow, an Autobiographical Sketch."

2 Lawd Today is written in the 1930’s and published posthumously in 1963.

3 “The Man Who Lived Underground" is published first in Cross Section and later included in Eight Men (1961). In 1942 two excerpts of the first draft are published in Accent under the same title.

4 Herbert Hill says in “Uncle Tom, an Enduring Myth,” in The Crisis, LXXII (May, 1965), p. 289 that an Uncle Tom is a black man who behaves without self-respect and dignity and without racial pride in relation to white persons and controlled institutions.

5 Big Boy is the hero in “Big Boy Leaves Home,” first published in The New Caravan (1936), and later included in both editions (1938 and 1940).

6 Mann is the hero in “Down by the Riverside," included in both editions.

7 Richard Wright, Uncle Tom’s Children (1940; rpt. New York: Perennial Library, 1965), p. 102; all subsequent page references to this work will appear in parentheses in this paper.

8 Sarah is the heroine in “Long Black Song," included in both editions.

9 Dan Taylor is the hero in “Fire and Cloud," first published in Story Magazine, No. 12 (March, 1938), and later included in both editions.

10 Sue is the heroine in “Blight and Morning Star," first published in New Masses, No.27 (May 10, 1938), secondly included in 1940 edition, and finally published in booklet form by International Publishers in 1941.

11 Edward Margolies, The Art of Richard Wright (Carbondale: Southern Illinois Press, 1969), P. 73. hereafter cited as Art.

12 In his autobiographical sketches “the Ethics of Living Jim Crow," first published in American Stuff (New York, 1937), and later inched in Uncle Tom’s Children (1940 edition), Wright depicts his bitter experiences in the Jim Crow South.

13 Richard Wright, Lawd Today (New York: Walker and Company, 1963), pp. 130-131; all subsequent page references to this work will appear in parentheses in this paper.

14 Katherine Fishburn, Richard Wright is Hero: The Faces of a Rebel Victim (Metuchen: The Scarecrow Press, 1977), p. 56; hereafter cited as Hero.

15 Russell Carl Brignano, Richard Wright: An Introduction to the Man and His Works (Pittsbisgh: Unversity of Pittsburgh Press, 1970), p. 25; hereafter cited as Works.

16 Michel Fabre, The Unfinished Quest of Richard Wright, tra. Isabel Barzun (New York: William Morrow, 1973), p. 155; hereafter cited as Quest.

17 Richard Wright, Native Son (New York: Harper & Brothers, 1940), p. 194; all subsequent page references to this work will appear in parentheses in this paper.

18 Bigger went to see the Daltons with his gun and knife at first, but after tie murder he did not carry them with him.

19 Saunder Redding, “The Alien Land of Richard Wright," in Soon, One Morning: New Writing by American Negroes, 1940-1962 (New York: Alfred. A. Knopf, 1963), p. 53.

20 Richard Wright, “Why I Selected 'How Bigger Was Born, '" in This Is My Best, ed. Whit Burnett (Philadelphia: Blackstone & Grayson, 1942), p. 448.

21 Constance Webb, Richard Wright: The Biography of a Major Figure in American Literature (New York: G. P. Putnum’s Sons, 1968), p. 175; hereafter cited as Webb.

22 James Nagal, “Image of 'Vision’ in Native Son," University Review, 36 (December, 1969), pp. 109-115; rpt. in Critical Essays on Richard Wright, ed. Yoshinobu Hakutani (Boston: G. K. Hall, 1982), p. 157.

23 Richard Wright, “The Man Who Lived Underground," in Cross Section, ed. Edwin Seaver (New York: Fisher, 1944), p. 58; all subsequent page references to this work will appear in parentheses in this paper.

24 Robert Felgar, Richard Wright (Boston: Twayne, 1980), p. 157.

25 Shirley Meyer, “The Identity of 'The Man Who Lived Underground, “' in Negro American Literature Forum, IV, 2 (July, 1970), p. 52; hereafter cited as “Identity."

26 Richard Wright, White Man Listen! (1957; rpt. New York: Anchor, 1964), p. 16.

27 Herbert Hill, ed., “Introduction," in Soon, One Morning: New Writing American Negroes, 1940-1960 (New York: Alfred A. Knopf, 1963), p. 8

28 Richard Wright, The Outsider (1953; rpt. New York and Evanston: Perennial Library, 1965), p.289; all subsequent page references to this work will appears in parentheses in this paper.

29 Granville Hicks, “The Portrait of a Man Searching," New York Times Book Review (March 22, 1953), pp. 1, 35; rpt. in Richard Wright: The Critical Reception, ed. John M. Reilly (n.p.: Burt Franklin, 1978), p. 198.

30 Michel Fabre, “Richard Wright, French Existentialism, and The Outsider," in Critical Essays, p. 185.

31 Richard Wright, Savage Holiday (1954; rpt. New Jersey: Chatham, 1975), p. 30; all subsequent page references to this work will appear in parentheses in this paper.

32 Richard Wright, The Long Dream (1958; rpt. Chatham: The Chatham Bookseller, 1969), p. 145; all subsequent page references to this work will appear in parentheses in this paper.

33 Richard Wright, 'Blueprint far Negro Writing," New Challenge, II (Fall, 1937), pp. 53-65; rpt. in Richard Wright Reader, ed. E. Wright & M. Fabre (New York: Harper & Row, 1978), p. 44.

34 Felgar, p. 98.

Bibliography

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ソルボンヌを背景に家族とファーブルさん(1992年パリ)

執筆年

1982年

収録・公開

Master thesis, Hyogo University of Teachers’ Education
(未出版、兵庫教育大学付属図書館所蔵)

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Richard Wright and His World (164KB)

1976~89年の執筆物

概要

死後出版の Lawd Today の作品論です。死後出版ですが、シカゴ時代に書かれたものです。習作の域を出ないという評もありますが、文章に勢いがあります。 Native SonBlack Boy を生む直前の作品です。虐げる側への反感と同じくらい、虐げられることに慣れてしまっている人たちへの反発も大きかったのですが、日常を克明に描くことでその反発を表現したかったのでしょう。

「黒人研究」54号33-38ペイジ

本文

リチャード・ライトと『ひでえ日だ』

(Ⅰ)

死後出版ではあるが、リチャード・ライトの最初の長編小説とされる『ひでえ日だ』(Lawd Today, 1963) には、大都市シカゴのサウスサイドに住むある黒人郵便局員を通じて、人種主義を孕むアメリカ資本主義体制が生んだ物質中心文化に毒された黒人労働者の姿が克明に描かれている。そこには、そのような人間を生み出したアメリカ社会に対する激しい抗議と、虐げられ、搾取されながら、なお自分達の窮状に気付かない黒人労働者層への厳しい警告が含まれている。作品自体、多くの批評家が指摘するように習作には違いないが、充分に評価に堪え得る価値と独自性を備えており、その作品を抜きにしてリチャード・ライトと作品の正当な理解はあり得ないというのが本論の骨子である。

(Ⅱ)

ライトは『ひでえ日だ』を希望に燃え、情熱の炎を燃やしながら書いたのではない。或いは、主人公ジェイク・ジャクソンに共感を覚えながら同情して描いたのでもない。いや、反感と嫌悪感から「そうではない!」と心の中で叫びながら敢えてこの小説を描いて見せたのである。

ライトは『ひでえ日だ』の舞台を北部の大都市シカゴに、時を1930年代、リンカーン生誕記念日の2月12日に、そして主人公を黒人居住地区に住む郵便局員の黒人青年に設定した。しかも「もし、リチャード・ライトがジェイクを描いてくれていなかったら、大ぜいの人の中に居れば、こちらに何の責任もなく他の人と区別の仕様がないひとりの黒人としてその人を見過ごしてしまっていたかも知れない」1 という評がぴったりする程極くありふれた黒人青年を敢えて主人公に選んでいる。

又、時をリンカーン生誕記念日に設定したが、主人公ジェイクにとっての「記念日」を必ずしも特別の1日としたのではなく、むしろ極く「ありきたりな」1日として設定したのである。しかも、その1日も、厳密に言えば、目覚めのラジオ放送の流れる朝8時頃から、酔っ払ったジェイクが傷を負って眠り込んでしまう翌日の暁方4時頃までの僅か20時間程の「1日」である。

その「1日」の筋立てには「ビッグ・ボーイは故郷を去る」(1936)の中のリンチ場面に描かれた様な強烈さもなければ、『アメリカの息子』(1940)で描かれたような事件の慌しさもない。主人公が、いつものように朝起きて、妻と痴話喧嘩をしながら朝食を取り、身支度をして仕事に出る。チェック・インまでの暇つぶしに、街をぶらついたりブリッジに興じたりする。局での8時間の仕事をいやいや終え、憂さ晴らしに安酒場へ繰り出すが、前借りした大金をすられた挙句袋叩きにあい、寒空の下に放り出されてしまう。何とか家に辿り着き、酔った勢いで妻にからんで行くが、逆に怪我を負わされて酔いつぶれてしまう。只それだけの、これと言って取り立てる程のこともない筋立てである。見方によれば、筋立てらしい筋立てがないと言えるかも知れない。

更に又、主な登場人物はと言えば、主人公のジェイクと妻リル、それに1日ジェイクにつき合った3人の友人ボブ、アル、スリムくらいなものである。

それらを考え合わせてみれば、ライトは大都市シカゴのどこにでも居る黒人青年の、ありきたりの1日の、取り立てて言う程のこともない話を敢えて取り上げ、それを延々189ペイジに渡って綴ったことになる。しかも、「現実」から目をそらさないで、第3者に語らせる形式を取り、客観的に、冷静に、微に入り細に入り、この小説を書き上げたのであるが、まさにその点にこそ、この作品の独自性が潜んでいる。そこには、「あらゆる毛穴やにきびまでもを情け容赦なく写し出すために急に像を拡大」2 したような現実がある。目をそむけたくても、そむけるだけでは済まし切れない現実が描き出されている。

ライトは物語の最初にジェイクとリルの夫婦喧嘩の場面を持って来て読者にある象徴的なイメージを投げかけている。

ラジオ放送に起こされたジェイクは機嫌が悪い。リルと牛乳配達人との楽しげな会話が気になって仕様がない。甲高い笑い声さえ聞える。堪り兼ねて台所に顔を出すと、牛乳配達の青年は、ばつ悪そうにそそくさと帰って行った。こうして痴話喧嘩が始まる-

「俺は馬鹿じゃねえ・・・・・・・てめえ、俺を見くびるんじゃねえぞ。」

「あんたを見くびったりしてないわよ。」

「奴の喋る事が俺に聞えんようにラジオをつけたんだろう。」

-(中略)-

「後生だから、そんな馬鹿は言わないで、ジェイク。」

「俺を馬鹿呼ばわりするな。」

「バカだと言ったんじゃないわ。」

「俺への口のきき方には気をつけろ。」

「ものごとはちゃんと見て欲しいわ。」

「ちゃんと見てるからお前のやってることがわかるんだ。」3

言葉尻を捕えての詰り合いは側目には滑稽だが、本人達は真剣である。横柄なジェイクにリルも負けてはいない。牛乳配達人との仲を勘ぐられたリルは「あんたが思っているようなことの出来る体じゃないってこと、あんたが一番よく知ってるじゃないの。」(15)とやり返す。ジェイクには、もぐりの医者と組んでリルを騙し、堕胎手術を受けさせたという弱みがあった。手術後の調子が悪くて病院でのつけは500ドルに達していた。盲腸の手術に新たに500ドルが要るという。「もし払わなかったら、先生、あんたの仕事、辞めさせるかも知れないわ。」(17)と脅して来た。夫には妻を扶養する義務があり、もし養ってくれなげれば局の監査課に直訴すると言う。過去に2度直訴されており、今度直訴されたら、職を失うと勧告されている。「お前なんか要らん」「あんたなんか要らないわ」とやり合って、リルが「もうあたいに喋りかけないでよ。」(19)と言った時、ジェイクの堪忍袋の緒が切れた。平手打ちを食らわせ、横腹を蹴り、左手を背中にねじり上げてしまった,冒頭の1章20ペイジまでの場面である。(最後の場面に於いても、ジェイクは酒の勢いを借りてリルに襲いかかっている。)

『アメリカの息子』(1940)のねずみ撲殺の場面や「地下にひそむ男」(1944)のマンホールをめぐる場面などの冒頭部分でもそうであったように、この夫婦喧嘩の場面には、何か主題に深く係わる象徴的なイメージが含まれている。4

その象徴的なイメージを解く一つの手掛りを『アウトサイダー』(1953)の一節が与えてくれる。主人公クロスはジェイクと違って、シカゴ大学中退のインテリだが、同じく郵便局に勤める黒人青年である。不仲の妻と別居中、酒びたりで本ばかり読むクロスを友人ボブがからかう場面である-

「誰かがクロスは連邦政府の真似をしようとしてるって言ってたぜ。」とジョーが始めた。

「クロスの悩んでいる問題は、奴の4Aだってさ。アルコ―ル。堕胎。車。それと別居手当よ。」5

僅か19才のリルに堕胎をさせ、アルコールのカを借りて妻を撲り、家財道具を壊して怪我を負う。「あんたなんか要らないわ。養ってくれさえすればいいのよ」と妻に毒づかれジェイクが別居手当を払うのも時間の問題である。ジョー流に言えば、ジェイクも又、クロスと同様に、連邦政府の4A政策の「真似」をしていたわけで、このシーンを用いて、ライトはジェイクを通して1930年代当時のアメリカが抱える「問題」の、言い換えれば、アメリカ資本主義体制が生み出した「現象」のイメージを象徴的に読者に投げかけたのである。そのイメージはジェイクを通じでの克明な人物描写によって肉付けされ、物語が進むにつれて次第にはっきりした形を取って行く。

ジェイクは自らの泣き所を逆撫でされて妻に暴力をふるったが、暴力は「堕胎」の一件以来妻に信用されなくなったジェイクの憤懣の吐け口でもあった。勿論、妻に手を出せばどうなるかは充分承知してはいたが、結局は自分を抑え切ることが出来なかったのである。それでも心得たもので、妻の「直訴」に備えて、早速サウスサイドの顔役でもある理髪店主の黒人ドック・ヒギンズの所へ出向いている、いつものように監査課の白人役人に鼻ぐすりを効かせてくれと頼み込んだのである。案の定、仕事場で監査課からの呼び出しを受け、苦しい弁解を並べ立てる窮地に追い込まれたが、手筈通りドックの電話の助けを借りて何とか解雇されることだけは免れている。その代償が75ドル、今回で3度目のことである。

外出の直前にジェイクは妻から生活費がないと訴えられたが、3日前にリルに手渡した額は2ドル。「つけで買え」とジェイクは威勢がよかったが、リルはもうこれ以上どこもつけでなんか売ってくれないわと言う。医者へのつけが既に500ドル、新たに手術すればもう500ドル、「家具代に、部屋代にガス代に電気代にボストン・ストアの代金に保険代に牛乳代」(21)、そんなことを考えながら、ジェイクは「リルへの憎しみの涙と自分自身への憐れみの涙」で目をうるませる。ジェイクは、妻との仲だけでなく、金銭面に於いても、抜け出せない泥沼にどっぷりとつかっていたのである。

そんな涙の乾かぬうちに、ジェイクはせっせと身支度にとりかかる。側目には滑稽な程、時間と労力を費している。長年の「朝の大仕事」の髪については手慣れたもので、先ず、髪にたっぷり水をつけて櫛で3分間、縮れた毛と「格闘」する。次に、くるみくらいの大きさの黄色いポマードを手のひらに伸し、髪に塗りつけ、しっかりと毛を押えつけた上、拳骨で叩く。既にその頃には鼻息も荒くなっているが、休まず再び櫛を使って髪を整える。御本人は鏡を覗き込んで「もしこの上にはえが止まりでもしたら、きっと滑って首の骨を折るぜ」(25)と御満悦だ。あとは1時間、妻のストッキングを切って拵えた帽子を被ればおしまいである。(今朝も、これが最後のだからつぶさないでと懇願するリルから腕ずくで奪ったストッキングを被ったのだが。)

次は服装である。10着のスーツから、今日はグリーンのものを選んだ。それに合わせて茶色の革靴、藤色のワイシャツに黄色のネクタイである。指には模造品のルビーの指輪、胸のポケットには紫色の刺繍が入ったオレンジ色のハンカチ、あとはコートの襟にすみれの香りのする香水をふりかけて出来あがりである。(おそらく、それらは総て「ボストン・ストア」から月賦で買い込んだものばかりに違いない。)

身だしなみを整えたジェイクの行き先は,主にナンバー賭博場、ドックの理髪店、友人のアパート、仕事場、それにローズという女の居る安酒場くらいのものであった。ナンバー賭博場では、例の如く賭けた2ドルをすってしまったが、これからは二度と足を運ぶまいという誓いをたてた。ドックの店では足もとを見られて75ドルも巻き上げられるはめになった。どこか他の所へ行きたいとは思いながらも、結局は適当な場所が見つからず、いつものように足の向いた所がボブのアパートであった。それでも、友人達とブリッジをやりながら、ゲームの緊迫した雰囲気の中で、その日初めて充実感を味わうのであった。安酒場では、腹一杯飲んで食べた後、女に言い寄って一夜の契約が成立したかに見えたが、女の口車に乗せられて見せびらかしたのが禍して100ドルの大半をすられた挙句、袋叩きにまであってしまった。その100ドルも、20ドルもの高い利子を払わされて給料から前借りしたものだが、交代でおごり合いをしている仲間への飲み代が調達出来なかったというのが、借りたそもそもの理由である。

そんなジェイクを失業中ではあるが黒人解放に燃える共産党員デュークに、ドックが次のような紹介をする。

「ここに立派なしっかりした仕事に就いている分別ある若者が居る。君と同じ年令の青年だ。こいつに聞いてみるといい。おい、ジェイク、このうるせえ世間知らずに何か言ってやれ」(54)

ドックの「分別ある若者」という紹介に胸を張るジェイクが、読者には「滑稽」を通り越して、むしろ「哀れ」にさえ映る。

冷徹な第3者の目を通して描かれたジェイクは粗暴で、経済観念に乏しく、短絡的で、虚栄心が強く、安易に享楽に身をまかせがちな人物である。そんなジェイクは言わばアメリカ資本主義の生んだ「問題児」なのだが、ライトはジェイクを白人、黒人をも含めた一般のアメリカ人として描いたのではない。あくまで黒人として、それも、かつて自由にあこがれて南部を捨て北部にやって来た黒人として描いている。

ジョー・ルイスやジャック・ジョンソンの事を誇らしげに友人と話すジェィクは、紛れもない黒人である。ジェイクは同じ職場で働く白人を見遣りながら「黒人が郵便局の仕事に就いたらもう頂上に着いてしまったことになるのさ」(103)、「そうさ、白人の奴ら、景気さえよけりゃ、こんな仕事、したがったりゃしなかったぜ」、「白人の奴ら、誰一人として夜働いたり、こんな挨を吸いたがらなかったぜ」、「いま不況が続いているから、奴ら俺達をクビにしたがっているのさ」(156)と友人達と嘆き合う。更に、南部の昔を懐しく思い出しながら「北部と南部の唯一の違いは、南部じゃ、奴ら、俺達をその場で殺そうとするが、ここ北部じゃ俺達を餓え死にさせようとしやがるぜ」、「全くぅ、じわじわ死ぬくらいなら、ぱあーっと死んだ方がましだぜ」とこぼし合う。そんなジェイクは法律にこそ明記されてはいないが、巧妙で目に見えない北部のジム・クロウ体制が確かに身に汲み込んでいる黒人労働者である。その意味では、虐げられ、搾取されている側の人間に間違いないのだ。

しかし、ものの見方、考え方は果たしてどうだったのだろうか。ライトは、リルと或いは3人の友人と語らせることによってジェイクの考え方を明らかにしている。

ジェイクは、朝食の際、新聞に目を通しながらリルと次の様な会話を交す-

「人々は、ここ北部でも飢えてるのよ。」

「ふん、わかった風な口をきくな。」

「新聞でそう書いてあるわ。」

「この国じぁ、怠け者の他は飢えたりはせん。」

「でも、仕事がないのよ」

「奴ら、働きたくないのさ。」

「あの人たち、この前黒人を焼き殺したわ。」

「誰がだって?」

「この国の白人たちよ。」

「うるせえ。自分の言ってることがわかってるのか。」

「でも、奴らはやったのよ。」

「なんでわかるんだ。」

「新聞にあったわ。」

「ふん、南部のことじゃねえかよ。」

「でも、南部もこの国の一部よ。」

「おまえ、アカか?」(31-32)

又、昨今の移民の激増に大いに不満げな様子で、リルに向って「もし政府が奴らを締め出し続けてたら、俺たち黒人の今の暮らし向きだってずっといい筈だぜ」(31)とジェイクは言う。

更に、3人の友人とブリッジをやりながら、白人のある金持ち婦人が南部のある大学に百万ドルの寄付をしたことを話題にして「俺達黒人は金持の役人にしがみつくべきだと俺はいつも言ってたのさ」(58)と言った上、党活動に熱中するデュークを持ち出して「奴はおかしいぜ」と非難する。(ドックの店でジェイクは、黒人達が飢えに苦しんでいる現実を必死に訴えるデュークに10セント硬貨を取り出しながら「おまえ、腹が減っているのか」(55)とからかった上、おまえは党に利用されているだけで,要らなくなったら捨てられるだけだと罵っている。)

そのように語るジェイクの考え方が「白人中産階級の見方」6 かどうかは別にしても、少なくとも現に搾取されている労働者の、或いは虐げられている黒人の側に立つ人間の持つ考え方ではない。実はライトが本当に問題にしたかったのは、既に取り上げたジェイクの外から見える現象面もさることながら、むしろそれらの現象面下に潜む、換言すれば、「現象」を導き出したジェイク自身のこれらの物の考え方だったのである。中でも、ライトが最も反発し、反感を覚えたのは、側目から見ればどう仕様もないと見える程の窮地に居ながら、本人にその自覚がない点である。口では将来の希望のなさや自分の不運を嘆きながら、ジェイクは自分に対して、或いは自分の現在に対してまんざらでもないという気持ちを抱き、結構楽しみ方を心得ている。酒を飲んだり、プリッジをやったり、互いに相手の家族についての悪口を言い交すダズンズを楽しんだり、5ドルも出して買ったというエロ写真に歓声を上げたり・・・・・・ジェイクなりに日頃の憤懣を解消する術を充分に心得ているのだ。大金をすられ、袋叩きにあった後でさえ、居酒屋で一杯ひっかけ「ともかく、結構楽しかったぜ」と言いながら、又ウィスキーを回し飲み・・・・・・独りになって残された僅か85セントの金を見て、ドックに支払わなきゃならないしと思いながら「しかし飲んで浮かれりゃ、浮かれ馬鹿だったのさ!」(185)と声を限りにわめき散らす。そんなジェイクに悲愴感はない。明日は明日で何とかなるさという楽観があるのだ。「堕胎」の件以来、自らの不運を嘆き、慰めを求めて宗教書に耽るリルをジェイクは罵るのだが、逃避の手段としてのリルの「宗教」と憤懣の吐け口としてのジェイクの「酒」或いは「享楽」とに一体どんな差異があると言うのだろう。実は「セックス」と「宗教」は、ライト自身が常々指摘していたように、隔離された窮状の実態を見えなくする体制側の強力な手段に他ならなかったのだ。7 図書館を「ピクニック」の場と考えるジェイクには現実を認識するための教育の「必要性」など無縁のものである。8

ジェイクに対するその反感が、あくまで第3者の立場からの容赦のない「現実」の描写の原動力となっているのだが、そう考えてみれば『ひでえ日だ』はライトの同胞黒人の真の解放を願う悲痛な叫びであったと言える。

そのライトの叫びは、1930年代のシカゴのサウスサイドの実態を考えれば、尚一層真実みを帯びてくる。小説の中ではジェイクの人となりに焦点があてられていたので、ジェイクや友人のアパート、ドックの理髪店、安酒場などの場面で僅かに仄めかす程度にしか触れなかったが、作品の背景にかすかに見え隠れする環境のひどさを抜きにしてはこの物語を語ることは出来ない。後の作品で作者が取り扱ったシカゴのサウスサイドの「現実」が、その悲惨な実態をより明確なものにしてくれる。9

『アメリカの息子』の冒頭部にねずみを登場させたのは、ライト自身が実際にシカゴの街中をたくさんのねずみが走り回るのを見たり、就寝中の赤ん坊がねずみに噛まれたりという噂を聞いたり、新聞記事を読んだりしたことからヒントを得たものだと後に語っているが、それらは下水も含めた生活環境のひどさを象徴したものである。10 同書には、主人公が逃亡中に隠れていた廃屋の一室で、家族と共に住んでいたアパートを強制的に追い出された2日後にその建物が崩れ落ちた噂を耳にしたことを回想する場面が描かれているが、11それは取りもなおさず住宅事情の悪さを物語るものだ。同書には又、黒人居住地区で5セントで売られている同じパンが、すぐ向こうに見える白人居住地区では4セントで売られているのを主人公が苦々しげに見つめる場面があるが、12現実に黒人と白人との間には決して越える事の出来ない「ライン」があって、それがサウスサイドの経済状態をますます悪化させている実情を示唆したものである。

又、ライト自身、不況時に失職して移り住むことを余儀なくされたスラム街の部屋のあまりのひどさに、同行した母親が泣き出してしまったという体験について書き記しているが、その体験も現実のサウスサイドの悲惨さを如実に物語るものの一つである。13

中でも、ライトがサウスサイドの実態を最も強烈に描き出しているのは、写真家エドウィン・ロスカムとの共作『1200万の黒人の声』(1941)の一節であろう。元白人用の1戸を7部屋に区切って黒人に貸した「キチンネット」(簡易台所式アバート) の家賃の法外さについて述べたあとの次の件であるー

「キチンネットは我々の監獄であり、裁判なき我々への死刑宣告である・・・・・・

「キチンネットは空気が淀んで穢れ、30人かそれ以上の住人に対してトイレが1つ・・・・・・

「キチンネットは猩紅熱、赤痢、腸チフス、結核、淋病、梅毒、肺炎それに栄養失調の温床である。

「キチンネットは我々の間に余りにも広範に死をまき散らすので、今や死亡率は出生率を越えてしまっている・・・・・・

「キチンネットは混み合って、絶えず騒しいので、あらゆる種類の犯罪を誘発する場となっている・・・・・・

「キチンネットは伸び盛りの子供達の人格を挫いている・・・・・・

「キチンネットは未だ10代の田舎娘を都会の騒音やネオンに刺激されて落ち着きをなくした男たちと一緒に部屋に押し込んでいる。だから町の他のどの地区よりも多くの私生児を生んでいる。

「キチンネットは黒人の少年たちをいつも苛々させ何かしたいという気持にさせている。その結果、少年たちは家から飛び出し、他の落ち着きをなくした、徒党を組んだ少年たちと一緒になることになる・・・・・・14

そんな「現実」を目の当たりにしていたからこそ尚のこと、自らの窮状にも気付かず、享楽に身を費やし、安易に借金を重ねて収入を越えた生活に走る「中産階級化」された黒人労働者層を見るに忍びなかったのだ。ライトはどうしても「そうではない!」と叫びたかったであろうし、叫ばざるを得なかったであろう。

当時親しく交際し、ライトのよき理解者であったマーガレット・ウォーカーの次の手紙がその辺の事情を教えてくれる-

「私は日毎に『ひでえ日だ』の悲劇がますますわかり始めて来ました。私の目の前ではその通りなのです。あの本の賢明さとあの種の本の必要性が私にはわかります。あらゆるものがあなたの書かれた通りなのです。借金にお酒に欲求不満の女性、浅はかで、何にも気付かないで。酒にブリッジに収入以上の生活、歪んでて、大げさで。それが黒人達の暮しの一部なんです。あの人たちは本当に可哀そうだと思います。それでいて、あの人達の家に行かれたら、あの人達が楽しそうなのも、そんな贅沢な暮しをするのもあたりまえだときっとお考えになると思います。」15

(Ⅲ)

『ひでえ日だ』は『アンクル・トムの子供たち』(1938, 140)とほぼ並行して書かれている。北部の大都市シカゴのサウスサイドに蠢く黒人労働者層を扱った長編を描きながら、―方では南部を舞台に、白人の暴挙の世界で必死に生きようとする虐げられた黒人達を描いた短編を次々に書き上げていたわけである。それら2つの作品がほぼ完成していたと考えられる1937年にライトは「黒人の著作のための青写真」を発表している。それは「アフロ・アメリカンの著作に関するライトの理論を最も完全に、首尾一貫して述べたもの」16だが、生活苦と闘いながら、虐げられた同胞黒人の解放を願って共産党活動にも従事していた、当時のライトの生き方、考え方を次の一節がはっきりと浮き彫りにしてくれる-

・・・黒人作家にとり、マルキシズムはほんの出発点にすぎない。人生そのものに取って替わる人生論などあり得ない。マルキシズムによって、社会の骨組みがさらけ出されたら、後はその骨組みに自らの意志で肉付けをして生命を吹き込むという仕事が作家には残されている。作家は嫌悪感と反感を抱きながら「そうではない!」と断言して、人類を蝕みつつある資本主義のぞっとする恐しさを描くかも知れない。又、希望と情熱に燃え「そうだ!」と肯きながら、新たに生まれ来る生命の幽かな胎動を描くかも知れない。しかし、自らが選んで語るとすれば、たとえどんな社会的意見を述べるにせよ、それが積極的なものであれ、消極的なものであれ、その意見の中に、直接的に、或いは間接的に、作家は自分の信条を、自分の必然性を、そして自分の判断を、いつも語らねばならない。17

ライトは物質中心文明に毒され、ジム・クロウ体制の下で坐かれながら、尚自らの窮状に気付かない黒人労働者達を目の当たりにして「そうではない!」という「自分の判断を」、そんな現状を生み出したアメリカの実態を暴かねばならないという「自分の信条を」、そしてその様な窮状を正しく把握、認識出来る教育の必要性を思う「自分の必然性を」、この小説に託して「間接的に」語ったのである。

数々の出版拒否にあい、当時出版されることはなかったが、そのことでライトは二ューヨークに出る決心を固めた。そして『ひでえ日だ』の反感と『アンクル・トムの子供たち』の共感がやがてあの『アメリカの息子』を生む。

「過去」によってもたらされた「現在」を描いたライトが、やがては未来を生み出すべき「現在」を描き出そうとする、そんな後のライトの推移を考えるとき、「現在」を描いて余りあるこの「ひでえ日だ」は、ライト自身の出発点であると同時に、リチャード・ライトの人と作品の正当な理解への第一歩である、そう思えてならないのである。

<註>

1 Lewis Leary, “Lawd Today: Notes on Richard Wright’s First/Last Novel," CLA Journal, XV (June 1972), pp. 411-420; rpt. in Critical Essay on Richard Wright ed. Yoshinobu Hakutani (Boston: G. K. Hall, 1982), p. 166.

2 Leary, p. 166.

3 Richard Wright, Lawd Today (New York: Walker, 1963), pp. 14-15. これ以降の本書の引用については、括弧内にペイジ数を数字で示す。

4 Michel Fabre, The Unfinished Quest of Richard Wright, tra. Isabel Barzun (New York: William Morrow, 1973), p. 132. 出版されなかったが、のちにライトが一幕ものの戯曲を書くのにこの場面を用いたのも興味深い。

5 Richard  Wright, The Outsider (1953; rpt.New York and Evanston: Perennial Library, 1965),p. 3. (4A – Alcohol, Abortion, Automobile, and Alimony)

6 Leary, p. 160.

7 Cf. “The Ethics of Living Jim Crow, an Autobiographical Sketch,” American Stuff (Federal Writers’ Project anthology), New York,1937, pp. 39-52; rpt. in Uncle Tom’s Children (1940; rpt. New York: Harper & Row, 1965), p. 14.

8 Cf. Lawd Today, p. 62. 図書館で本を読む少年を見て、本の読みすぎは頭によくない、頭に虫がわくとジェイクは考えている。又、いつか弁当持参でピクニックに来て、そのことを友人に自慢してやろうという「妙案」を思いついている。

9 ライトは、この作品に当初は “Cesspool” (汚水溜) というタイトルを考えていたらしいが、当時のサウスサイドの環境のひどさと無縁ではないだろう。

10 Richard Wright, “How 'Bigger’ Was Born,” Saturday Review No. 22 (June 1, 1940), pp. 4-5,17-20; rpt. in Native Son (New York: Harper & Row, 1965), p. xxxiii.

11 Richard Wright, Native Son (New York: Harper & Brothers, 1940), p. 210.

12 Wright, Native Son, p. 211.

13 Fabre, p. 92

14 Richard Wright, 12 Million Black Voices: A Folk History of the Negro in the United States (1940; rpt. New York: Arno & The New York Times, 1969), pp. 106-111.

15 Fabre, p. 155.

16 Fabre, pp. 143-144.

17 Richard Wright, “Blueprint for Negro Writing,” New Challenge II (Fall, 1937), pp. 53-65; rpt. in Richard Wright Reader, ed. Ellen Wright & Michel Fabre (New York: Harper & Row,1978), P. 44.

 

 

 

 

 

 

12 Million Black Voices

執筆年

1984年

収録・公開

「黒人研究」54号33-38ペイジ

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リチャード・ライトと『ひでえ日だ』(140KB)

1976~89年の執筆物

概要

ライトがパリに移り住んで、普遍的なテーマを模索して書いた作品のひとつ Savage Holiday (『残酷な休日』)の作品論です。

普遍的なテーマを模索していたライトを知る上には欠かせない作品と位置づけて作品論を試みましたが、今から考えると、やはり作品自体に勢いがないように思えます。もともと、作家が逃げるような形でその地を離れて何かのテーマを追うのは、難しいのでしょう。この作品に関する論評や作品論なども少なく、日本にも紹介すべきだと考えて作品群の中で捉えようとしましたが、もともと芸術作品自体は自己充足的なもので、その作品に力のない限り、作品論にするのは限界がありました。たくさん取り上げた作品のなかでは、駄作だったと思います。どの作品も取り上げないと気が済まない、僕自身の性格のなせる業だったのでしょうか。ほろ苦い思いの残る作品論となりました。

「黒人研究」(1983) 53号1-4ペイジ。

本文

リチャード・ライトと『残酷な休日』

『残酷な休日』1Savage Holiday,1954)は、リチャード・ライト(Richard Wright, 1908-1960)がパリ亡命の後に出版した長編小説『アウトサイダー』(The Outsider,1953)の直ぐ後を受けて出された「白人を扱った」2中編小説である。「人種問題に係わりなく、罪そのものを扱った」3この作品は、主人公アースキン・ファウラー (Erskine Fowler)の“罪”にまつわる物語を通じて、過度の物質文明の発展に精神文明が伴なって行かない現状の中で、キリスト教を基盤にした西洋文明が、如何に社会に於ける個人の存在を蝕んでいるかという一面を描き出している。本論では、白人プロテスタントアースキンの犯した2度の罪を通して、ライトの描こうとした問題が一体何であったのか、又、それがライトにとってどの様な意味合いを持っていたのかを探って行きたい。

<トウニーの死> アースキンは、トウニー・ブレイク (Tony Blake) の墜落死を招き、その母親メイバル・ブレイク(Mabel Blake)をナイフで惨殺するという2度の犯罪を犯すが、この2つの犯罪は決して同じ次元のものではない。トウニーの死は言わば偶然の事故であった。アースキンが後に侮んだように、散らばった新聞を拾うために廊下に出た際、突然風が吹いてドアーが締ってさえいなかったら、或いは浴室の窓をよじ登って自室に戻ることを思い着いてバルコニーに駆け込みさえしていなかったら、或いはトウニーがバルコニーでそのとき遊んでさえいなかったら、おそらくトウニーが墜落などすることはなかっただろう。その意味では、墜落の責任が総てアースキンにあったわけではない。にもかかわらず、彼は警察に出向いては行かなかった。いや出向けなかったのである。その理由は事故の現場を誰にも目撃されずに、うまく自室に戻ることが出来たことにもよるが、何よりも保険会社の相談役であり、4万ドルの預金者であり、ロータリーの会員であり、日曜学校の校長である自分が、こともあろうに日曜日の朝に、うろたえながら裸で廊下を走りまわった挙句、バルコニーで遊んで居た5才の子供を誤って墜落死させてしまったなぞと到底他人には信じてもらえないと考えたからである。自首できなかった彼には、結局事実を隠し通すしか他に道は残されてはいなかった。勿論、トウニーに対する後ろめたさから良心の呵責に苛まれるが、現実にはトウニーが中途半端に生きて居るより、むしろ即死していてくれと願い、自分の運命が、すべてトウニーの落ちた一地点にかかっているとさえ考えたのである。その彼は、以後事故について他人に疑われはしないかと終始不安に苛まれることになるが、その時、彼の心の中には既に別の<不安>4 が見え隠れしていた。その不安とは、突然会社に見限られ、無理やり退職させられたことによって誘発されたものだった。確かに、彼は13才の時より43才に至る30年の間、心身を傾けて忠誠を尽し、自分の事以上に熟知した保険会社に突然見限られ、捨てられたことで表現出来ない程の疎外感を味わった。又、自分の後釜に事もあろうに、大学出たてのわずか23才にしかならない社長の愚息が座ると聞かされて憤慨もした。又、社長と副社長に退職のことで抗議を申し込んだ時、彼の唯一の誇りである仕事上の手腕を時代遅れだと非難されたばかりか、既に契約済みの退職金と年金、更に相談役として会社に残るという契約を楯に脅された末、退職記念会で会社発展の為のピエロ役を強要されたにもかかわらず、結局抵抗すら出来なかったという屈辱感を味わった。しかし、そんな疎外感や屈辱感よりも、もっと彼を苛立たせたのは、退職して自由になった今、一体自分自身をどう始末してよいのかわからないというところから来る不安感であった。平穏だったお決まりの生活に波風が立ち退職の噂が流れ始めて以来、彼の心の中には得体の知れぬ敵が見え隠れするようになっていた。平穏な生活を支えていた会社に捨てられて初めて、会社や教会や財産等を含む日常性の中に埋没させていた何ものかが頭をもたげ始め、心の中に不安感として広がり始めたのである。「毎週新たにもう丸6日間の日曜日が恐ろしく彼の前に姿を現わし、仕事中心の生活の中で長い間うまく閉じ込めでいた彼自身が拒んでいた部分に、何とか吐け口を見い出さなければならなくなった」5 のである。言い換えれば、今まで彼は仕事を含む平程無事な生活の中に、把み切れない自分や、触れたくない過去の自分の一切を封じ込め、自分自身と直接対話することをうまく避けて来たのである。彼が10年間遅刻すらしないで通い続けた教会を通じて、宗教の中に安らぎを求めたのも,やはり自分自身との対話からくる得体の知れぬ不安を隠すためであった。その意味では、彼にとって仕事と教会は得体の知れない不安を覆い隠すヴェールの役割を果たしていたと言える。自らの意思に反した退職を強要されたことによって感じ始めた不安は、言わばその不安を覆っていたヴェールが外的な力によって剥がされた為にもたらされたことになるが、トウニーの事故によって感じ始めた不安は、むしろ平穏な生活を支える役目をしていたヴェールそのものによってもたらされたと言ってよい。なぜなら、彼が裸の狂態を演じた末、隣家の少年を死に追い遣った事実を他人に信じてもらえないと考えたのも、又、その事実を隠し通す決心をしたのも、平穏な生活を支えていた社会的地位や財産のなせる業であったから。又、事実を隠し、人から嫌疑をかけられない様ように、いつも通りに正装をして教会に出かけたり、トウニーの事故の知らせを聞いて狂乱する母親や彼女を取りなす隣人達に何食わぬ顔で立ち振舞ったり、或いは、事件発覚のどさくさに紛れて血で汚れた自分の新聞をメイバルのものとすり替えたのも、総て30年間携わった保険という仕事から得た経験のなせる業だったからである。ともあれ、退職を契機に感じ始めていた得体の知れぬ不安は、トウニーの事故に引き起こされた不安によって、再び徐々にアースキンの心の中に<潜伏>し始める。勿論、トウニーの死は偶然の事故によってもたらされたものには違いなかったが、結果的にはそれがアースキンとメイバルを接触させる契機となる。

<メイバルの死>アースキンがメイバルと直接接触を持つようになったきっかけは2つある。1つはアースキンが教会から帰ったとき、管理人夫人のウエスタマン (Mrs. Westerman)から、メイバルが事故の起った頃に自室の窓から宙に浮いた裸の足を見たわと口走ったのを聞かされたことである。もう1つは、彼が教会から自室に戻った際に、2度電話が掛ったことである。1度目の電話は、相手が何も告げずに切ってしまったが、2度目の電話では「私は起った事を見たわ」(114ペイジ) というか細い小さな女の声がした。誰にも見られていないと考えていたアースキンにとって、それら2つの出来事は、結果的にはメイパルを訪れる決心をする引き金となった。しかし、本当に彼をメイバルに近づけたものは、不安を覆い隠す役目をしていた宗教であった。トウニーに対する後ろめたさや他人に事故の真相を知られないかという不安を感じながら、敢えて平静を装って教会に出かけたアースキンは、それでも教会に足を踏み入れたとたん、流れる賛美歌にこれが自分の世界だとほっと安堵感を覚える。その日の<神の永遠の家族>という話題で取り上げられたマタイによる福音書12章46-50節を見ながら、トウニーの事故の忌まわしいイメージを頭から拭い去るのに適しい話題はないものかと考え始める。この福音書はメイバルを神の姉妹と見るべき神のお声ではなかったか。又、トウニーの事故は迷えるふしだらな母親メイバルを救う為の神のお思し召しではなかったか。その福音書を眺めながらそう思い着いた時、彼は神の名の下に、自らの罪のすり替えを始める。神がトウニーを天国に召されることによって母親メイバルを罰したのであり、彼はその神に遣わされた使徒にしか過ぎなかったのだと考える。その思いを自分に言い聞かせるかのように、説教では、マタイによる福音書からのキリストの言葉を借りて、神の教えを行なうものはすべて母であり、姉妹であると熱っぽく会衆に語りかける。彼は説教をしながら、隣人のメイバルは実は神の家族となるべき人であり、彼女を神の道に導いてやることこそが彼の使命なのだと自らの心に言いきかせようとしたのである。彼はトウニーの死によってもたらされた不安から逃れる為に、自らの罪をうまく神の道へ転嫁したわけである。罪の転嫁は更に重ねられて行く。彼は教会からの帰途、心を鎮める目的も兼ねてセントラルパークに立ち寄るが、そこで事故の時のトウニーの驚き方に疑問を持ち始める。確かに、突然裸の大男がバルコニーに現われたのだから、トウニーが驚いたのは無理もないことだったが、それにしてもその驚き方が彼には異常すぎると思われたのである。というのも日頃母親にかまわれないトウニーを見兼ねて何かと気をかけてやっていたアースキンは、トウニーから父親のように慕われていたからである。アイスクリームやおもちゃをねだられては買い与えてやった日々の事を思い浮かべているうちに、アースキンはふと意外な事実に思い当たる。トウニーは男性の裸に、特別に恐怖心を抱いていたのではなかったか・・・・・・彼には思い当たる節があった。かつて彼はトウニーから子供がどうして出来るのかと与ねられたことがあった。彼は神様がお作りになったのだよと説明したが、トウニーは納得しなかった。トウニーは男と女が取っ組み合い (“fight”) をした結果赤ちゃんが出来るのだと言い張った。そして自分は決して大人になんかなりたくない、母さんのように裸で取っ組み合いをしたくないと付け加えたのだ。トウニーは、夜の仕事を終えて帰った母親が、ベッドで男と享楽に耽る姿を盗み見て、裸の男が母親と争っていると考えて、裸に対して異常なまでの恐怖心を持ったに違いなかった。隣に住む彼が明け方に何度かリズミカルに軋むベッドの音に起こされてなかなか寝つけないで悶悶としたことを考え合わせてその思いを深めるのだった、トウニーが突然手に持っていた親子2台のおもちゃの戦闘機をこわがって放り出したまま逃げ出したのも、常に大人の暴力の中に晒されることにより感情が損われ、情緒が不安定になっていたからであろう。のちに隣人からトウニーがいつも突然何かに怯え出し、おもちゃを投げ出して逃げて帰るということを聞かされてその見方はますます強まって行く。トウニーがバルコニーで異常に驚いた謎が解け始めた時、本当の意味でトウニーの死に責任があるのは彼自身ではなく、むしろトウニーに裸の恐怖心を抱えつけた母親メイバルではなかったかと彼には思えてくるのだった。そして、トウニーとメイバルの関係が、彼と彼の死んだ母親のイメージと重なり始めた時、その思いは強まっていった。3才で父を亡くした彼も又、トウニーのように男出入りの激しかった母親に疎まれて育った。友達からはふしだらな母親の悪口を浴びせられて相手にされなかった。彼が高熱でうなされている夜でさえ、母親は彼をひとり部屋に閉じ込めたまま男と出かけて行った。そんな彼の過去は、トゥニーの現状とあまりにも似通っていた。彼がトウニーのことを理解すればする程、トウニーの罪のつぐないをすることこそが自らの痛ましい過去をつぐなうことにもなる・・・・・・その為にも、どうしても、哀れな母親を神の道へ導いてやらねばならないと思えて来るのだった。こうして自らの罪を完全に神の道にすり替えたアースキンはメイバルと接し始める。

彼はメイバルをふしだらな女だと考えながらも、子供をなくして打ちひしがれる彼女への同情を禁じ得なかった。彼女の慎み深い仕草に、ある種の純粋さすら感じ始め、いつしか彼女を所有したいと考えるようになった。目にあまる彼女のふしだらさを責めた時、彼女は興奮のあまり卒倒して気を失ない彼の手の中に倒れ込むが、そんな彼女が彼にはこの上もなく愛しいものに思えるのだった。彼は衝動的に結婚を申し込む。自分でも気持ちがはっきりしていたわけではなかったが、彼女が奔放であればある程、彼女に魅かれて行く自分を抑えることが出来なかった。しかし、仕事と教会中心の安穏な生活を送って来た中年独身のアースキンとナイトクラブで働き、人から娼婦と陰口を叩かれる若い未亡人メイバルは、生き方、考え方に於いてあまりにも違いすぎた。子供が墜落死したその日に、その母親が何故若い男を自室に連れ込めるのか、或いは美容室やバーに出かけたり出来るのか、或いは、頻繁にかかって来る男からの電話にどうしてあんな風に楽しげに応対出来るのか彼には解らなかった。彼の心の中では愛と憎しみが交錯した。なぜ、ある瞬間には彼女を愛していると思うのに、次の瞬間には彼女を憎しみ始めているのか自分でも解らなかった。結局、彼は台所から肉切りナイフを持ち出してメイバルをメッタ突きにするが、アースキンにとってその行為は唯一の、メイバルを所有する手段に他ならなかった。同時にそれは自堕落なメイバルの振舞いを見ているうちに彼の心の中に蘇って来た彼の母親のイメージを消し去る手段でもあった。このように考えると、メイバルの死は彼にとって、彼女を永遠に所有する唯一の方法であると同時に、絶えず付きまとって彼を苦しめ続けた不安を完全に拭い去る唯一の方法でもあったのである。退職を強いられ、会社から疎外されて初めて、それまでの平穏な生活の中でうまく封じ込めていた不安を感じ始めたアースキンの自由は、ウェブの指摘を待つまでもなく「教会と仕事、アイビーリーグの服、及び銀行の預金とイーストサイドの彼の住まいという関係の中に存在していた」6 ことになる。彼は主に仕事と教会を通して社会と通じ、その中で自らの存在価値を見い出していたと言える。それが30年間も忠誠を尽して来た会社に、わけもなく捨てられた時、彼は疎外感を感じる同時に社会に於ける自らの存在価値について不安を抱き始めた。仕事や教会を含む生活の中で自らの存在価値を信じて疑わなかった彼は、疎外されて初めて社会での自分の存在に不安を覚えたことになる。その不安が契機となり仕事を含む日常性の中で忘れていた得体の知れぬ不安と彼は対面することを強いられたのだ。その不安はのちに正体を現わした様に、かつて母親に疎まれた過去の経験から生まれたものである。子供にとって母親は神にも似た存在であったから、その人がたとえ自堕落な母親であれ、彼は従わざるを得なかったわけだが、7 母親に愛されずに疎まれた我が身の存在は、子供ながらにも忌まわしいものに感じられたに違いない。そしてその忌まわしさは、やがては自らの存在に対する後ろめたさに、更には生まれて来た自らの存在に対しての憾みにさえ発展して行ったのではなかったか。そう考える時、アースキンの感じた得体の知れぬ不安の正体が、実は母親に疎まれた為に自らの存在価値を見出せなくなった自分、又そんな存在に対して後ろめたさを感じずには居られなかった自分自身であったと思えて来るのである。

トウニーの事故で自らの罪を神の道に、或いはメイバルに転嫁したのは、言わば自らの存在のあかしを確かめる為の自己防衛の行為だった。彼が宗教の中に安らぎを求めたのも、母に疎まれた後めたい我が身の存在を、神の存在によって埋め合わせたいと願ったからであったし、メイバルを神の道に導いてやることに使命感を抱いたのも、神の名の下に世の中で自らの存在を確かめたいと願ったからだった。メイバルと彼の母親のイメージがだぶり始めた時、彼は母親によって疎まれ,存在に対して後ろめたさを感じるようになった我が身の救済をメイバルに求め始めたのだ。つまり、彼にとってメイバルは、疎外された自分を救ってくれる唯一の手掛り、自分と社会を繋いでくれる唯一のかけ橋であり、換言すれば、これから彼が生きて行く上で社会の中に於ける自分の存在価値を確かめる最後の望みだったことになる。しかし、その一縷の望みもぷっつりと切れた。トウニーの事故についての真相を互いに告白し合い、トウニーの為にも結婚し助け合って生きようと誓い合ったにもかかわらず、彼はメイバルを本当の意味で所有出来ないことを肌で感じた。彼は、男からの電話の対応に出ようとしたメイバルを制して、結婚したら誠実 (“faithful”) であれと言ったが、メイバルは2人がお互いに満足すればそれで誠実なのよと制止を振り切って自分を押し通そうとした。結局メイバルを所有出来ないと知った時、又、母親にもそうであったようにやはりメイバルにも愛されないと悟った時、アースキンにとってメイバルを永遠に所有する術は、自らの手で彼女を殺すしか他に残されていなかったのである。してみれば、メイバルの殺害は、理想と現実、夢と現実との間のひずみから生まれた所産であったと言える。

このように考えて来ると、この「残酷な休日」で扱われた問題は、前作『アウトサイダー』で取り扱われた問題と非常によく似通っていることに気付く。退職によって疎外されて初めて、日常性の中に埋没していた問題に気付くという視点は、肌の色、裏切り、身体的欠陥等の故にアウトサイダーとなった時、初めて日常性の中で見えなかったものが見えて来るという<アウトサイダーの視点>に通じるものである。盲信するが故に自らの姿を見失なうギル (Gil)、ヒルトン (Hilton) のコミュニズム,ハーンドン (Herndon) のナショナリズムは罪のすり替えに使ったアースキンのキリスト教に置き換えることが出来る。又、生きて行く上での最後の望みとクロス (Cross Damon) がその夢を託したエヴァ (Eva Blount) は、アースキンがその望みを託したメイバルに相当すると考えられる。その意味では、マーゴリーズの「ある意味では、その小説は『アウトサイダー』の問題をもう一つ別の形で提示したにすぎない」8 というこの作品についての評は当を得ている。『アウトサイダー』と同様に、この作品には現代文明の抱える疎外、不安等の問題が提示されている。それら諸問題を交えながら、ライトはアースキンの犯した罪の問題、特に彼がその罪のすり替えの手段として利用したキリスト教の問題を通じて、暗にキリスト教を基盤にして築き上げられた西洋文明が、社会に於ける個人の存在を如何に蝕んでいるかという一面を描き出している。その意味では、3年後に出された『白人よ、聞け!』(White Man, Listen!, 1957)  の中の一節は興味深い。自分は西洋人であるが、完全には西洋人に同意出来ないと言明した後の次の一節である。

『白人よ、聞け!』写真

「プロテスタントは、自分というものが充分に解っていない妙な動物で、自分が未成熟な自由民で、意識を充分に取り戻せなかった、歴史が生んだ申し子であるとは夢にも考えない妙な動物である。今までずっとプロテスタントが抑圧の産物であるということが便宜上忘れられてきた・・・・・・プロテスタントは、自分が心から喜んで受け容れることの出来ない、ある重荷を背負わされた勇敢で、目の見えない人間である。」9

常に自分と社会との係わりの中で自らの存在のありかを問題にして来たライトは「地下にひそむ男」(“The Man Who Lived Underground,” 1944)で、それまで描いて来たレイシズムに対する抗議という色彩の濃い問題を一歩踏み越えて、より広い意味での人間の問題を描こうとした。特に、日常性に埋もれて自らの存在が見えなくなった人間と矛盾に満ちた社会とを、<地下>という視点から透かして見せた。結局は<地下>という排泄溝に葬り去られてしまう主人公ダニエルズ(Fred Daniels)の描き方の中に、疎外された人間が虚偽に満ちた世の中でどう生きればよいのかという具体的な解決策が必ずしも示されているとは言えないが、確かに一つの新しい方向は提示されたと言える。『アウトサイダー』では、その視点やテーマは更に広げられ、肌の色によって疎外されているからこそ逆にアメリカ文化の内・外両側に立ち得るのだという、むしろレイシズムにより疎外された現状を有利な視点と把え、矛盾した世の中で如何に生きるべきかという問題を提起した。主人公を黒人インテリに設定し、特にイデオロギーに焦点を当て、盲目的イデオロギーが個人の存在を如何に蝕んでいるかを書いた。この作品では、主人公を白人プロテスタントに設定し、罪のすり替えに使われたキリスト教に焦点を当て、現代文明の中の社会と個人の一問題を提起した。白人の主人公を扱った悲劇3部作の第1作としてこの作品を発表したが、10 数々の出版拒否にあって、結局ペーパーバックという形でしか世に出せなかった。11 その上アメリカではいい評価が得られなかったから、ライトは再び南部アメリカに舞台を戻し、黒人を主人公にした『長い夢』(The Long Dream, 1958) に於いて、現実と夢というテーマを通じて、広く人間の問題を手掛けることになる。その意味では、現実と夢のひずみが生んだアースキンの罪を扱ったこの小説は『長い夢』の序曲であったとも言える。『アウトサイダー』でエヴァが自殺を遂げて死んだように、この作品でメイバルが惨殺されて死んだ結末に、やはり解決策が示されているとは思えないが、それがアメリカを捨てパリに亡命してまで自らの存在場所を求めて、尚そのありかを模索し続けたライトの苦悶を如実に代弁しているとは言えないであろうか。

そう考える時、この『残酷な休日』がライトの苦悩を蘇らせる上に、又、次の『長い夢』を理解する上に欠かすことの出来ない作品だと思えてくるのである。

<註>

1 本稿は1982年6月26日の黒人研究の会総会で口頭発表したものを加筆・訂正したものである。

2 cf. Michel Fabre, The Unfinished Quest of Richard Wright, tra. lsabel Barzun (New York: William Morrow, 1973), p. 379.ライトは1953年3月6日のReynolds当ての書簡中、この本について以下の様に記している。“…, this deals with just folks,white folks.” 尚、本文中には、セントラルパークのべンチで漫画を読んで居る黒人少年や黒人のメイド等が数ケ所で登場するが、人種の問題として描かれてはおらず、主要人物は総て白人である。

3 cf. Michel Fabre, Quest, p. 376.ライトは1952年12月26日のReynolds当ての書簡の中でこの作品が “completely non-racial, dealing with crime per se” であることを記している。

4 不安 (ANXITY) は、第1部のタイトルになっている。物語は、ライトの得意の3部から成って居り、頭文字がAで揃えられている。第2部潜伏 (AMBUSH)、第3部攻撃 (ATTACK)。

5 Richard Wright, Savage Holiday (1954; rpt. New Jersey: The Chatham Bookseller, 1975), p. 33. 以下の引用はすべてこの版による。

6 Constance Webb, Richard Wright: The Biography of a Major Figure in American Literature (New York: G. P. Putnum’s Sons, 1968), P.316.

7 第3部 (ATTACK) の冒頭に次のエピグラフが掲げられている。

(We must obey the gods, whatever those gods are. – Euripides’ Orestes)

8 Edward Margolies, The Art of Richard Wright (Carbondale: Southern Illinois Press, 1969), p. 138.

9 Richard Wright, White Man, Listen! (1957; rpt. New York: Anchor, 1964), p. 56.

10 Fabre, Quest, pp. 429-432.

11 Ibid., p. 380. Harper’s, World, Collins (London),Pyramids Booksの各社に出版を拒否されている。尚、1954年にAvonから出版された後、1965年にはUniversal Publishing and Distributing Corp.からペーパー版で、1975年にはハードカバー版でThe Chatham Bookseller (New Jersey) から再版されている。

12 cf. Yohma Gray, An American Metaphor: The Novels of Richard Wright, Diss. Yale 1967 (Michigan University Microfilms, 1969), p.169.

執筆年

1983年

収録・公開

「黒人研究」53号1-4ペイジ

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リチャード・ライトと『残酷な休日』(68KB)