海外研修記『アフリカは遠かった』

2020年1月17日1990~99年の執筆物ジンバブエ,随想

概要

1992年のジンバブエ大学への在外研究のあと、教務・厚生委員会から依頼があって書いたものです。

本文

海外研修記

アフリカは遠かった       英語講師 玉田吉行

渇いた大地

アフリカの大地は渇いていた。8月のある日、石で造られた遺跡グレート・ジンバブエを訪れる機会があったが、行き帰りにプロペラ機の上から眺めた赤茶けた大地は、一体どこに人が住めるのだろうと思えるほど、からからだった。あとで知り合った学生に、あんな渇いた所でどうやって生きているのかと尋ねてみたら、昔から、生きる術を知っているのです、ということだった。

リチャード・ライトの生まれたミシシッピを見たくなって、7年前に出かけたように、今回は、南部アフリカに住むことが出来ればと考えて、在外研究先にジンバブエの首都ハラレを選び、7月の半ばから3ヵ月足らず、家1軒を借りて、家族で住んできた。

ハラレは、近郊も含めると100万人の人口を抱える大都市である。シェラトンもあり、「欧米並み」に、1泊170米ドルもする。大統領官邸だってある。緯度から言えば、北半球なら北ベトナム辺りなのに、1500メートルの高地にあるので、極めて過ごしやすい。宮崎から猛暑と冬を除いたくらいの気候である。庭には、マンゴウやパパイヤがなっていた。行く前に、ライオンに食べられないようにと気遣ってくれた人もいたが、日本の街中に「ニンジャ」が走っていないように、ついぞライオンにお目にかかることはなかった。

大学と子供の学校に近く、自転車で、という条件で家を探してもらった。不動産事情が恐ろしく悪いので、ホテル住まいになるかも知れませんと言われていたが、新聞広告が効いて、家が見つかりましたと、連絡があった。出発の2週間前だった。

アレクサンドラ・パーク

その家は、アレクサンドラ・パークという白人街にあった。500坪ほどあって、大きな番犬と「庭番」のゲイリーが「付いて」いた。家賃は2ヵ月半で2000米ドル(月額10万円ほど)、住み込みで24時間拘束されるゲイリーの月給が170ジンパブエドル(Z$/4200円ほど)、番犬の餌代が150Z$だった。

ゲイリー

家には大きなジャカランダの樹が生えていた。「遠い夜明け」の白人街である。両隣の家にはプールがあった。片方の家には、敷地内に2、30メートルの樹が繁っている。2軒隣の家には、夜間照明付きのテニスコートがあって、番犬が何匹も飼われていた。

ショナの人々

ゲイリーとは、すぐ仲良しになった。正直で、優しい人だった。10日ほどして、冬休み(日本の夏休み)を一緒に過ごすために、奥さんと3人の子供たちがやってきた。2人の子供たち(14歳の女の子と10歳の男の子)と3人の子供たちとは、すぐ仲良しになった。同じ敷地内に、2家族が同居した経験のない私の子供たちには、うれしい毎日だった。学校にも行かなくていい。勉強もしなくていい。来る日も来る日も、ポールを追い掛けたり、相撲をとったり、花を摘んだり、子供たち全員が「今までで一番の夏休みだ」と叫んでいた。しかし、毎日蹴っていたボールの値段が140Z$……何とも複雑な気持だった。

ジンンバブエ大学で知り合ったアレックスに子供たちが英語を、僕がショナ語を教えてもらった。アレックスは、今年12月にジンパブエ大学を卒業して、高校の教師をしながら、修士号を取る予定の英語科の学生である。自分のいる寮に案内してくれた時、アイスクリームのお礼にと、金もないのに、礼儀だと言って、アレックスはコーラをおごってくれた。75セントの出会いだった。食べること自体が難しい大半のショナの人々にとって、3度の食事を保障してくれる3年間の大学生活は「パラダイス」であるらしかった。

アレックス

英語科の教員ツォゾォさんは、ショナの人々のためにショナ語で教科書や小説や劇などを書いている。今度の本で、22冊目になった、と喜んでいた。いつか、ツォゾォさんのショナ語の本を日本語に翻訳出来たらと、ひそかにもくろんでいる。

ツォゾォさん

大使館や大学との折衝、予防接種など、行く前から「アフリカは遠かった」が、乗り換えも入れてヨーロッパまで15時間、それからまた10時間の飛行機の旅は、やはり遠かった。社会主義の国だったことも、遠かった原因の一つだったかも知れない。大阪空港に着陸した飛行機の中で、下の男の子が「僕には長い旅だった」とつぶやいた一言は、機内にいる間、吐き続けていただけに、真実味があった。

短い滞在だったが、一生続くと思える人々に巡り合えた旅であった。

執筆年

1993年

収録・公開

宮崎医科大学「学園だより」 第47号 10-11ペイジ

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海外研修記『アフリカは遠かった』(32KB)

「学園だより」 第47号