つれづれに:金芝河さん3(2022年5月27日)

2022年5月27日つれづれに

 

金芝河さん3

『不帰』の扉写真

 金芝河(きむじは)さんの3回目である。
グギさんが「東京で開催された韓国問題緊急国際会議」と書いた川崎市の会議については、招待者の一人として参加したグギさんが書いた「十一章 韓国内の抑圧」の日本語訳の一部を是非紹介したい。折角2年もかけて日本語訳したので、少しでも読んでもらえれば嬉しい限りである。

グギ・ワ・ジオンゴ『作家、その政治とのかかわり』

 「八月十二日から十四日にかけて東京で開催された韓国問題緊急国際会議に参加していた人たちは、金大中(キム・デジュン)や民主化運動の指導者たちが俄に軟禁されたという報せを聞いて、皆一同に大きな衝撃を受けました。
会議の重要な決議の一つは、韓国の軍事独裁者朴正煕(パク・チョンヒ)の「虎の檻」の中で今まさに朽ち果てようとしているすべての市民の指導者、学生、宗教家、作家、大学の教員や、他の無数の政治犯の即時釈放を求めて呼び掛けることでした。会議はまた、四万二千人のアメリカ軍や核兵器要員の退きあげを要求し、民主主義的な諸権利と、言論、組合、集会と宗教の自由を求める運動と平和裡の南北統一を支援することを表明しました。
会議は、小説家小田実を代表とする日本の作家グループの支援のもとに『民主主義と南北統一を求める国民会議』によって召集され、アルジェリア、オーストラリア、カナダ、イギリス、フランス、香港、マレーシア、メキシコ、シンガポール、韓国、スリランカ、タイ、アメリカ合衆国と西ドイツのすぐれた学者や作家が出席しました。その中には、ハーヴァード大学教授でノーベル生理学賞を受賞したジョージ・ウォールドのような著名な人もいました。ほかにも、横浜市長の飛鳥田一雄、歌手のジョーン・バエズ、小説家のノーマン・メイラーや言語学者のノーム・チョムスキーなども支援者として会議に参加しました。
私は東アフリカから参加したただ一人の作家でしたが、会議は私の目を開かせてくれる体験でした。すでに私は、ソウルとピョンヤンで同時に発表された一九七二年七月四日の共同声明文を読んでいました。そこには、外国人ではなく朝鮮人が主導権を握ること、平和的な手段を採ること、統一は社会制度の違いを超越することという南北統一の三原則が述べられていました。また、続いて出された一九七二年十月十七日の韓国内の戒厳令や『韓国の運命を一枚の紙切れに委ねることは出来ないし、統一が百年以内に達成されることはないだろう』という朴の冷たい声明についても読んでいました。そしてまた、カトリック信者の詩人で、世界でも一流の作家のひとり金芝河(キム・ジハ)の投獄についても聞いていました。その詩人の罪状は、朴には気にいらないものでしたが、それでもなお民衆の間で圧倒的に人気のある詩を書いたというに過ぎませんでした。英語に翻訳されて『民衆の声』(ミンジュンエソリ)の題で出版されている詩のなかに、自由でいたいと願う韓国の人々の総体的な決意だけでなく、民衆の悲痛な叫び声が聞こえてきます。恐るべき韓国中央情報局が一九七三年に日本のホテルから金大中を誘拐したことも私は読んでいました。あの人の罪状は?票の不正操作や脅迫があったにもかかわらず、大統領選で朴を負かしそうになったからなのです。もしアメリカの支援がなかったら倒れかけていた、国民に人気のない南ヴェトナム政府を支持する四万二千人のアメリカ陸軍と核兵器要員についても私は知っていました!

『金芝河(キム・ジハ) 民衆の声』(サイマル出版会)

 私が知らなかったのは、国内での弾圧や無残に人々の命を軽視する程度についてだったのです。その程度から言えば、朴政権は恐らく世界でも唯一南アフリカと並ぶ最も厳しい政権の一つだと言えるでしょう。それは病的なまでの反共思想の上に繁栄する警察国家で、有権者の支持を巧みに操作して地盤を固めており、アメリカ軍の支持も受けているのです。私はまた、民主主義の回復を求めて力強く運動が展開されていることもよくは知りませんでした。その運動は、主義や主張にこだわらない色々な人たちの様々な形での広がりと、南北統一に向けてのその人たちの係わりの深さを見せています。韓国のあらゆる年令の、あらゆる違った考え方の人たちからそのことを聞き、その表情や身振りから人々の苦しみと真剣さを看て取らなければなりませんでした。今の私には、その背後にある、人々の間で広く支持された団結と情熱を理解することが出来ます。
朴は一九六一年の軍事クーデターによって政権を握り、張勉の自由主義政権を終わらせました。張勉は民主的な選挙で首相に選ばれ、六十年に李承晩(リ・スンマン)独裁政権が崩壊したあと執務を行なっていました。つまり韓国は、四十五年に永年の日本の植民地支配を脱したあとの短かい期間を除いて、平和と民主主義と自由を知らなかったということになります。朴は軍事力を主張して、北朝鮮人民共和国からの想定し得る攻撃に対抗するために強力な政権を打ち建てる必然性を公然と説きました。朴はただちに反体制勢力を抹殺するために色々な手段を取りました。反国家派と思われる組織を支援する陰謀や扇動や組織的な宣伝活動を禁止するために国家保安法が可決されました。共産主義的と政府が判断する方針に沿って活動していると思われるか、その疑いがある組織を厳しく罰するために、あるいはそのような組織に他人を勧誘したり、その組織を称賛したり、組織に助成したり、いかなる方法であれ組織に利益を供与していると疑われる者をすべて処罰するために、反共法も施行されました。
この二つの法の下に、汚職や縁故腐敗、失業や低所得や国民の生活条件について国を批判した自由主義者や作家、宗教的指導者の大多数は刑務所と拘禁によって沈黙させられてしまいました。しかし、もうすでに充分に厳しい統制が、いわゆる七十二年の維新憲法(ユシンホンポップ)の宣言によって更に強化されました。この基本法の第五十三条では、緊急時の権限を担い、諸法令によって支配する権利が朴に与えられました。七十四年一月八日の大統領緊急措置令第一号によって、維新憲法の拒否や批判あるいは中傷を禁じました。同日発令された第二号では、緊急措置令に違反する犯罪を裁く緊急時の軍事法廷の制度を作りました。七十五年五月十三日の第九号では、噂の流布、憲法の反対、学生の集会、緊急措置令に対するすべての批判を禁じました。政府は、いや、つまり朴は、違反した者を学校や職場から追放し、出版を禁止したのです。法令は再度修正され、その人の所在が国の内外にかかわらず、国に対する名誉毀損罪が導入されました。この法律の下に、アメリカの中央情報局のように世界的な情報網を持つ韓国中央情報局によって、多くの韓国人がヨーロッパと日本から誘拐されています。」
金芝河さんは七十四年の大統領緊急措置令で死刑を宣告されたわけです。グギさんは朴政権の国家をあげてのこのテロ行為を見事に描いている作品として金芝河の風刺詩「根も葉もなき噂」を上げ、その中の小心な農民安道(アンドゥー)を紹介しています。私はグギさんが引用した英語訳を日本語訳したわけです。韓国語を英語訳した際と、その英語訳を私が日本語訳した際に金芝河さんの込めたニュアンスをどの程度まで汲み取れたかは甚だ怪しいのだが、朴政権の理不尽さと金芝河さんの風刺詩のニュアンスの幾分かでも表現できていればと願うばかりである。
次回は、金芝河さん4、か。安道(アンドゥー)を描いた風刺詩と、会議でのグギさんのスピーチの日本語訳を紹介したい。

『金芝河(キム・ジハ) 民衆の声』(サイマル出版会)より