つれづれに:『怒りの葡萄 』2(2026年3月15日)
つれづれに:『怒りの葡萄 』2

→「『怒りの葡萄』1」の続きである。少し間が空いたのは、我が生身が思うよに動いてくれなかったのである。ここ最近、デスクトップパソコンが2台ともやられ、ノートパソコンも挙動が→「怪しい」。パソコンの方はどっちみちウィンドウズのサポート延長の期間があと僅かなので、買い替える必要がある。と、思い込んでいたが、パソコンを辞めるという選択肢もある、と世話になっている人から言われて、初めて意識した。同時に、長いこと続いたホームページ→ブログも終焉ということになる。小説は投稿を続けているが、そっちの方も怪しい。教授選で唯一頼みに行った人への手紙の返事に、無理ですねと書いてあった。口の悪いこれ以上横柄な人はいないと思えるような人だが、世辞は言わない。
→「アメリカ文学」、→『アメリカの悲劇』、『怒りの葡萄 』のあとは、リチャード・ライト(→「ミシシッピ」、→「ライトシンポジウム」)の『アメリカの息子』である。修士論文で書いて以来だが、他の作品についても書いてみようかと考え始めている。→「採用試験」と→「大学院入試」の準備のために読むリストにあった8冊の中の最後の本である。

1930年代のアメリカの物語である。オクラホマ州はじめアメリカ中西部では大規模農業によって開発が進み、開墾によって発生した砂嵐(ダストボウル)で耕作地が耕せなくなって長年住んだ土地を離れざるを得なくなった農民が急増していた。ジョード一家も例外ではなく、故郷オクラホマを追われて、一族でカリフォルニアを目指した。家財道具を売って移動に使う中古車を買った。ちょうど刑期を終えて戻ってきた長男のトムと説教師のジム・ケイシーも同行することになった。トムは激情を抑えられずに人を殺し、4年の懲役刑からの仮釈放で実家に戻ってきたところだった。
アリゾナ砂漠やロッキー山脈を越える旅路は過酷で、途中で祖父母が死に、従兄弟も逃げてしまった。苦難の末に辿り着いたカリフォルニアは、同じように流れて来たオクラホマ農民で労働力過剰になっていた。貧民キャンプを転々し、地主の言い値の低賃金で日雇い労働をするしか選択肢はなかった。労働者を組織しようとしたケイシーは、地主に雇われた警備員に撲殺され、居合わせたトムは、ケイシーを殺した警備員を殺害してしまう。そんなジョード一家のキャンプ地に、豪雨と洪水が襲った。小説の概要である。世界恐慌の時代と重なる。
小説は1939年に発表され翌年にヘンリー・フォンダ(↓)主演により映画化された。学生時代に映画館で観た記憶がある。書いたのはジョン・スタインベックで、1962年にノーベル文学賞も受賞している。この『怒りの葡萄』が受賞理由らしい。リストのお蔭で、この本が読めたわけである。この7冊目を読み終えたこの頃には、だいぶ英語の文字も目に馴染んできていたように思う。
