アレックス・ラ・グーマ/ベシィ・ヘッド記念大会に参加して

2019年11月1日1976~89年の執筆物アレックス・ラ・グーマ,南アフリカ

概要

1988年のアレックス・ラグーマ/ベシー・ヘッド記念大会の報告です。

前の年にカナダに亡命中のセスゥル・エイブラハムズ氏(当時ブロック大学人間学部学部長)を訪ねてラ・グーマについての取材に行ったときに、この会議に誘われて、再度カナダに行きました。その年の四月に宮崎医科大学に講師として着任していましたので、出張の形で参加出来ました。北米に亡命中の南アフリカの人たち大半で、その人たちの前で話をしたわけですが、一番きつい視線を経験したと思います。ブランシ夫人に会えたのは何よりです。

エイブラハムズさんの家でのパーティーで

本文

アレックス・ラ・グーマ/ベシィ・ヘッド記念大会に参加して一報告一

「黒人研究」第58号 (1988)36ペイジ。

8月3日、4日の両日、カナダオンタリオ州セイント・キャサリンズのブロック大学で、アレックス・ラグーマ/ベシー・ヘッド記念大会が行なわれた。特別ゲストとして招かれたラ・グーマ夫人をはじめ、カナダやアメリカに亡命中の南アフリカの人々、それにソ連やナイジェリアからの参加者もあった。

在りし日のラ・グーマの姿を伝えるブランン夫人や主催者のセスゥル・エイブラハムズ氏(ブロック大学)、ラ・グーマのケープタウン時代の親友ジョ一ジ・ルーマン氏(カナダ在住)など、身近だった人々の発言には、ずしりと重みがあった。又、小林信次郎氏の翻訳などでもおなじみのコズモ・ピーターサ氏(オハイオ大学)と他二人によるラ・グーマとヘッドの作品朗読もラジオ劇風の迫力が感じられた。

会議でのブランシ夫人

二日目には、プログラムにはなかったが、特別ビザを得て南アフリカから直接駆けつけたアハマト・ダンゴル氏よる現状報告があり、会場が俄かに活気づく場面もあった。ブランシ夫人とダンゴル氏の談話は、翌日、地元の新聞に写真入りで報じられた。

参加者が50人程度と、国際大会としては決して大きなものではなかったが、1985年と1986年に客死した二人の偉大な南アフリカ作家を偲んでの記念大会が開催された意義は決して小さくはない。

大会では、日本の現伏に少し触れたあと、ANC東京事務所のマツィーラ氏からのメッセージと『三根の縄』(のちに、『まして束ねし縄なれば』に改題)についての論文を読んだ。日本は、南アフリカを苦しめている筆頭国の一つだが、その国からの参加者に対する温かい視線は私には何よりもうれしかった。と同時に、経済大国日本に寄せられる期待の大ききをも、今更ながら。痛感せざるを得なかった。

執筆年

1988年

収録・公開

「黒人研究」58号36ペイジ

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アレックス・ラ・グーマ/ベシィ・ヘッド記念大会に参加して