『ナイスピープル』─エイズ患者が出始めた頃のケニア物語(13)第14章 ドクターGGの娘(前半)

2020年3月9日2010年~の執筆物ケニア,医療

概要

横浜の門土社の「メールマガジン モンド通信(MonMonde)」に『ナイスピープル―エイズ患者が出始めた頃のケニアの物語―』の日本語訳を連載した分の13回目です。日本語訳をしましたが、翻訳の出版は難しいので先ずはメールマガジンに分けて連載してはと薦められて載せることにしました。アフリカに関心の薄い日本では元々アフリカのものは売れないので、経済的に大変で翻訳を薦められて二年ほどかかって仕上げたものの出版は出来ずじまい。他にも翻訳二冊、本一冊。でも、ようこれだけたくさんの本や雑誌を出して下さったと感謝しています。No. 5(2008/12/10)からNo.35(2011/6/10)までの30回の連載です。

日本語訳30回→「日本語訳『ナイスピープル』一覧」(「モンド通信」No. 5、2008年12月10日~No. 30、 2011年6月10日)

解説27回→「『ナイスピープル』を理解するために」一覧」(「モンド通信」No. 9、2009年4月10日~No. 47、 2012年7月10日)

本文

『ナイスピープル』―エイズ患者が出始めた頃のケニアの物語―

(13)第14章 ドクターGGの娘(前半)

ワムグンダ・ゲテリア著、玉田吉行・南部みゆき訳
(ナイロビ、アフリカン・アーティファクト社、1992年)

(13)第14章 ドクターGGの娘(前半)

私の研修は1年以上前に修了していました。ンデル診療所で13ヶ月ほど働き、今はリバーロード診療所の専従で、すでにケニア中央病院では働いていませんでした。たとえ私に支給する額を増やさないためにギチンガ医師が約束してくれる給料を受け続けても、私はケニア中央病院では働かなかったでしょう。生活は上々でしたし、車の運転免許も取り、中古車も手に入れてタラまで帰ることも出来ましたから。

タラにはこの2年間半も帰っていませんでした。自分の生誕地に帰るのに二度と乗り合いバスには乗らないと決めた誓いをしっかりと守りました。再びタラに帰る時は、私は自分の車での凱旋帰還にするつもりでした!

しかし、両親や兄弟姉妹が、必要があって私に会う時は、いつもナイロビででした。大抵の場合は、お金が足りないか、作物の出来が悪いか、学費が必要な時かでした。母だけはこちらへの注文が少ない人で、私に何かをせがむことはありませんでした。母が唯一私に望んでいたのは、私が立派な大人になってナイロビの悪い女を相手にせずに、子どもを10人産んでくれる素直なカンバ娘と結婚することでした。私に会うと、いつも母はそう言いました。

パテル医師が来てくれて私は難を逃れましたが、かなりの出費になりました。実際には、リバーロード診療所の資金を私が使ったのですが。私には無料でギチンガ医師の診療を受ける資格が与えられていて、そのギチンガ医師が私の母を診ることに同意したのだから、同じ目的であればギチンガ医師の資金を使うことは何の問題もない、とその時はそう屁理屈をつけました。最終的にはギチンガ医師は、自分の診療所があるンデルを母に紹介したのですから。振り返ると、これが雇い主を欺いて犯した最初の盗みだったことを認めざるを得ず、私の心は掻き乱されました。

「自分で出来た治療なのに、4ブロックしか離れていない婦人科医のパテル医師に250シリングも払ってしまった・・・しかし、それが人生・・・」と、私は独り言を言ってこの件を記憶の底深くにしまい込みました。

ナイロビ市街

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1月の第3週目の初めに、ドクターGGが20歳ぐらいのきれいな女性と一緒にリバーロード診療所にやって来ました。

「私の娘のムンビだ。この若手の先生が、家族がみんなずっと会いたがっていたムングチ先生だよ。」と、私が驚いて覗き込む様子を見て、ドクターGGが言いました。

ムンビの引き締まってとてもきれいなチョコレート色の体と明るい目に私はすっかり魅せられました。それは、メアリ・ンデュクの色と違って、ムンビ独特の色合いでした。GGに6人の子どもがいることは知っていましたが、それまでに誰とも会ってはいませんでした。ドクターGGはよく子供の話はしていましたが、何故か子供を私からは遠ざけていました。モンバサで働くムンビについては特によく話していましたので、一番お気に入りの娘であることが分かりました。キタレの学校に通う男女の子どもが2人、ヴォイに住む長女と長男はすでに独り立ちしていました。ワンブイは看護婦で、キラグはトラック運転手でした。カリユキだけが母とンデルに住んでいましたが、一日の大半はキャディとしてシゴナクラブで過ごしていました。GGの奥さんには、時たま老人といっしょに飲みに来ていた地元のパブでよく会いました。

「ギチュアさん、どうぞよろしく。」と、私は手を差し出しながら言いました。私の手をとったムンビの手の温もりが、じかに伝わってきました。医者の表向きの挨拶は辞めにして、一人の女性として扱って下さいねと言わんばかりに、ムンビはゆっくりと私を見つめました。

「父があなたについて色々と話してました。」とムンビは言いました。「ンデルに私がいますから、来て下さいね。」と付け加えました。

ムンビが真面目な気持ちで間違いなくはっきりと誘いかけているのを感じ取りました。私はギチンガ医師が持って来ていた薬の中からドクターGGの分を取り出して渡しました。それから新しいレントゲン器材室を案内したあと、次の週末にGGの家を訪ねると約束しました。特にナイロビに来て以来、月末を除いて土曜の午後は休みで、週末はほとんど寝て過ごしていました。

「お会いするの、楽しみにしてますね。」と、二人が出て行くときに、多分私はウインクだと思ったのですが、ムンビは私にウィンクをして行きました。

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ナクル行きの路線バスが、いつも降りるガソリンスタンド脇の停留所に止まりました。私はバスを降りて、何度も通いなれたた道を2キロほど、ンデルまで歩きました。この道にはすっかり馴染んでいましたので、文字通り目隠しされてもレースコースロードから、ウェストランド、ンシル、キノオ、ムシガ、最後にザンベジモーテルと、停留所を順番に言い当てることが出来たと思います。

ナクル

ナイロビとナクルを結ぶバスの乗客は千差万別で、色んな包みや荷物を抱えていました。その人たちを見ながら、私は色んなことを感じました。女たちは野菜を売りに毎日ナイロビまで行って、夕方、家で必要な砂糖や料理に使う脂身や加工品などを持って帰りました。男たちは毎日ンデルからナイロビまで出て行って建設現場で働き、稼いだ金はマジェンゴのバーやクラブや売春宿で使ってきました。養う妻や子供のいる男たちのなかは、家族を食べさせて着物も買ってやり、子どもを学校にやってやれるだけの稼ぎを家に持って帰る者もいました。ザンベジからンデルまで歩いている間、こんな思いが次から次へと胸に浮かんでは消えました。ンデルに着いた時は2時になっていました。

ドクターGGの娘ムンビは診療所でしっかりと私を待っていました。ムンビの父親は帰宅していましたが、私が診療所で自分の代わりを務めるように娘に頼んでいました。しかし、もう2時を回っていたので診療所を閉めて、ママ・ンジェリのバーでローストした牛肉を食べながら酒を飲むのもいいし、肉が焼ける間、診療所に酒を持って行って飲んでもいいしと思いました。ムンビは、土曜の午後をどう過ごすかについてはすっかり決め込んでいたようで、すでにお酒を飲んでいました。

私は無関心を装って「でも、5時には出るよ。」とムンビに言って、診療所を閉めるかどうかはムンビの判断に任せました。

「あら、だめよ。ここだったら、立派な宿泊所になるわ。」と、ムンビは自分の父親の診療用のベッドを撫でながらからかうように言いました。私はその思わせぶりな態度があまり気に入りませんでした。後で分かるのですが、ムンビはどうしようもなく自分勝手なところがあるのです。ムンビが私と何をしようとしているかは明らかで、それを思うと居心地が悪くなりました。

「どうしてまだ独身なの?」と、ムンビが言い出しましたので、私はますます居心地が悪くなりました。

色んな人から聞かれるその話題を避けたくて、ムンビに「ホワイトキャップを1本買ってきてくれないかな。君は自分が飲みたいものを買えばいいよ。」と言いました。50シリングほど手渡すと、ムンビは診療所を出て行きました。私自身も、30歳にもなってどうして結婚のことを考えないんだろう、と考え始めていました。ケニア中央病院のアイリーンも、同じ質問をしてきたことがありましたが、その時は「じゃどうして、君もまだ結婚してないんだい?」と逆に聞き返して相手にしませんでした。

ホワイトキャップ

人は3つのために結婚をする、と結婚の宣誓を行う前に牧師が言ったのを聞いたことがあります。連れ添うために、子どものために、そして楽しみのために。私はメアリ・ンデュクとはすでに充分楽しんでいました。今の所、子どもは要りません。それに、あらゆる問題を抱えてリバーロード診療所に来るたくさんの患者たちが私の連れ合いでした。

ナイロビ市街

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執筆年

2010年1月10日

収録・公開

モンド通信(MomMonde) No. 17

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