マグディ・カアリル・ソリマン「エジプト 古代歴史ゆかりの地」(翻訳)

2020年1月17日1990~99年の執筆物アフリカ

概要

宮崎に来て暫くしてから、バングラデシュから国費留学生として医学科で高血圧を勉強するために来たというカーンさんが、英語をしゃべる、という理由だけで、寄生虫の名和さんに連れられて僕の研究室にやって来ました。内科、薬理とたらい回しされたあと、寄生虫に拾ってもらったようでした。話し相手がいなかったのか、よく部屋に来るようになりました。奥さんと子供を家に来てもらったり。そのうち、友だちも部屋に来るようになって、その中の一人のエジプトの留学生に国のことについて英語で書いてもらい、僕が日本語訳をつけました。

本文

-エジプト-古代歴史ゆかりの地 

マグディ・カァリル・ソリマン / 日本語訳 玉田吉行

「ゴンドワナ」18号(1991)2-6ペイジ

私の名前はマグディ・カァリル・ソリマンです。エジプトのアレクサンドリア大学獣医学部魚類病態学科の講師で、現在、文部省の十八ヵ月奨学生として宮崎大学農学部獣医学科博士課程に在籍しています。日本には家族で来ており、妻ソフィナズ・モハメドと愛娘アスマァがいます。家族全員、日本での生活を、特に宮崎での生活を楽しんでいます。このエッセイでは、エジプトとエジプトの名所旧跡をご紹介したいと思います。

とても温暖な気候と親切な人々で名高い古代歴史ゆかりの地、現代エジプトでは、人々がとても親切に、友好的に迎えてくれます。エジプトは、世界の「中心部」つまりあらゆる空路、航路の中心部(アフリカ北部)に位置しています。エジプトでは、歴史が息づいていて、他とは比べものにならないほど豊かな古代エジプト、ギリシャ、ローマ、コプト、イスラム的な遺跡から明らかなように、五千年以上もさかのぼる、今も生き続ける物語に思いをはせることが出来ます。エジプト全土は約百万平方キロ、人口は約五千五百万人です。国の正式な宗教はイスラム教、公用語はアラビア語です。

刺すような冬の寒さが始まるとき、何マイルにも渡って美しく広がるエジプトの海岸には、暖かい太陽の光がふり注ぎます。他の海岸を圧倒するその陽の光は、太陽がエジプトの神であった古代を賞め讃えているようにも思えます。歳月が流れたにもかかわらず、太陽は今もエジプトに優しく、厳しい雪の寒さから遠く離れて冬の暖かさを楽しんだり、激しい日中の暑さから逃れて夏のさわやかな涼風を満喫することも出来ます。

世界的に知られた冬のリゾート地エジプトには、たくさんの美しい浜辺があります。サルームからラファまでの北海岸は一一八一キロ、スエズからハラィブまでの東海岸は約一◯八五キロの長さです。なかでもスエズ湾とアカバの海岸線が最も美しく、すばらしい珊瑚礁が広がり、他ではめったには見られない色鮮やかな魚がたくさん住んでいます。その一部でも見た人は、まるで地上で最も美しい絵画を見るように、記憶に焼き付いたすばらしいイメージを目や耳でもう一度確かめるために、何度も戻って来るに違いありません。

カイロ

カイロはエジプトの首都で、空路で訪れると、世界でも最もドキドキする町です。広い砂漠から突然、緑の谷が現われたり、夜には、無数のキラキラ輝く夜景が見えたり、町の中を優雅にくねって流れるナイル川が見えたりするからです。空から見るカイロの魅力の一つは、カリーファ、ファティミド、サラディンなどの古い町と高いビルや大きな広場とが混在する、古代と現代の姿が対照的に見えることでしょう。

(カイロの観光)エジプト博物館……この博物館には、コプト人教会(初期のキリスト教)を描いたたくさんのコレクションがあります。展示品には、建造物の破片、木の彫刻品、ガラス、土器、織物、鉄製の聖像、フレスコ壁画など、エジプト学者の興味をかきたてるような古代の遺品がたくさんあります。

サルタン・ハッサンモスク……紀元後一三五六年に建造された、アラブ建築の傑作です。カイロで一番高い二百二フィートの塔に加えて、コーランの文章が刻んである八本の大理石柱で支えられている、半球型の屋根に覆われた美しい中庭があります。また、お祈りの前の体を浄める儀式に使う中央の噴水やエナメル細工のガラスランプもあります。 サラディンの城……モカタン山の中腹にあり、城からはカイロ全体が見え、遠くはギザピラミッドが望めます。一一八三年、サラディン王によって建てられ、古代の城壁内には、アラバスタルモスクやソライマンモスクなどの興味深い建物がたくさんあります。岩の中、九十メートルの深さに掘ったジョセフの井戸もあります。城を後にする前に、もし時間が許せば、ここでの華麗なサン〓エ〓ルミィェール(音と光のショー)を見てみるのもいいでしょう。

エル・スークス(市場)……世界に知られる、市街地を迷路のようにくねるこのエジプトの通りは、古代オリエントと現代オリエントの魅力や色彩に満ちあふれています。たくさんあるそれぞれのスークス(市場)が市場全体を形成しており、そこに行けば、色々豊富な品物やみやげ物がそろっています。一番大きな市場エル・モスキーと、絹織物とじゅうたんが豊富なハーン・エル・ハーリーが、おそらく最も知られていて、そのうちのいくつかの通りでは、ある特定の品物を専門に扱っています。

エル・アズハルモスクとエル・アズハル大学……ここがイスラム教育の最も重要な中心であると考えられています。世界で一番古いとされるこのイスラム教大学は、紀元後九六九に創立され、そのモスクは、九七◯~九七二年にまでさかのぼります。

イスラム芸術の博物館……この博物館には、イスラム勢力が近東を支配していた時代からの、イスラム教芸術の世界でも最も貴重で、幅広いコレクションがあり、展示品は、モザイク画、ガラス細工から、貴金属にまで及んでいます。

 マニアル宮殿博物館……モロッコ、シリア、トルコ、エジプト建築折衷様式のこの興味深い博物館には、古いイスラムの木製品だけでなく、珍しいじゅうたん、織物、碑文、宝石などが収められていさす。

 ギザ・ピラミッドとスフィンクス……古代世界の七不思議の一つにたくさんのエジプトのピラミッド建築が含まれています。ピラミッドのそばには、ハフラの頭だと信じられている人間の頭と、権力の象徴と言われるライオンの体からなる大スフィクスが立っています。夜、ギザを訪れて、音と妖しい光の中で語られる人類初期の文明の話を聞きながら、息を飲むような夜の壮観を、ぜひ楽しんでみて下さい。

メンフィスとサッカーラ

カイロから南に二十四キロ行くとサッカーラがあり、そのなかのやしの森を抜けると、歴史的に有名なメンフィスに着きます。旅行会社などによって、この二つのすばらしい町への日帰り旅行がたくさん組まれています。言うまでもなく、一番おもしろいのは、ギザのピラミッドよりも遥かに古い、第三王朝(紀元前二十八世紀)のゾゥサル王によって建てられた階段ピラミッドです。

ロクソル

現代風の町ロクソルはカイロの南約六七一キロにあり、テーベの古代都市の一部で、メンフィスの次の、古代エジプトの首都でした。古い時代には、ホーマーがそう呼んだように、「百の門を持ったテーベ」が世界各地から訪れる人たちを引きつけました。その時代から、エジプトの地に旅行に来る人々は必ずロクソルを訪れて、遺跡をぶらぶらと見て歩いたり、過ぎ去った古い時代の懐かしい雰囲気を味わったりして来ました。寺院を尋ねたり、色々な銘文の刻まれた荘厳な墓に驚嘆したりしながら、忘れられない時を過ごすことになると思います。ロクソルはカイロから列車で十二時間かかります。その方面の列車はたいてい冷暖房が完備され、食堂車と寝台車がついています。カイロとロクソル間には、エジプト航空の定期便も飛んでおり、飛行時間は約九十分です。

アスワン

アスワンは世界第一の冬のリゾート地です。冬の穏やかな天候に恵まれ、エキゾチックな東洋とバイタリティあふれるアフリカの雰囲気が混ざり合った景色を見ながら、ゆっくりとくつろぐことが出来ます。アフリカへの重要な通路にたって、かつて古代テーベの王が彫像や記念碑のためのピンクの大理石を手に入れた地域の採石場に沿って、昔がしのばれるのも、この町です。今日その地域には、世界でも有数の技術の粋を集めた偉業と考えられているアスワンハイダムが作られています。カイロからアスワンまで、列車で十六時間の旅です。ここの列車も、たいてい冷暖房が完備され、寝台車と食堂車がついています。毎日、エジプト航空の定期便があり、飛行時間は一時間です。

宮崎に住んで

日本に来る前から、私は日本や日本人について、いい印象を持っていました。日本とエジプトが友好関係にあるばかりではなく、個人的に何人かの日本人の技師と接する機会があったからです。その人たちは、私の町アレクサンドリアで、中東でも有数の石油会社を作る協力をしていました。その人たちから、日本人が規律に厳しく、働き者で、時間を大切にすると聞きました。その人たちから、日本の文化についての考え方も聞きました。

日本に着いたとき、その考えが全く本当だということが分かりました。

私が日本に来てもう十か月が過ぎたなんて、信じられないくらいです。最初来た時は、自分の意思が伝えられるだろうか、友達ができるだろうか、買物に行けるだろうか、ひとりで旅行が出来るだろうかなど、本当に心配でした。でも、そんな心配は必要ありませんでした。宮崎に十か月住んで、だいぶ慣れ、たくさん友達も出来ました。こんな短い間に色々経験したことが、自分でも信じられないくらいです。私の場合、一番いい教授といっしょに研究が出来るのはラッキーでした。実際、教授の接し方は父のようで、同僚といっしょに研究しやすい環境を整えて下さいます。その上、たくさんの日本人と家族付き合いも出来ました。だから、妻ともども、日本の生活の仕方をたっぷりと経験できました。私の方から出掛けたり、あるいは来てもらったりする中で、日本の文化や私たちの国の文化についてお互いに理解を深められるのはありがたいと思います。心を開いて接して下さる親切な宮崎の人たちは、生涯忘れられない思い出になりそうです。私は、きれいな海岸や山があり、親切な人々のいる宮崎での生活を、いま楽しんでいます。

執筆年

1991年

収録・公開

「ゴンドワナ」18号2-6ペイジ

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マグディ・カアリル・ソリマン「エジプト 古代歴史ゆかりの地」(翻訳)