つれづれに:南北戦争のあと:政治篇(2026年1月17日)
つれづれに:南北戦争のあと

畑の話が続いているのに、アメリカの南北戦争の話を始めるのは唐突だが、僕の中では日常の一つである。月に一度リモートを使って4人で集まっているが、そのテーマがアフリカ系アメリカで、ちょうど今その辺りについての話が続いているからである。

僕自身は歴史に関心はなかったどころか、十代の早い時期に、もう生きるのはいいやとすっかり諦めて、生きるには余生は長すぎると心底感じてしまっていた。横浜で出版社の人に会ったとたんに、縄文時代1万年の話をはじめその後も延々と続いたが、別に驚かなかった。どんなに壮大な話でも、生きることを諦めた人間には届かないものらしい。受験勉強が出来ずに夜間に行き拗ねていた僕と違って、そう受験勉強もしないで東大の医学部を卒業した人と比べようもないが、同じところもあった。生きるには余生は長すぎると思っていたことだ。

神戸市外国語大学旧学舎(大学HPより)
そんな僕が歴史を辿り始めたのは成り行きである。人生をすっかり諦めかけたとき、たまたま讀賣新聞の夕刊に連載されていた小説を読んだ。なぜかすっと文章が入って来たので、その作家のものを古本屋で探してみたらたくさんの作品があった。多作だったが、出版社が企画した駄作も結構あった。読んでるときに、僕自身の中に小説を書きたい気持ちがあるのに気づき始めた。まだ生きるための目標にはなりそうにはなかったが、とにかく書きための空間を探す方向に進み始めた。

ラングストン・ヒューズ著『黒人史の栄光』
その過程で、たまたま教職大学院に行き、修士論文を書くことになり、アメリカの黒人作家を選んだ。読むうちに、歴史が要ると感じた。それがアフリカ系アメリカの歴史を辿り始めたきっかけである。奴隷制を続けたい南部と奴隷制を廃止したい北部の市民戦争だった。南部が優勢とみられていたが、南部の2候補が譲らず、1860年の大統領選で共和党の候補者リンカーンが大統領にえらばれた。南部は予め予定していた合衆国を脱退して南部諸州連合を造った。国が2つに分かれたのである。北部は南部を戻すために戦争を始めた。1861年から1863年のことである。

北部の勝利に終わり、北部は占領政策を始めた。再建期と呼ばれる。その後、占領軍が去ったあと、南部の寡頭勢力が巻き返しが始まった、反動期と言われる。反動勢力が1896年の「プレッシー対ファーガソン事件」の最高裁判判決で、人種差別を合憲と認めるほど、反動勢力は凄まじかった。有名な「隔離すれども平等」判決である。

リチャード・ライト著『1200万の黒人の声』から
公立学校で教えられる南北戦争の概要である。しかし、実際はそれだけではない。次回、その辺りを書いてみたい。
22年に→「米1860」、→「日1860」、→「南アフリカ1860」、→「ジンバブエ1860」、→「ガーナ1860」、→「コンゴ1860」、→「ケニア1860」を書いた。南北戦争の頃の日本とアメリカとアフリカの国々の様子がわかる。
最近、生まれた年からの比較編年史を書いた。途中で止まっているが、→「①1949私 」、「②1949日本」、→「③アメリカ」、→「1950①私」、→「1950②日本」、→「1950③アメリカ」を書いた。生まれた時から今までの比較史を書こうと思いついて始めた。

黒船