つれづれに:『怒りの葡萄 』3(2026年3月日)

つれづれに

つれづれに:『怒りの葡萄 』3

 →「『怒りの葡萄 』2」で「この7冊目を読み終えた頃には、だいぶ英語の文字も目に馴染んできていたように思う」と書いた。何かやり始めると周りが見えなくなるという自分の性格のせいだとは思うが、いくら→「採用試験」と→「大学院入試」の準備のためだからといっても、突然、寝ても覚めても英語、の生活になったのだから、体も順応せざるを得ず、1年も続ければ、英語の文字も目に馴染み始めるだろう。

 この頃のことを思うと、ちばてつやの『おれは鉄兵』の主人公の言った言葉をいつも思い出す。施設の道場で同級生に叩きのめされた主人公は、これだけは少し出来ると思っていた自尊心を痛く傷つけられた。剣道をしたい一心で兄が卒業し弟と妹の通う私学に入ろうと思い立つ。幸か不幸か、生まれた家は地元の名士で金持ちである。各教科に家庭教師までつけてもらって、主人公は猛然と受験勉強を始めた。地元の名士の家に生まれ、優良な大蔵官僚だった父親は、家や母親の重圧から逃げてながい間財宝探しの野放図な生活を送っていた。連れて行くつもりはなかったが、リヤカーの中に紛れていた赤ん坊の主人公を捨てるわけにも行かず、幼い子は父親の財宝探しに付き合う羽目になった。やがて、逞しい野生児に成長した。東大卒の父親とは対照的に、公教育とは無縁だったので、文字も書けなかった。その主人公が地元では難しいとされる中高一貫の私立中学に入学すべく受験勉強を始めたのだから、周りははらはらしたわけである。ちばてつやの理想像と思えるうつくしい母親は、永年ぶりに探していた父親と戻った我が子が俄かに受験勉強を始めるを見て心配になって、我が子に声をかける。

「そんなに急に詰め込んだら、体を壊しますよ」

しかし、主人公はお構いなし。

「今まで頭の方は使ってないから、だいじょぶ」

そう言ったあと、勉強を続けたのである。

 『怒りの葡萄』を読み始めた頃には体はばりばりに張っていたが、最後の『アメリカの息子』を読みだした時には座って読むのが難しくなっていた。それでも辞められずに、右に左に向きを変えながら、寝転がりながら400ページで前後の英文書を2日か3日で読み終えた。

『怒りの葡萄』について普段しゃべった記憶はない。赴任先が医科大で、非常勤で行く教育学部や農学部の学生もあまり文学書を読まない人が多かったせいもある。しかし、異国でしたアフリカ人との話の中で『怒りの葡萄』が出て来るとは思ってもいなかった。相手はジンバブエ大学の3年生「アレックス」だった。

在外研究で大学に行ったとき、世話になった教員の授業を見せてもらったときの学生の一人である。約束の時間に部屋の前で待っていたが、教師も学生もいなかった。しばらくすると、友人といっしょにアレックスがやってきた。授業がないのがわかると「大学でも案内しましょうか」と言って、住んでいた寮に連れて行ってくれた。そのうち友人も加わって、日本について色々聞かれた。

学生寮ニューホール

部屋には、本棚にラ・グーマの本や英語の辞書などが少々並べられてあり、ダブルカセット付きのラジオカセットが置いてあった。「大学の3年間は楽園ですよ」とアレックスが言う。「大学に来るまでも大学を出てからも、どうやって食べていくかの心配ばかりですが、少なくとも寮にいる3年間は、1日に5ドルで3食が保障されていますから、その心配をしなくていいだけでも天国ですよ」と付け加えた。

ウォークマンで尾崎豊を聴くアレックス

 ライトの亡命後の作品を修論で取り上げたり、アメリカの学会でラ・グーマの発表をしたり、ケニアのグギさんの翻訳を頼まれたりしていたので、亡命してからの作品にはあまり勢いがないですねと、当時思っていたことを話した。

「僕もそう思います。グギやラ・グーマの亡命後の作品には確かに勢いが感じられませんね」と、アレックスが応じた。

「僕は『怒りの葡萄』が好きで、『私は説教する人ではなく、話をする人です』と言うジム・ケーシーが特に好きですね」と話をすると、「僕もジム・ケーシー、好きですよ」とアレックスは言っていた。その後も、『怒りの葡萄』の話をしたことはなく、今回は久しぶりだった。

大学のキャンパスを歩くアレックス