つれづれに

つれづれに:台風一過②

曽山寺浜の橋の上から青島を望む

超早場米は次回に回し、台風の続きである。6日(金)辺りから急に台風9号が上陸するかも知れないとニュースで報道し始めた。隔週の金曜日に白浜にでかける時は、下曽山寺辺りの県道から裏道を通って総合公園からの遊歩道に入る。青島マラソンも含めて、マラソンコースのために造られたようで、自転車と通行人しか通れないことになっている。地面に10キロコースとか20キロコースとかの表示がある。以前、自転車とバイクの学生といっしょに青島まで通ったことがあるが、バイクの学生がゆっくり乗って行ったので、かなり気を遣った。

白浜から青島方向に見える高波

台風の影響ですでに波は高かった。普段ならいる初級コースのサーファーもまばらで、海水浴客はほとんどいなかった。2週間前はたくさんの人だったので、帰りは青島ビーチの道は避けて通らなかった。夏休みに入ったこともあり、海水浴と青島神社参拝でかなりの人出だった。サーファーが通報されて白眼視されたり、県外ナンバーの車が敵視されたりしていたのだから嘘のようである。まだ一年ほどしかならない。感染者はずいぶんと増えている。

人もまばらな青島ビーチ

海岸線にはよく出かけるので普段は写真は撮らないが、台風の影響で波が高かったので、久しぶりに白浜の高波の写真を撮った。砂浜に降りて撮り始めるとすぐに、海水浴場の係員から「遊泳禁止で、浜に入って写真を撮らないで下さい」と言われた。青島では人は少なかったものの、海水浴客も少しはいたので、遊泳禁止になっていて、浜に入ってはいけないとは考えてなかった。しかし高波は危険には違いないので、そこは素直に謝って引き下がった。代わりに山側の以前ブログで紹介した(→「 歩くコース1の④」、7月11日)大雨で崩れた山肌の写真を撮った。間に合わせに土嚢を積んだ仮工事の期間も長かったが、かなり頑丈そうで分厚いコンクリートで補強して、工事を終えたようである。その期間、奥のサンクマールへのバスは迂回路を通っていた。

数年前の大雨で崩落した山肌、工事も終わって落ち着いた様子

白浜から見える折生迫のホテルサンクマール

次回はおそらく「超早場米」で、撮って来た稲刈りの写真を紹介するつもりである。

台風から三日目、大きな被害はなかったものの、竹を登っていた胡瓜の竹そのものがほとんど傾いているし、南瓜も風にやられて、葉に勢いがない。一昨日は一歩も家をでなかったし、昨日は早起きして辛うじて歩いただけだ。なかなか体と気持ちが動かない。そろそろ畑に出ようと思ってはいるが、また大雨になりそうで、気持ちも萎える。湿気って暑いと蚊の勢いも半端でない。ままならないものである。

つれづれに

つれづれに:台風一過

寝ているうちに台風9号は通り過ぎ、台風一過、昨日はきれいに晴れていた。今日も朝から晴れていて、普段の夏の一日である。お盆を過ぎると朝晩凌ぎやすくなるが、まだまだ暑い日が続きそうである

家の近くから望む加江田の山

進路予想の地図を見ると、薩摩半島(向かって左側の半島)の枕崎に上陸し、都城から延岡、大分の津久見を通り、愛媛の佐多岬半島をかすめて広島の呉あたりに上陸して熱帯低気圧に変わったようである。台風の規模は大きくないが、熱帯的低気圧に変わってからの方が雨風の影響が大きかったらしい。

お昼過ぎに畑に出て、一度お昼を食べてから、ガレージでの作業をしたが、結果的には一番雨風が激しかったときに作業をしていたらしい。(→「台風9号」、8月8日)普段は放りっぱなしにしているので、物が飛ばないようにナイロンのロープで繋いだり、結構することがある。今回はついでに、玄関の塀のタイル張りの黒ずんだ汚れを掃除した。引っ越して来て十数年になるので、黒ずみかたも半端でない。以前ガレージの煉瓦貼り床の汚れをみがいてきれいにしたとき、玄関の所も少したわしで擦ってみたら汚れが落ちそうだったので、今回はやってみることにした。幸いかなりの雨が降りつけてくれたので、磨いた個所に自動的にかなりきついシャワーがかかるような感じできれいになった。雨合羽を着ながら、一番激しい雨風の中で塀を一心に磨いていたわけである。何をしてたんだろう?

作業疲れか、昨日は一歩も外にでなかった。夜中は冷房を切ってシャッターを降ろし、窓を開けたままにして寝ているが、昨日の晩はシャッターの音がうるさかったようで、ありす、ぴのこ、ジョバンニの三匹の猫は、週日ぐったりとして寝てばかりいた。おかげで、今朝は元気になったようで、食欲も旺盛である。

野良で大変な思いをした直後のありす(約9か月、小島けい画、パステル)→「母親になった猫」

今のありす(15歳)

梅とぴのこ(1歳前、小島けい画)→「梅とぴのこ」

向日葵とジョバンニ(1歳前、小島けい画)→「向日葵とジョバンニ」

今のジョバンニ(14歳)

昨日ずっとごろごろしていたお陰で、今朝は割と早く起きて、公園から木花神社まで歩いた。展望所から下のたんぼで稲刈りをしているのが見えたので、長い階段を降りて近くまで行き、写真を撮ってきた。次回は「超早場米」になりそうである。今年は稲刈りの写真を撮り損ねたと思っていたが、一台だけトラクターが作業をしていた。それも台風でなぎ倒された稲を刈っているまわりで烏が作業を見守るように眺めている、そんな光景が撮れたので、散歩にカメラを持って行った甲斐があったようである。もし、よく撮れていたら、であるが。

つれづれに

つれづれに:台風9号

来るときは突然である。台風9号らしい。すぐ近くに来ているようだ。さっきまで、暴風雨のなかで、雨合羽を着て作業をしていた。雨も風も強かった。午前中に畑で作業をするつもりをしていたが、なかなか体が動かず、畑に出たのはやっとお昼過ぎ。大根の芽を土に埋めたり、オクラや茄子を針金で固定したり、物干しも解体して地面に寝かしたり。物干しも飛んだことがある。去年はガレージの補修で梯子から落下して捻挫、痛みを「堪能」して松葉杖生活で難儀した。もう一年になるわけか。雨も風も、今は一時収まっている。このまま収まるとは思えないが、今回は短くて済みそうである。寝ている間に通り過ぎて、起きたときには青空が見られるようにと祈るばかりである。

先週は、「歩くコース②の2」、「山頭火の世界④ー防府②」、「アングロ・サクソン侵略の系譜30:在外研究」を書いて・・・。自転車で買い物に行く途中に稲刈りをやっているのを見て、先に「つれづれに:超早場米」か。

突然の台風で、そんなモードがぷつんと切れてしまった。三十何年か前に宮崎に来て以来、すっかり台風にも馴染んだようである。何年か前に大阪に大きな台風が来て関西空港で車が流される映像を見たとき「台風が来たら外に出たりせんけどなあ」とつい思ってしまったから。「警報が出てますけど」と小学校に電話したら「警報くらいで休みにはなりません」と言われた。住んでみると、わかる。何回かすごいのがやって来た。ちょうど大根の芽が出た頃に大きいのが来て全滅、再度撒き直した種から芽が出た頃に大きいのが来てまた全滅、清武の農家の人が頭を抱えていた姿が今も目に浮かぶ。大学のある清武や田野地区では、霧島の灰が堆積して出来た豊かな黒土と霧島降ろしの寒風を利用して切干大根を作る。冬の風物詩になり、名物にもなっているが、太らせて量を増やすためにたっぷり化成肥料を撒いているのをみているので、土産に持って行くのは気が引ける。

もう八月である。(小島けいのカレンダー8月↓)

つれづれに

 歩くコース2の①・・・

コース1の二つ目の三叉路

1のコースは左折、2のコースは直進

歩くコース2の①で、木花神社に寄る一番長いコースである。

コース1では二つ目の三叉路を左折したが、コース2ではそのまま歩いて高台の道をほぼまっすぐに進む。左右に10軒足らずの人家がある。家と家との距離がかなりあり、神社までは少し距離がある。途中に畑もある。西米良大根をくれた人が、かなり広い畑で作業をしているところを時々見かける。梅の木も何本かあり、季節には道に梅がころがっている。「持って帰りますか?」と聞かれた梅はおそらくこの辺りの樹になった実のようである。そのまま歩くと、木花神社に高台から入る道に行き着く。

高台から入る道

神社には右手の道をそのまま進む。両側は竹林になっている。左の道の坂を下ると県道に出る。写真を撮っている時、たまたま車が坂道を登っていた。神社には下の南側からも入れる。県道からの坂道で、県道脇に幡が見える。坂道の途中にも幡と掲示板がある。

坂を上ると、鳥居と階段がある。坂道も階段もかなり急だ。自転車を押して登った時は難儀した。途中に車で来る人のために駐車場がある。

境内への正面入り口の鳥居

木花神社に寄るようになったのは偶然で、信仰心があるわけではない。高台の道を歩いている時にたまたま見つけて立ち寄ってみたのが始まりである。あとで木花駅舎の中の大きな観光案内写真にあるのをみつけた。境内で人に会うことはめったにないが、わりと有名な神社らしい。無人だが、氏子が世話をしているようである。西米良大根をくれた人が軽トラックに草刈り機を積んで高台から神社に入るところを見かけたことがある。地元の名士で、有力な氏子かも知れない。節目には人が集まっているようだ。(②に続く)