つれづれに

つれづれに:血液

神戸電鉄緑が丘駅、明石と宮崎から通った治療院の最寄り駅

 血液については、34歳の時にマッサージで救ってもらった際に、揉んでもらいながら充分に聞かせてもらった。

すべて血液とリンパの流れでんな。毛細血管が少のうなったら、血液が隅々まで行きまへんで。お相撲さん見てみなはれ、あれ脂肪やありまへんで、筋肉の塊(かたま)りでっせ。そうでっしゃろ。ま、私の場合、ブルドーザーで、がーっとでんな。

その通り、痛かったが普段通りの生活が出来るようになった。半分白髪だった髪も黒くなった。

タマ、髪黒いよ、白髪なくなってるよ。

 しかし、血液について詳しく調べたわけではなかったので、医学科の英語の授業はいい機会になった。新入生はまだ医学をやっていないので、血液については2種類の資料を用意した。一つは一般向け、もう一つは医学生用である。血液には赤血球、白血球、血小板があり、赤血球は酸素と栄養素を運び、白血球は外敵を撃退し、血小板は凝固の働きがあるという基礎知識に加えて、白血球には単球、リンパ球、好中球、好酸球、好塩基球があると図示してある分(↓)である。図が簡単でわかりやすい。学生にもエイズ患者が出始めたころ、鹿児島大の院生が相談した教員から情報が洩れた。事態を考えた文科省は冊子を作って、国立大の教員に配布した。冊子は事務局から回ってきた。改定されたようだが、回って来たのは2回だけである。この部分は改定されていなかった。

 医学生向きの血液についての資料は医学用語の13章血液システム(Blood System)、『ヒト生物学』(Human Biology)5章血液の組織と機能(Composition and Function of the Blood)、ガイトンの『生理学』(Guyton’s Phisiology)の33章(↓)人体の感染への抵抗(Resistance of the Body to Infection)をすべて印刷して配った。『ヒト生物学』は一時新入生全員が購入していた分厚い専門への橋渡しの図書で、『生理学』は2年次に基礎医学の生理学のテキストである。かなりの量になった。

 白血球については、細胞の中につぶつぶがある顆粒(かりゅう〉球とつぶつぶのない無顆粒球に分けられ、顆粒球のうち、酸性の色素に染まるものを好酸球、塩基性の色素に染まるものを好塩基球、中性の色素に染まるものを好中球と呼んで区別していることが図示されている。

 13章(↓)、『ヒト生物学』、『生理学』は予め家で読んで来るように指示し、授業では13章は発音も含めて詳しく、あとは一部を取り上げて簡単に、すべて誰かにやってもらう形の演習形式で発音も丁寧に解説した。

 赤血球はerythrocyte – エスサイト、リが強くてトはほとんど聞こえない、そんな感じである。erythrocytosisは赤血球増加[症]、折角なので併せて覚えるといい。白血球{顆粒球の好塩基球はbasophil、ベェイゾフィル。好中球はneutrophil、ニュートゥルフィル、neutral(中性[の])はよく使う。好酸球はeosinophil、イシィノフィル。 無顆粒球の単球はmonocyte、ノサイト。リンパ球はlymphocyte、ンフォサイト}血小板はplatelet、プレイトリット。

リンパ球は、白血球のうち約 25%を占める細胞で、大別して細胞性免疫の機能を持つT細胞と、抗体を作るB細胞に分けられ、T細胞はさらにヘルパーT細胞、サプレッサーT細胞、細胞障害性T細胞などに分類される。

HIVが標的にするのは、このヘルパーT細胞である。やっと、辿(たど)り着いた。次回は免疫の仕組みである

つれづれに

つれづれに:台風一過

 昨日と今日と晴れ間が続く。気温も35-26℃前後、暑さも続く。なとか大きな被害もなく、幸い停電や断水もなくて済んだ。佐土原以外にも、近くの赤江や城ケ崎でも竜巻で結構な被害が出たらしい、一時は通行規制がかかったようである。

 被害がなくてよかったが、今回の台風は進度が遅かったようで関東の方にいるようである。かなり離れたところで、雨の被害が出ている。まだ10号でやっと9月になったところ、台風はこれからが季節だ。先が思いやられる。地震で揺れるし、大きな地震が来ると予報が出るし、そっちの方も先行きが怪しい。

 近くの家の庭に咲いている百日紅(さるすべり、↓台風の後と先)の写真を撮りに行って来た。台風で風に揺すられても、さすが百日が花の名前に入っているだけはある。まだ、咲きそうである。

 台風の前に、日中には暑さで無理なので、朝早く起きて紐で結んだ甲斐があった。何とか生き返ったオクラを半分ほど結び直して、追肥をしたので、だいぶ勢いが出て来た。丸莢なので、一つ一つが大きいので一日に2つか3つなれば、充分に事足りる。酢と焼酎に希釈液をこまめにかけるのはなかなか手間がかかるが、そのおかげで、虫にやられる度合いが少なくて済んでいる。手間と時間をかけると、その分だけ収穫も多くなる。根気のいる作業だ。

 台風一過、今日から9月である。新しいカレンダーは、2015年に一度使った青い街(↓)である。2022年に、第2弾を描いている。

<青い街(1)> (3号)

 妻はメールもしないが、写真を探すためだけにパソコンを使っている。気に入った動物や光景があれば、テレビの画像をカメラに収めて、それをヒントにいろいろ描いている。最初は花から出発して、出版社の装画や装画用に描いていた。個展は続けていたので、その絵も描きながら、ある時からカレンダー用の絵も加わった。誘われて最初の年だけ旭屋とか紀伊国屋とか東急ハンズの店先に並んだが、一年で終わった。カレンダーは、元々採算が取れないからだ。その後は、宣伝用にと自分でカレンダーを出し続けている。

<青い街(2)> (3号)

 南瓜は勢いが出て、朝には大きな濃い黄色の花が次々と咲いて順調に育っていたが、強い風に叩かれてだいぶやられた。それでも、かぼちゃは強いので、復活するだろう。

 近くの家のミモザが咲く準備をしている。拡大して枝の写真を撮ってきたが、そのうち鮮やかな黄色のきれいな花が咲き乱れるだろう。その頃には、少しは過ごしやすくなっているだろうか?

去年のミモザ

つれづれに

つれづれに:ウィルス

 最初は英語の授業を医大医学科の一般教育の科目として担当した。統合後は医学部医学科としてである。エイズについては半期15回のうちの大体4~5回で、☆HIVの増幅のメカニズム、☆簡単なエイズ発見発見の歴史、☆社会問題として:アメリカ(エイズ会議、抗HIV製剤、HIV人工説)とアフリカ:(欧米・日本の偏見、ケニアの小説、南アフリカ)を演習形式で行った。その授業の話の前に、いくつか前提となる項目を先に取り上げておきたい。科学の知識が皆無に近かったので、確認の意味もこめてである。最初はウィルスである。

本格的にするようになった時に使った『医学用語8版』

 のちに医学用語(↑)をするようになって、日本語で普及して使われているウィルスは和製英語で、英語ではヴァィアラスと発音され、ドイツ語で習った人はヴィールスと発音しているのに気がついた。1980年の初めに横浜で出版社の人に会ったとき、縄文時代と意識下通通信制御のことを延々と話して下さったが、話の中で恐竜がやられたのはヴィールスですと何かの文脈の中で話していたのを記憶している。その人は1930年代の前半の生まれで、東大の医学部を卒業して医者にならなかったと、あとから先輩に教えてもらった。退職した年、非常勤で医学科の英語と全学の教養科目を頼まれてやっていた時に、医学科の3年生を担当した。夏休みに中国の大学に研究室配属で行く学生の英語の準備という依頼で、行った先で使う英語を予測して1対1で面談を繰り返した。その中の一人が、中国医学と日本医学、アメリカ医学と西洋医学とを比較してしゃべる練習をしていた。そのときに、戦前の人たちは医学をドイツ語でやっていたと気づいた。だから、出版社の人はヴィールスを使っていたわけである。

医大の講義棟(最初は4階で、あとは3階で授業をやった)

 ただし、戦後は無条件降伏のあおりで、ヨーロッパ医学がアメリカ医学に切り替わっている。ただし、当初は英語を担当できる人が少なかったのでドイツ語も継続して使っていた、つまりドイツ語で学んだ医者がすぐには英語に対応できなかった、ドイツ語との併用の時代が長く続いたというわけである。英語のmedcal record, chartはいまだにドイツ語由来のカルテが使われている。私が1988年に医学科に赴任したとき、ドイツ語の専任のポジションが2つもあったし、医学科の第2外国語はドイツ語が必修だった。そのうち英語の蔓延(はびこ)り方が酷くなり、ドイツ語の雑誌にも英語の論文が載せられるようになった。医大でも難産の末に、医学科の第2外国語が選択になった。ドイツ語の教員には死活問題だったが、問題のあった人だったので周りに助ける人はいなかった。統合で教養科目が全学共通になったので、退職後はそのポストは不補充でドイツ語の専任はいない。不補充は学長裁量なので、全学用の他のポストに使われている。今は、ドイツ語はフランス語とならんで、全学キャンパス(↓)での教養選択科目の一つである、最近ヨーロッパ言語を取る人は、ずいぶんと少なくなった。

奥に見える7階建ての3階に研究室があって、窓から加江田の山も見えた

 ウィルスは極めて小さいので、もちろん裸眼では見えず、かなりの規模の電子顕微鏡で拡大しないと確認できないらしい。ナノの世界である。nm(ナノメートル)を最初見た時、cm(センチメートル)かmm(ミリメートル)の間違いにしか見えなかった。まさか10のマイナス6乗とは。もちろん、理屈はそうでも、理系の要素が欠落しているので、実際には私の理解の範疇(はんちゅう)を越えている。
一般向けのエイズ関連の本を読んだ時、著者が最初の授業でウィルスは生きものかそうでないかを最初に尋ねるという話を紹介していた。生きものとは自分のDNAで子孫を作ることができるものを指すが、ウィルスはDNAを持たないので自分では子孫が作れない、その意味では生きものとは言えない、そんな話である。今回エイズで問題になるのは、生きものでもないウィルスが自分の子孫を増やすために利用する標的が人体に流れる血液中の白血球のT細胞だということである。白血球は外から侵入してきた外敵を駆逐する働きがあり、ウィルスの増幅でT細胞が壊されて、その細胞数がある一定以下に減ると、外から侵入するウィルスや細菌などの外敵に対処できずに、衰えてやがては死に至る。

 ウィルスはどうやって人体に侵入し、血液の中のT細胞に入り込むのか、そしてどうやって子孫を増やすのか?それを理解するためには、HIVの増幅のメカニズムを知る必要がある。
メカニズムの前に、次回は血液である。

Stages in blood cell development (hematopoiesis – 血液生成)

つれづれに

つれづれに:エイズ

 今回からエイズ関連の連載である。コンゴとエボラ出血熱、南アフリカに続く最終回になる。

「サンフランシスコ」(↓)で初めてエイズ患者が出た1981年7月には、私もサンフランシスコの街にいた。しかし、全く知らなかった。エイズの報道もなかったし、医学に関心が向いていなかったからだろう。1992年にジンバブエ大学で知り合った英語科の教員が「エイズに感染した地方の女性のドキュメンタリーを撮ったので観ますか?」と誘ってくれたときも、滞在期間が短く時間的な余裕がなかったのと、まだエイズに関心がなかったので機会を逃している。返す返すも、心残りである。のちに、医学科で英語の授業をして、そこでエイズを取り上げることになるとは、初めてサンフランシスコの街を歩いた時には夢にも思わなかった。世の中、なにが起こるかわからないものである。

 前回「担当が一般教育の英語学科目だったから、当初は医者には出来ないことをと意識してやってみたが、どうもしっくりいかなかった。医者や研究者になろうと入って来た人たちだから、やっぱり医学的な側面も取り入れる方が自然な気がして、エイズとエボラ出血熱、しばらくしてから医学用語もやり始めた」と書いたが、実際に始めてみるとなかなか骨が折れた。元々医学に特に関心はなかったし、科学の知識が皆無に近かったからである。当たり前であるはずの前提を理解するにも、時間がかかった。ただ、元々人が何かを教えられるとも思っていなかったので、わからない時は未来の医学生に教えてもらおうとは思っていた。素人ならではの逃げ口である。後先を考えないで、先ずはエイズとエボラを遣り始めた。

エイズは一体どんな病気なのか、何が原因なのかを最初に考えた。本腰を入れ出したのは1990年の半ばで、医学科で授業を始めてから7、8年が経っていた。調べてみると、普通の病気とは少し違うようだった。普段意識にある病気の概念は、たとえば喉(のど)がいがいがして、くしゃみが止まらないと風邪気味だな、気をつけようという感じだ。しかし、エイズは、原因はウイルスだが、感染して免疫力が著しく低下して普通は罹(かか)らない重症な感染症やがんを併発するようになる病気(↓)である。したがって、ウイルスに感染してもエイズという病気になったわけではなく、免疫力が落ちて他の病気を併発したときに、エイズという病気を発症したというわけである。

病名は後天性免疫不全症候群、英語ではAcquired Immuno-Deficiency Syndrome、その頭文字を取ってAIDSが英語の病名、日本語ではエイズである。ウィルスはヒト免疫不全ウイルス、英語ではHuman Immunodeficiency Virus、同じくその頭文字を取ってHIVまたはHIVウィルスと表記される。

 英語の授業の対象者は医学科1年生で、授業は前期か後期の15回、一般教育の1教科で必修科目。1年生なので、まだ基礎医学や臨床医学はやっていなかった。中高では英語の用法や購読やリスニングを中心に間違わないようにやって来ているので、実際に使える人はそう多くない。元々言葉は使うためのものだから、間違わないようにと一方的にやられてただただ覚えても、実際には言葉としてそのままは使えない。間違ってはいけない、間違ったら恥ずかしいという意識が却って邪魔になって、実際にはしゃべれない場合が多い。医学科の場合、マークシート方式のセンター試験で9割くらいは取るので、自分は英語が出来ると錯覚している人も多い。もちろん、一度大学を出た→「既卒組」や、親の関係で海外の経験がある人も結構いるので、その人たちは最初から英語が使える。国際基督教大(ICU)の既卒者が何人かいたが、どの人も英語が出来て、使えた。さすがである。その条件下での授業である。一般教養が主体なので、医学問題もその一つ、概(おおむ)ねそんな感じである。

医大の講義棟(最初は4階で、あとは3階で授業をやった)

 エイズとエボラをそれぞれ4回前後くらいか。時間も限られているのでエイズに関しては、HIVの増幅のメカニズム、簡単なエイズ発見の歴史、社会問題として:アメリカ(エイズ会議、抗HIV製剤、HIV人工説)、アフリカ(欧米・日本の偏見、ケニアの小説、南アフリカ)を大体4~5回で取り上げた。英文を誰かにやってもらったり、各項目の発表を何人かにしてもらったり、それとたくさんの資料と映像。盛沢山(もりだくさん)だった。それと、医学用語(ウィルス、血液、免疫機構)も織り交ぜた。英文をたくさん読むので、医学用語は不可欠だった。9割ほどがギリシャ語、ラテン語由来なので初めは馴染(なじみ)がないが繰り返し使えば慣れる。生体病理検査の所見が英語だし、カルテなどでも要るので、やっておいて損はない。日本語で使われている発音と違う場合も多いので、発音は演習を交えながら丁寧にやった。

本格的にするようになった時に使った『医学用語8版』

そんな感じで、医学科のエイズの授業を始めた。次回はウィルスである。