つれづれに:ノアとのら
5月になっている。もう3日だ。ここしばらくコンゴについて書いている。医学と一般教養を何とか繋(つな)げないかと考えて、医学生の英語の授業で工夫を始めた。ちょうどコンゴで→「エボラ出血熱」の2回目の流行があった1995年辺りである。元々授業では音声と映像をたくさん使っていたので、アメリカの→「CNNニュース」と当時購読していたデイリー・ヨミウリの→「ロイター発」の英文記事を使って始めたら、思わぬ方向に広がっていった。そして、その後の英語の授業や、統合後に担当し始めた教養科目でも、繰り返し取り上げることになった。授業でやった内容の記憶を手繰(たぐ)り寄せて書いていたら、いろいろと湧いてきて、1日にカレンダーを載せられずに2日遅れになった。もちろん、コンゴの話はまだ続きそうである。歴史の縦軸と欧米や日本も絡んだ横軸を探っていくと、まだまだ出て来そうな予感がする。
カレンダーの主はノアとのらである。互いに会ったことはない、ノアはもういないし、のらは娘と吉祥寺に住んでいる。妻に絵の中で引き合わせてもらったわけである。ノアは娘が渋谷に住んでいる頃に引き取って、宮崎まで連れて来た。生まれたての頃に大都会の自動販売機の下であらん限りの声を出して泣いていた声が娘に届いたのである。8畳の部屋では飼えないので、飛行機に乗せられるようになった頃に今の家にやって来た。家にはラブ・ラドールの三太(↓)がいたが、何事もなかったようにいっしょに暮らし始めた。大きさの違いも問題なしだった。ノアと三太はホームページ「ノアと三太」のトップページにいる。定年退職の年に、10年余り授業で使い続けた褒美(ほうび)にブログを作ってくれたので、ホームページを使う頻度(ひんど)は少なくなったが、最初は並行して使っていた。今は10秒でブログに飛ぶ設定に変えてもらっている。ずっと使っていたページは今もそのままである。いろいろブログともリンクさせてある。最初に作ってもらった英語科のホームページも残っていて、リンクさせている。まさかブログが遠隔授業の時に役に立ってくれるとは、世の中何が起こるかわからないものである。2020年の春先の話で、その時の学生はこの4月に卒業した。もう4年になる。医学部の同僚は医者が多いので、メールにCovid 19を使っていたのが印象に残っている。調べたら世界保健機構(WHO)の国際疾病分類上の疾患名「Coronavirus diseases 2019」だそうである。騒動があってから何年になるのかわからなくなると、Covid 19を思い出す。
のらは娘の住んでいるアパートの坂道で、こちらもあらん限りのだみ声で鳴いて訴えかけ続けたそうである。娘の心に届いて、今ではズームで会うこともある。原画(↓)の絵はズームで撮った画像が元である。大きな顔がなんとも言えない可愛さである。よく携帯に電話もかかって来る。大きな声でのら、のら、のーらと呼ぶと機嫌よく食べだすことが多いようだ。
ある日、妻はサンタとノアと子供たちを絵に描いた。当時出版社のブログに連載していた「私の絵画館」(→「私の絵画館一覧」、2009/11~2017/1, 81編)にエセイを書いた。→「三太とノアと子供たち」(「続モンド通信14」)