つれづれに:『悪夢』(2024年5月9日)

つれづれに

つれづれに:『悪夢』

 『ER緊急救命室』(ER, Emergency Room)に出て来るコンゴの話である。アメリカNBCで放送されたテレビドラマシリーズで、DVDを買い込んで映像や音声でずいぶんと世話になった。1994年から2009年までの間に311のエピソードが放送されている。NBC(National Broadcasting Company)はCBS・ABC・FOXとともにアメリカの4大放送ネットワークである。

主人公のカーター

 タイに留学した6年生の意見を容れて、英語が使える手助けを英語科に依頼すると医学科の教授会が決め、研究室で学部長から要請された。そして、英語科で英語による海外研修に向けての準備講座を始めた。ポリクリと呼ばれている6年生の病院での臨床実習の4週間を海外でも選択出来るようにカリキュラムを変更していた。変更後の最初の年に、4人がタイの大学病院で臨床実習を受けてきたが、思うように英語が使えなかったので、後輩のために大学で何かやって欲しいと言ったそうである。その時にも、ERの映像と音声をよく利用した。途中からカリフォルニアの大学病院の救急でも研修が出来るようになったので、まさにうってつけの生きた素材だったわけである。講座に招待した小児科医もあれ早いわよねと言っていたから、折り紙つきである。

クロアチア出身のカーターの同僚コバチュ

 その生きた素材の中に、コンゴの話が出て来るとは思ってもみなかった。主人公の救急医カーターがボランティアでコンゴに行く話である。→「つれづれに:コンゴの独立」で「一般教養と医学を繋(つな)ぎたいと英語の授業で→「エボラ出血熱」から始めたら、映像を手掛かりに思わぬ視界が開けた。歴史を遡(さかのぼ)ると、2回目と1回目のエボラ騒動も、独立時と→「コンゴ動乱」の延長上にあった。アメリカに担がれたモブツの独裁で、賄(わいろ)賂はザイール社会に浸透し、公務員の給料が支払われず、賄賂が生活手段の一部になっていた。経済も破綻(はたん)し、あらゆるものに皺(しわ)寄せが行っていた。中でも、医療施設は最悪だった。1985年にアフリカでもエイズが流行り始め、2回目の騒動の時は深刻な事態に陥っていた。そこへエボラウィルスの追い打ちである。ラッサ(Lassa)、ハンタウィルス(Hanta virus)などと同じく、バイオセーフティ指針(Biosafety Level、BSL→「音声『アウトブレイク』」)の一番危険なレベル4のエボラウィルスの感染者にマスクや手袋もなしに治療に当たれば院内感染者も増える。基本的な器具や必需品が決定的に不足していたのである。(→「ロイター発」)」と書いたが、2003年に放映されたシーズン9の第22話『悪夢ーキサンガニ』で、それまでやってきたコンゴの話を実際に近い形の映像で見られるのは、有難かった。

 主人公が首都キンシャサの空港(↑)から診療所に向かう迎えの車の後部席に見慣れぬものが積み重ねてあるのに気がついて、出迎えに来てくれた診療所の職員に尋ねる場面である。カーターの視線に気づいた職員がカーターに話しかける。

「たくさんの義足(↓)でしょ?」

「地雷?」

「長い鉈(なた)ですよ」

 長い鉈はmachete(↓)と呼ばれる中南米で砂糖黍(きび)の伐採(ばっさい)などに用いられる山刀(鉈に似た刃物)である。アフリカでも使われているらしい。ルワンダでの大虐殺でも使われたようだ。

 大量虐殺のあったルワンダは東部地域に分類される国だが、広大なコンゴの東側で接している国である。西部とは少し違うだろうが、文化や習慣も互いに影響を大きく受けている。キンシャサのラジオ局のルンバを共有していたわけである。(→「コンゴあれこれ」)『レオポルド王の亡霊』の著者アダム・ホックシールドは手足を切断する行為がレオポルド2世に深く関わっていると書いている。「レオポルド王の亡霊」が今もあちらこちらに潜んでいると書きたかったのだろう。アメリカの人気医療ドラマでレオポルド2世の翳(かげ)を垣間(かいま)見るとは夢にも思わなかった。