つれづれに

つれづれに:2026年1月半ば

小島けい「私の散歩道20216~犬・猫・ときどき馬」

表紙「リリちゃんと百合」(3号)

 年も明けて、1月も半ばになった。2026年1月16日である。コロナの始まりが2019年だから、8年目になる。大学が一区切りついたら、子供たちのいる東京に行き、近くに住むつもりだったが、コロナ騒動で一変した。腰を痛め、前立腺の手術をしてと、身体もあちこちがたがきている。毎日あちらこちらの節々が痛い。それでも何とか妻と猫のぴのこと、何気ない日常を送れているのは有難いことである。

2026年1月「白クマの親子」(0号)

 喉が生まれつき細く、一度にはたくさん食べられないので、1~2時間ごとに少しずつ食べないと、すぐに戻してしまう。夜は妻が、昼間は僕が付き合っているので、辛うじて日々をこなしているという状況である。無事に生きてくれているのが何よりである。何やかやすることばかりで、まとまって畑の時間を見つけるのは難しい。しかし、考えようによれば、それが幸いしているのかもしれない。腰を痛めるきっかけが、長い時間の畑作業だった気がするからである。

私の絵画館2→「水仙」(No. 18:2010年1月)

 半時間か1時間程度しか作業はできないが、それでも何とか形になっている。芽を出して大きくなりかけていた絹鞘豌豆とブロッコリー(↓)は何とか植え替えて大きくなっている。レタスとネギは植え替え中、第2弾のブロッコリーと玉葱と葱は、大きくなっている最中である。

 畑の中に2個の溜枡(↓)がある。片方が土で埋まって機能していなかったので、土を取り除いた。かなりの土を掘り出した。中途にある排水パイプも途中まで土が詰まっていた。出口のすぐのところで大きく曲がっているので、土を取り出すのが少し面倒だった。ついでに、土が流れ込まないように、周りにブロック立てている。溜枡のおかげで、水捌けがいい。よくできた庭だった。真ん中に円形の花壇があり、中心に薄紫の花が咲く樹が植えられていた。庭一面には何十センチか真砂土が入れてあったので、すこぶる水捌けはよかった。

 その庭の半分に海岸から砂を運んで、いっしょに住むようになったラブラドールのためのドッグランにした。もう半分はその前に住んでいたところの畑の黒土をわけてもらって畑(↓)にしてしまった。ラブが亡くなったあと、しばらくそのままだったが、今は全部畑に変わっている。かなりの土を運んだ。中央の花壇は取り払い、植えてあった樹は北東のあまり陽が当たらない場所に植え替えた。申し訳ないと思ったが、樹は勢いを盛り返し、きれいな花を毎年咲かせている。虫にやられかけて、一部の枝が枯れてしまったが、辛うじて生きている。

 去年は生り年でないので実は生らないものと諦めていたが、150個ほどの渋柿がなった。剥いて干して、無事に干し柿になった。いろんなところにお裾分けをして、重宝した。申し訳程度に3個(↓)だけ鳥さんたちのために実を残しておいたが、まだ樹にぶら下ったままである。最長不倒記録である。年を越して、実がなったままお姿をまだ見ていない。今年は鳥さんを見かけていない。来る前に、落ちてしまいそうである。

 

 今年は初めて室内で苗を拵えるつもりである。うまく行くかどうか自信はないが、ピーマン、胡瓜、茄子、トマト、瓢箪南瓜(↓)と丸鞘オクラ。今年はそれに、獅子唐も作ってみようと思っている。

つれづれに

つれづれに:畑12月

12月 メリーちゃんとクリスくん(6号)

12月もあと僅かになった。術後、身体はほぼ元通りにはなったが、その前に痛めた腰がまだ尾を引いている。それでも、毎日ほぼ支障なく生活できているので有難い限りである。

高校の時に担任した人の父親と今も遣り取りしている。今年は干し柿も出来たし、送ったら大層に喜ばれた。干し柿の反応が直かに返ってくることが少なかったので、嬉しかった。第2弾の干し柿に添えて、今まで干し柿について書いた「つれづれに」(↓)を印刷して送った。また、それも喜んでくれた。なんと御年93歳。筆跡もしっかりしている。感服である。
「柿干して 今年も暮れる」(2003年12月11日)、→「干した柿に、ひよも飛んできて」(2004年11月27日)、→「寒空に、祭りの後の花火が儚げに」(2005年11月20日)、→「渋柿を吊せなかった、今年が暮れる」(2008年12月31日)、→「過ぎ行く秋の陽に、柿を干す」(2011年11月23日)、→「句も出ず、霧島降ろしに柿を干す」(2011年11月23日)、→「今年も過ぎて行くようです。」(2014年12月29日)、→「昨日やっと柿を干しました」(2017年10月30日)、→「西条柿6個」(2021年10月23日)、→「かき顛末記③西条柿」(2022年12月18日)、→「かき顛末記②」(2022年12月17日)、→「かき顛末記」(2022年12月7日)、→「柿干せど」(2024年10月23日)
母親の借金で世話になった弁護士の人とも遣り取りが続いている。その人が「玉田さんの小説に興味があるので、売ってもらえませんか?」と書いていた。まだ、本にはなっていないが、小説の中にもその人は登場している。最初の7冊は自伝的スケッチの色彩が濃い。今書いているのは、半分以上はフィクションである。自伝的スケッチとは全く違う内容も書いてみたいと、最近は思うようになっている。例によって、今は固まりみたいなものが胸辺りにもやもやとしているだけだが、書き出せばだんだんとはっきりして来そうな気はする。担任した人の父親も弁護士の人も、どちらも最初に出会ってからほぼ45年ほどになる。

私の絵画館2→「水仙」(No. 18:2010年1月)

生まれつき喉が細くて、食べても戻してしまうことが多いので、2時間ごとくらいに少しずつやる必要があるので大変だが、夜は妻が昼は僕がご飯に付き合って、猫のぴのこ(↑)は元気でいてくれている。それも有難いことである。

なかなか畑に出る時間を取れないが、何とか土の部分が多くなった。葱も絹鞘豌豆もリーフレタスも植え替えを待っている。もう少し待ってもらうしかない、ごめんなさいと毎日思ってはいるんだが。ブロッコリーも大きくなっている。出来るだけ陽が当たるように、南側の金木犀の生垣も伸びた枝を切らないといけないんだが。畑だけでも、することが一杯である。今年も、歳月が過ぎて行く。

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つれづれに:畑11月

 11月も半ばである。畑に出ても暑さや寒さに気を使わなくても済む極めて短い期間である。体調もだいぶ戻り、畑に出る時間を見つけられるようになった。

去年は500個以上もなったのに雨が続いて、干し柿は全滅。今年は生り年でないので、ゼロでも、ま、一休みかと思っていたが、150個ほどなった。

台風が一つも来なかったのは奇跡に近いが、風で落ちる実もなかった。最初の頃に、大きく道にはみ出していた枝を切った。20個以上はなっていたかも知れない。何個か途中で実は落ちたが、無事119個は剥いて、干した。3個は鳥さんように残しておいた。上の写真(↑)は一つ一つは小さいが100余りはある。雨で2回出し入れをした際に枝が折れて落ちてしまったのが5つ。もう駄目かと思ったが、干してから何日かは陽にあたったせいか、洗って干している。吊るせないが、干し柿にはなるようである。吊るし柿ではない干し柿である。

 瓢箪南瓜の柵(↑)をようやく取り払った。今年は、最初葉ばかりが繁って実がならなかったので、肥料を入れたのがいけなかったのかと思った。一つの苗に7~8は生るそうなので、100以上生ってもおかしくないだけは種から拵えた苗を植えたが、実際に生ったのは30個ほどである。それも秋口から実がなって、小ぶりな実が多かった。一斉に実がなるうえ、そう長く保管がきかないので、腐らせてしまわないように、お裾分けにも気を遣いそうである。

3回ほど蒔いても芽が出なかったリーフレタス(↓)がようやく芽を出した。2袋分の芽が出ているので、植え替えるのに時間がかかりそうである。芽が出て、ある程度大きくなった頃に植え替えが出来れば、比較的たくさん生る野菜である。作りやすい野菜だろう。ただ、同じ場所に植えていると、根が腐ってどろどろになる。今年は地面に希釈した酢をこまめに撒けるといいんだが。

 たくさんの種を撒いたが、辛うじて何本かが芽を出して大きくなってきたのが、ブロッコリー(上)と玉葱(下)である。もう少し大きくなったら、植え替えようと思っている。去年初めて玉葱がだいぶ大きくなったが、暑さの時期で取れずじまいになってしまった。土の中で溶けた、正確には土に戻ったというところか、入院もあって、畑どころでなかったこともあるが。そう考えれば、芽が出るのを待って、植え替えられるのはありがたいことである。

 南側の金木犀の上に蔓植物や瓢箪南瓜の蔓が這っている。金木犀の枝も伸びている。この高さでは、畑の陽の辺りが悪くなるので、隣の庭から見えない程度の高さに、剪定する必要がある。何とか、始めたところだ。時間がかかりそうである。畑11月である。

「柿干して 今年も暮れる」(2003年12月11日)、→「干した柿に、ひよも飛んできて」(2004年11月27日)、→「寒空に、祭りの後の花火が儚げに」(2005年11月20日)、→「渋柿を吊せなかった、今年が暮れる」(2008年12月31日)、→「過ぎ行く秋の陽に、柿を干す」(2011年11月23日)、→「句も出ず、霧島降ろしに柿を干す」(2011年11月23日)、→「今年も過ぎて行くようです。」(2014年12月29日)、→「昨日やっと柿を干しました」(2017年10月30日)、→「西条柿6個」(2021年10月23日)、→「かき顛末記③西条柿」(2022年12月18日)、→「かき顛末記②」(2022年12月17日)、→「かき顛末記」(2022年12月7日)

つれづれに

つれづれに:日常

 10月も終わり、気がつくともう来年である。

日常が何気なく大事に思えるようになって久しい。毎日1時間ほど歩き、たくさんの種類の食べ物を摂り、根菜類主体の野菜スープや甘酒を飲む。一度体調を崩しかけてから、出来るだけ仕事量を減らし、充分に寝る、そんな何気ない日常がとても大切に思えるようになった。腰を痛め、前立腺肥大の生体組織検査をしたり、手術で入院したりすると、ますますその思いが強くなっている。退院してだいぶ経つがそんな日常をすっかりは取り戻していない。今日は、まず1時間ほど歩こうとでかけた。家から少し東の大きな道に出ると、加江田の山の遠景(↑)が待っている。

 高台の公園の長い階段を上るか、上の公園に登る車道を歩いて上ることもあるが、大抵は高台の側面の山肌(↑)を登る。いつの頃からか、西の斜面の大きな杉を切って下の方に柑橘類を植えている。毎年実をつけるが、今は黄色くなる前に落ちる実(↓)もある。毎年、落ちた日向夏の実をもらって帰っている。野菜にかけるとほんのり甘くて爽やかで食べやすい。

 腰を痛める前は、その山肌を10回ほど往復していた。30代の前半からマッサージでお世話になった人が「樵の人がいいですな。山を登ったり降りたりする運動は、体に一番でっせ」というのを、のぼっている時によく思い出す。だから、一日10回ほど昇り降りできれば、体には一番なのはわかっているのだが、実際に続けるのは難しい。そこへ行けない時もある。今回のように、行きたくても行けない時もある。それが、歳を取るということかも知れない。

 のぼると、高台の公園(↑)である。人がいない時もあるが、土日でない時も何人かいる時もある。西側はきれいに晴れていれば、尾鈴の山々が見える。東側には樹々の間から、青島(↓)が見える。考えれば、山の緑に澄んだ日向灘、住むにはいい所だ。

 毎年どくだみ(↓)を摘むようになってから何年かになる。意識すると、色んな所に生えているのに気づく。この時は、散歩道の途中の道の脇に生えている場所まで行って摘んだ。木通にしろ、どくだみにしろ、ある日、一瞬で消える運命にある。雑草の部類に属しているからである。木通の実がなるにはだいぶ歳月が必要である。しかし、雑草だと判断されて、樹の根元からばっさりと切られてしまう。どくだみも、ある日、草刈りの手が入ると叢そのものが刈られてしまう。しかし、この時期に、二番草が生える。柔らかくて、香りもいい。摘んだどくだみは、風呂に浮かべる。豊かな気分が味わえる、しかし、毎日摘んで来るのは至難の業である。

 どくだみを摘んだあとは、久しぶりに木花神社(↓)に行った。近くの竹を確認するつもりもあった。無人で、普段はめったに人は見かけない。年に何回かは宮司も来て、行事が行われているようだ。地元の人が恒例の行事の担い手である。

 展望所があって、南側は加江田の山々の東の端である。総合運動公園やサンマリーン球場や青島も見える。山の裾には田んぼが広がる。もう少しすれば、超早生米に向けて、田起こしが始まる。白鷺や烏が、耕運機の後をついて歩く。この時期の年中行事である。

 そろそろ西条柿が色づいてきた。梯子を樹にかけて、先日45個取り入れた。剥いて湯煎して吊るせたのは15個だけである。なかなか剥き切れない。明日と明後日は雨になりそうだから、取り入れた柿が熟してしまわないか心配である。

 先週は雨の日が多かったので、去年の悪夢(→「柿干せど」、2024年10月23日)が蘇らないかと心配だった。雨が続いて、干しても、虫や蛾が群がり、乾かないままぼとりと落ちてしまった。悪臭といい、ぼとりと落ちる光景がまだ目に残っている。生り年で500個余りも生ったのに、全滅だった。今年は生り年の翌年なので生らないものと思っていたが、どうやら100個ほど生っているようである。500個にくらべて、一つ一つの実も大きい。15個は干して吊るせている。残りの柿を剥いて、干せるのを祈るばかりである。

日常の有難さを、充分に味わっているようである。

「柿干して 今年も暮れる」(2003年12月11日)、→「干した柿に、ひよも飛んできて」(2004年11月27日)、→「寒空に、祭りの後の花火が儚げに」(2005年11月20日)、→「渋柿を吊せなかった、今年が暮れる」(2008年12月31日)、→「過ぎ行く秋の陽に、柿を干す」(2011年11月23日)、→「句も出ず、霧島降ろしに柿を干す」(2011年11月23日)、→「今年も過ぎて行くようです。」(2014年12月29日)、→「昨日やっと柿を干しました」(2017年10月30日)、→「西条柿6個」(2021年10月23日)、→「かき顛末記③西条柿」(2022年12月18日)、→「かき顛末記②」(2022年12月17日)、→「かき顛末記」(2022年12月7日)