1976~89年の執筆物

概要

新設高校の教員1年目に「竣工記念誌」に書いたものです。

26歳で、普通科の県立高校の教員 になりました。
大学浪人1年、留年2年、大学院浪人1年、そんなつもりはなかったのですが、結果的にはそう いうことになってしまいました。
新設3年目の高校は、2年間の仮舎住まいを終えて、新校舎に移転しました。 その記念誌に寄せたもので、残っている数少な高校教員の頃の文章です。
新任研修の翌日4月2日、 職員室に足を踏み入れたとん、一日も早く辞めて「空間」を確保出来る場所探さなければと思いました。しかし、結局は7年間を高校の教員として過ごし ました。
1年目は、担任なしの教務担当、2年目から4年間は学級担任、6年目、7年目は在籍したまま 、教員再養成のめに新設され大学院修士課程に通いました。(大学にはあまり行きませんでしたが。)

正規の教員になる前の写真は全部燃やしてありませんが、載せた写真は、竣工直前、非常勤講師(産休の代わりで、週に15コマの授業。新任の際の職員紹介の時は、校長の鉄ちゃんが旧職員です、と紹介してました。)として女子バスケット部の人たちといっしょに淡路島の県大会に行った時に撮ったものです。学校としては初めての県大会参加で、職員室ではようやった、ようやったと言ってる人が多かったです。4部で全勝、上の3部、2部でも全勝、1部6位の三木高校に勝って県大会に。1回戦で負けましたが、一泊出来ました。

1月に非常勤で行ったとき、リーグ戦の最下部4部で勝ち残っていた時期で、顧問の人がいるのに、顧問みたいな顔をしていっしょに練習をしてました。4月からはそのまま顧問に。

本文

河川敷(かわはら)を歩みて一歳(ひととせ)過ぐしけり 春に蒲公英(たんぽぽ)まう枯れ薄(すすき)

こんな風な和歌(うた)を詠(よ)みながら、気負ってみせて、毎日河原を歩きまわっていた生活と、毎日学校に来る生活と一体何の違いが、ぼくには、あるだろう。結局、青春の無軌道でしかないんだろうか。挫折。希望。挫折。夢。シェイクスピアも続みたい。フロイトも。朔太郎も。ナイアガラにも行ってみたい。太宰さんを越えたい。ライトの作品も続みたい。体が、こちこちに張っても、強心剤を打ってでも。だけど生きる命題が見つからない。法華経を読んだ。長いこと。

「玉田、お前は読み方がたらんぞ。」

だれかしら、思いくそ、しかりとばした。読んでわかるのかしらん。かといって死ぬ命題も見つからない。

「川端さんが死んだ理由が、何となくわかります。」

「無茶いわんで下さいよ、玉田くん、二十代の君にわかったら困りますよ」

ぼくの好きな恩師と呼び得る人がつぶやかれた。36の坂まであと10年。生きゆけるかしら。旅に病んで 夢は枯野をかけめぐる。十代に涙した。暗闇の寝間の中でふとんをかぶりながら。涙がどうしてもとまらなかった。秘すれば花、秘せずば花なるべからずとなり。ああ、わかった風のことを。

 

執筆年

1976年

収録・公開

「兵庫県立東播磨高等学校舎竣工記念誌」 21-22ペイジ

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生きゆけるかしら

1976~89年の執筆物

分類別は→「書いたもの一覧:年代順、連載一覧、テーマ別」

1989年

「A Walk in the Night by Alex La Guma」(註釈書、Mondo Books)【ラ・グーマ】【★出版】

1988年

「アパルトヘイトの歴史と現状」「ゴンドワナ」14号10-33頁。【南アフリカ】【★出版】

「アレックス・ラ・グーマ 人と作品5 『夜の彷徨』下 手法」「ゴンドワナ」13号14-25頁。【ラ・グーマ】【★出版】

「アパルトヘイトを巡って」(シンポジウム)「ゴンドワナ」12号6-19頁。【南アフリカ】【★出版】

「アレックス・ラ・グーマ/ベシィ・ヘッド記念大会に参加して」「黒人研究」58号36頁。【ラ・グーマ】【★出版】

「アレックス・ラ・グーマとアパルトヘイト」「黒人研究」第58号103-15頁。【ラ・グーマ】【★出版】

「アレックス・ラ・グーマ 人と作品4 『夜の彷徨』上 語り」「ゴンドワナ」11号39-47頁。【ラ・グーマ】【★出版】

「グギの革命的後段(メタ)言語学1 『ジャンバ・ネネ・ナ・シボ・ケンガンギ』の中の諺」「ゴンドワナ」11号34-38頁。【ケニア】【★出版】

「セスゥル・エイブラハムズ氏への手紙」「ゴンドワナ」11号22-28頁。【南アフリカ】【★出版】

「Alex La Gumaの技法 And a Threefold Cordの語りと雨の効用」「中研所報」20巻3号359-375頁。【ラ・グーマ】【★出版】

1987年

「あぢさい、かげに浜木綿咲いた」「英米文学手帖」24号123-124頁。【随想】【★出版】

「アレックス・ラ・グーマ 人と作品3 祖国を離れて」「ゴンドワナ」10号24-29頁。【ラ・グーマ】【★出版】

“TAMADA Yoshiyuki Makes interviews with Cecil Abrahams ”(August 29-31, 1987, St. Catharines, Ontario, Canada)【ラ・グーマ】【★出版】

「アレックス・ラ・グーマの伝記家セスゥル・エイブラハムズ」「ゴンドワナ」10号10-23頁。【ラ・グーマ】【★出版】

「アレックス・ラ・グーマ 人と作品2 拘禁されて」「ゴンドワナ」9号28-34頁。【ラ・グーマ】【★出版】

「アレックス・ラ・グーマ 人と作品1 闘争家として、作家として」「ゴンドワナ」8号22-26頁。【ラ・グーマ】【★出版】

「アフリカ・アメリカ・日本」「ゴンドワナ」7号24-25頁。【アフリカ】【★出版】

「アレックス・ラ・グーマ氏追悼-アパルトヘイトと勇敢に闘った先人に捧ぐ-」「ゴンドワナ」7号19-24頁 。【ラ・グーマ】【★出版】

「リチャード・ライトとアフリカ」『箱舟、21世紀に向けて』(共著、門土社、1987年)147-170頁。【ライト/アフリカ】【★出版】

1986年

「黒人研究の会会報編集後記あとがき」「黒人研究の会報」第24号(1986年)12頁 。【アフリカ/アフリカ系アメリカ】【★出版】

「リチャード・ライトと『カラー・カーテン』(口頭発表報告)」「黒人研究の会会報」24号9頁。【ライト/アフリカ】【★出版】

「ミシシッピ、ナチェズから」「英米文学手帖」24号72-73頁。【ライト】【★出版】

「がまぐちの貯金が二円くらいになりました」「ゴンドワナ」3号8-9頁。【随想】【★出版】

“Richard Wright and Black PowerMemoirs of the Osaka Institute of Technology, Series B, Vol. 31, No. 1: 37-48.【ライト/アフリカ】【★出版】

「リチャード・ライトと『千二百万人の黒人の声』」「黒人研究」第56号50-54頁。【ライト】【★出版】

“Symbolical and Metaphorical Expressions in the Opening Scene in Native SonChuken Shoho, Vol. 19, No. 3: 293-306.【ライト】【★出版】

Native Sonの冒頭部の表現における象徴と隠喩」「言語表現研究」第4号29-45頁。【ライト】【★出版】

1985年

「黒人研究の会会報編集後記」「黒人研究の会報」第22号10頁。【アフリカ/アフリカ系アメリカ】【★出版】

「リチャード・ライトとクワメ・エンクルマ-ブラック・パワーを中心に(口頭発表報告)」「黒人研究の会会報」22号6頁。【ライト/アフリカ/アフリカ系アメリカ】【★出版】

“Richard Wright Symposium”上記の英語訳。【ライト/翻訳】【★出版】

「リチャード・ライト国際シンポジウムから帰って(ミシシッピ州立大、11/21-23)」「黒人研究の会会報」第22号4頁。【ライト】【★出版】

「リチャード・ライトと『ブラック・パワー』」「黒人研究」第55号26-32頁【ライト/アフリカ】【★出版】

1984年

「リチャード・ライトと『ひでえ日だ』」「黒人研究」第54号、33-38頁。【ライト】【★出版】

“Some Onomatopoeic Expressions in ‘The Man Who Lived Underground’ by Richard Wright”Memoirs of the Osaka Institute of Technology, 1984, Series B, Vol. 29, No. 1: 1-14.【ライト】【★出版】

「Richard Wright, “The Man Who Lived Underground”の擬声語表現」「言語表現研究」第2号1-14頁。【ライト】【★出版】

1983年

「リチャード・ライトと『残酷な休日』」「黒人研究」第53号1-4頁。【ライト】【★出版】

1982年

“Richard Wright and His World”兵庫教育大学修士論文(兵庫教育大学付属図書館所蔵)【ライト】【★出版】

「リチャード・ライト作『地下にひそむ男』のテーマと視点」「黒人研究」第52号1-4頁。【ライト】【★出版】

1981年

「貧しさの ゆゑにぞ寒き 冬の風」兵庫県立東播磨高等学校第7期生文集「どんぐりの実」4頁。【随想】【★出版】

1978年

「露とくとく」 兵庫県立東播磨高校文芸部「黄昏」6号32-34頁。【随想】【★出版】

1976年

「生きゆけるかしら」 兵庫県立東播磨高校文芸部「黄昏」6号 32-34頁。【随想】【★出版】